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4/24-③「ホトトギス」

「じゃあ、新生異能部、活動初日としゃれ込みましょうかっ!」


 全員が宣誓を終え、活気と生命力が充満する教室内で、長谷川が快活に言う。伊藤も期待感で身体が(うず)いているようだ。

 彼女らの希望に満ち溢れたスタートダッシュを一瞬で砂塵(さじん)と化すのは、私とて中々に心が痛む。


「悪いけど、今日はもう解散よ」

「「ええええええええええええええええ?」」


 不平不満を頬張ったリスみたいな奴らがこちらを振り向いて、抗議を始めようとする。

 ―やっぱり、こんな奴らに心が痛む余地を作ってたまるか。


「一応、部停中だからね…」


 宇治山君が調子に乗ったリスどもに事情を説明する。


「そう。今日は、あくまで部室の下見と結団式だけ。本格的な活動はゴールデンウィーク辺りからよ。……あ、丁度よかった。今、私たち部停と一緒に朝の清掃も課されてるの。入部したからにはあなた達も参加するように」

「「ふええええええええええええええええ?」」


 ざまあみろ。文句は言わせない。私は部長なのだから。

 ―と、そんな下賤(げせん)なモノローグを繰り広げていたら、不意に花子が声をかけてきた。


「あ、セレンおねえちゃん。花子たち、そろそろじかんみたい」

「…そのようね」


 花子とタマオの透明度が増してきている。三次元に顕現できる制限時間が近づいているのだ。


「また会いましょう」「じゃあねー、二人とも」

「バイバーイ」「けっ、あばよ」


 私と宇治山君の別れの言葉に、四次元存在の二人も応えた。

 そして、急激に身体が透過し、彼らは霧消した。


 ※※※


「あ、そういえば」


 ―四次元への道中、何かを思い出したタマオが口を開いた。


「すごく微かになんだが……三次元(あっち)でずっと独特な匂いを感じてたのは僕だけか?」

「あ、わかるよ!すこぉーーしだけ、()()()()()においしたよね」

「…混ざってる?」


 タマオの違和感に激しく同意した花子から飛び出した言葉にタマオは首を傾げた。


「うん!なんかね、花子たちみたいな()()()()()()()()()のあいだにできたこどもってね、なんか()()()()()みたいなにおいするんだよ」


 彼女は乏しい語彙で、精一杯に感覚的な解説をする。


「そうなのか…。じゃあ、その匂いの濃さで四次元の血の濃さとかが分かったりするのか?」

「そうだよ!なんで分かったの、タマオ君。さすがだねっ!」


 もう一歩踏みこんだ性質を見事言い当ててみせたタマオを、花子は純粋無垢に褒めちぎる。


「ふんっ、まあな」


 タマオは少し照れくさそうにしながらも満更でもない様子である。


「いったい、だれなんだろうねぇ」

「さあな。ナガライたちの命を狙うスパイだったりしてな」


 花子の素朴な疑問に対し、タマオが不敵に笑って意地悪く返した。


「えええええええっ!!じゃあ、いますぐたすけにいかなきゃっ!!!」


 案の定、花子はお手本通りに動揺する。


「おい、落ち着け。冗談だよ」

「もう!いじわるぅ」


 タマオに宥められた花子は、頬を膨らませて彼を非難した。


「第一、その当人に混ざってる自覚がない可能性もあるだろ?」

「え、なんで?」


 花子は忙しく表情を変え、今度は小首を傾げて(ほう)けた顔をした。


「だって、匂いは極々(ごくごく)微かだったんだぜ?遥か先祖が四次元存在で、血がべらぼうに薄まってるってことじゃないのか?だったら自覚がなくてもおかしくないだろ。そもそも、そんだけ血が薄かったら大して強くなさそうだし大丈夫だろ」

「なるほど!」


 タマオの順序立てた説明に花子が納得し、感心した顔をする。


「ま、僕としてはめちゃくちゃ強いスパイであって欲しいんだけど」

「もう!なんでそういうこというの?」


 タマオのすかした余計な一言を、花子が眉根を寄せて(たしな)めた。


「とりあえず、つぎ、セレンおねえちゃんたちによばれたらおしえてあげよーね!」

「ええ……」


 花子の提案に、タマオは露骨に嫌そうな顔をした。


「もう!なんでそんなかおするの?」


 それに再び花子が眉を(ひそ)めた。


 ※※※


「そうですねぇ。十二年前辺りから霊感が強くなり出したのはそうなんですが、それ以前にも霊感はあった気がしますし、閣下が仰るような()()()のようなものは特に感じませんでしたねぇ…」

