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4/24-①「Inou Club:3.0+3.0」

「はぁ……復帰早々、最悪の気分だわ…」


 長良井世恋は頭を抱えた。


「まあ、まあ。賑やかなのは良いことじゃん」


 宇治山辰巳は、そんな彼女を(なだ)めながら微笑んだ。


「もしこいつらに何かあっても俺が守るよ」


 岸波夢路は、胸を張ってそう宣言した。


 ―騒がしく慌ただしいサッカー観戦から週末を挟んで、月曜日の放課後。

 異能部の新たな門出(かどで)を妨害する三人の男女がそこに立ちはだかっていた。


 ※※※


 我々は、約4日間の入院生活の中で異能の新たな一面を発見した。それは、「自然治癒力の超強化」である。異能の一面というか、異能を宿す異能者の一面とでも言えばいいだろうか。刺傷やら骨折やらで最も重症だった岸波君は、二日目にして傷が塞がって不自由なく歩けるようにもなっていたし、私と宇治山君にも似たような現象が見られた。異能由来の身体不調は終始尾を引いてはいたが、四日も安静にしていれば大分良くなった。


 入院する程の重傷を負ったことが、意図せずして大きな収穫をもたらした。

 まあしかし、これから先に何かしらの脅威と戦闘になったとして、短期決戦で完膚(かんぷ)無きまで叩きのめされればこの治癒力があったとしても、いとも容易く命を落とすであろうが……悪い想像はこれくらいにしておこう。

 

 ―とにかく、目を見張るほどの速度で身体的外傷が()えていった我々は、医師や看護師らにも目を見張られながら、日曜日に退院を果たしていた。


 そして、学校へ復帰する初日の月曜日。

 我々異能部は、一方的に課された贖罪(しょくざい)として、早朝の清掃活動に(つど)った。午前六時に集結した我々は始業までの約一時間を存分に使い、ダイナミックな身体操作と繊細な気配りで粛々(しゅくしゅく)と清掃に励んだ。私と宇治山君は苦悶(くもん)の表情に顔を歪めることもあったが、ボランティア部での活動で身体を慣らしきった岸波君は、終始呼吸をするのと同じように、熟練した手際で校内を美化していった。


 清掃の(かたわ)ら伏魔堂跡地を見に行ったが、二機ほどの重機が動員されており、心の奥で我々の尻拭いをさせられている方々に深々と謝罪をした。後で聞いた話によると、伏魔堂はこの町の重要な文化遺産であるため、町の建築業者の技術を結集して再建することが決まったらしい。


 清掃を終えた我々は、(きた)る始業の時刻に備え各々の教室へと向かっていった。この辺りから校内の生徒数が増え始め、我々は無数の奇異の視線を向けられ、朝の雑談のタネにされることになった。それは同級生に限らず、下級生や上級生も例外ではなかった。


 いやはや、随分と有名になってしまったものだ。名も知らぬ有象無象どもの即席的な好奇心で好き勝手に噂をされるのは不快極まりない。櫻子戦を一つの契機として他人について考えることが多くなったが、やはり大衆のこういった風説を好む側面は退屈としか言いようがない。


 教室に到着してからもそれは続き、注目を浴びせるだけでは飽き足らず、質問の大波が押し寄せてきた。


「ねえねえ!結局、何があったん?」

「何かの儀式をしてたってホントなの?」

「怪我はもう何ともないの?」


 怒涛の勢いで、()()()()()質問が襲う。転校してきてまだ間もないのにも関わらず、その性質上、交友関係が割と広くなってしまった彼は格好の標的となった。私はというと、始業までの時間、優雅に授業準備や読書をして過ごすことができた。宇治山君の周囲に人口密度が集中した分、私の周囲には澄んだ朝の空気が流れ込んできて気持ちが良かった。

 宇治山君が気の毒ではあったが、彼の人付き合いの手腕を信じることにして、私は白々(しらじら