「私も伊藤君と同じだったはず……」

「私は全くこれっぽっちも心当たり無いです!!」


 私の質問に答える伊藤らの声が階段に響いた。


 ―部室を後にした私たちは、帰宅するため六人全員で玄関へ向かっていた。その道中、七不思議戦争前から常々気になっていた異能と霊感の関係について調べるために、伊藤らに対し十二年前について質問した。

 だが、バスケ部の和田も言っていたような情報しか得られなかった。もしかすると、霊感持ちと異能者は別物なのかもしれない。


()()()()()()()、お役に立てず申し訳ありません…」


 私の後ろから伊藤の声が聞こえてきた。ついでに長谷川の唸り声も聞こえた。


「いやいや、気にしないで。同じものだろうがなんだろうが情報は多いに越したことはないからさ」


 宇治山君が爽やかに、適切にフォローする。

 

 そんなことを話している間に、我々は玄関を通過し、屋外へ出た。周囲には部活へ向かうらしい運動着の生徒たち、我々同様に帰宅する制服の生徒たちがちらほらといる。七不思議戦争の開戦ごろから下校時刻間際に下校していたため、この時間帯に帰るのは久々だ。空はまだ明るく、敷地内の至る所から部活動の汗ばんだ気流が漂ってくる。伏魔堂の方向からは、重機の駆動音や作業音が聞こえ、それらは一抹の罪悪感を私の胸に去来させる。


「ところで、世恋先輩っ」


 玄関から五歩ほど歩いたところで、不意に私の隣に長谷川がやって来て、顔を覗き込んできた。


「何?」

「異能部のグルチャとか作らないんですか?」


 グルチャ。この滑稽珍奇(こっけいちんき)な響きの語彙を私は知らない。だが、文脈から予測するに―


「…それは、グループチャットのことかしら?」

「そうそう!それです!……って、何で嫌そうな顔してるんですか!」


 長谷川に表情に滲み出てしまった嫌悪感を指摘された。


「…お前や藤原に連絡先を知られるのが非常に不愉快」


 隠してもしょうがないので嫌悪感の根源を長谷川へ言い放つ。


「「ちぇっ」」


 今、確かに二人分の舌打ちが聞こえた。こいつら、確信犯か。

 とはいえ、そう(ないがし)ろに出来ない提案ではあるのだ。私は深いため息をついて、渋々、言葉を紡ぎ出す。


「…まあ、これから本格的に活動する以上、そういったツールは無くてはならないものだわ。校外での活動がメインになってくるし。…非常に不本意だけど……作り…ましょう…か」


 私は断腸の思いで最後まで言い切った。


「「よしっっっ」」


 最早、隠す気のない二人の女は勝利を深く噛みしめた。


「はあ…。じゃあ、私がグループを作るから全員スマホを―」


 私が立ち止まり、全員に呼びかけようとして振り向いたその時だった。何の前触れもなかった。微塵の兆しもなかった。真昼のうちに夕陽を浴びないまま宵闇に包まれたような感覚だった。

 とにかく、その何でもない時だった。彼が私たちの前に―いや、私の前に現れたのは。




「長良井世恋、君を迎えに来た」




 男が立っていた。我々六人に囲まれるように立っていた。

 ベージュの作業服に身を包んだその男は、引き締まった表情と凛然とした声を()()()に向ける。


 音もなく現れた彼を目にした瞬間、脳を直に触れられたかのような不快感と共に、私の深層で眠っていた記憶が(えぐ)り出された。


 それは、ある夏の記憶。


 ※※※


「暑い」


 やけに暑い夏。やけに五月蠅(うるさ)い蝉。やけに()だったアスファルト。

 痛々しく刺さる日光、耳朶(じだ)を掻き(むし)る雑音、際限なく湧き上がる放射熱が、私を世界から隔絶しようとしていた。そんな夏の下校路の陽炎(かげろう)に、彼は揺らめいて立っていた。


「君、長良井世恋だろ」


 高校生くらいに見えたが、制服は着けていなかった。私は立ち止まり、怪訝な視線を突き刺した。


「君は、何か生きる意味を持っているかい」


 穏やかな笑みを浮かべ、澄んだ声色で彼は言葉を紡いだ。


「君、退屈しているだろ。眼を見れば分かるよ」


 私の眼の奥の空洞を覗き込まれるように彼と視線が交錯していた。


「我々はいつでも君を歓迎する。きっと君の退屈も埋められる」


 痛々しい少年の戯言と割り切るには、あまりにも彼は現実離れしすぎていた。私はその陽炎に何も言葉を発せずにいた。


「それでは、今日はこれにて。いずれ、答えを聞きに来る」


 彼は、洗練された紳士のように一つお辞儀をした。そのまま、夏の煩悶とした気流に溶け込んで消えてしまうかのような勢いだった。

 そこで、やっと私は口を開いた。


「…何者なの、あなた……いや、あなた…たち?」


 根拠はなかった。ただ漠然と、この町の影で途轍もない何かが蠢いている気がした。

 私の質問に彼は薄く微笑み、言った。


「我々はMoriart(モリアート)


 そして、もう一度だけ私の眼の奥を覗き込んで、


「いいか、長良井世恋」


 諭すように言った。


「慢心は死に直結する。心に留めておくことだ」

「どういう――」


 ―欠落。そして、私の体内と体外を何かが流動するような感覚。





 やけに暑い夏。やけに五月蠅(うるさ)い蝉。やけに茹だったアスファルト。

 痛々しく刺さる日光、耳朶(じだ)を掻き(むし)る雑音、際限なく湧き上がる放射熱が、私を世界から隔絶しようとしていた。そんな夏の下校路の陽炎(かげろう)に、私は辟易(へきえき)した。


「暑い……」


 ※※※


 瞬きの間に、私はあの夏への旅を終え、眼前の男と向かい合う。


「お前は…三年前の…。なんで私、今まで…忘れて…」

「誰なの、長良井さん」


 取り乱す私に、宇治山君が困惑しつつも冷静に問いかける。


「おい、何者だ。アンタ」


 岸波君は半ば臨戦態勢で、私ではなく本人に直接問いかける。

 その男越しに見える他の三人は、状況が掴めないようで視線を忙しく動かしている。

 周囲の無関係の生徒たち数人も怪訝そうな視線を投げかけ始めた。


「来ないのか?もしかして、生きる意味をみつけたのかい?」


 その男は、三年前のような穏やかさを残しつつも、体格や表情に厳格さも宿している。その静謐な迫力が私に向けられている。

 私は乱れた呼吸を整え、澄んだ意識ではっきりと言い放った。


「……それを今から探すのよ。だけど、少なくともお前らとじゃない。私は、この部で探すんだ」


 私と男の視線がかつての邂逅のように、交錯する。だが、私の眼の奥には既に――


「…そっか。なら、これ以上は時間の無駄だな」


 男は観念したように表情を緩め、口調もどこか弛緩を感じさせた。だが―


「ところで、そこのお二人はどうかな」


 すぐに彼は油断のできない空気を呼び戻し、私の隣の二人の不意を突く。

 宇治山君と岸波君の息を呑む音が聞こえた。


 その勧誘は、私を不安にさせた。とても不安にさせた。





 ―欠落。


 ※※※


 画面の右上に「異能部(6)」の文字が表示されているのを確認して、私は言った。


「はい。じゃあ、全員入ったわね?」

「うん」「おう!」「ええ」「はいっ!」「イエス、マム」


 私の問いかけに対し、五者五様の、全くまとまりのない返事にこれからの事が思いやられた。


「はあ…まあ、いいわ」


 私はスマホを閉じると同時に、ため息を吐いた。

 私はこれから何度彼らにため息を吐かされるのだろうか。だが、それも―


「これから楽しみだね。長良井さん」


 宇治山君が高揚を隠しきれていない表情と声色で、そう言った。逆の方を見れば、豪快に笑う岸波君がいた。そして、私の正面にはやかましくおぞましい二人の後輩と一人の同級生。手放しに明るい未来を展望できないが、まあ、しかし、それも―


「そうね。悪くない学校生活になるかもね」


 私は夕陽に照らされる校舎を見て言った。あと二年の苦楽を共にする校舎を。そして、


「それじゃあ、帰りましょうか」


 これから我々にその秘密を解き明かされる鎖町へと、我々六人は歩き出した。

 部室とグルチャと微量の調査実績を携えて、我々は予期せぬ明日へ踏み出した。

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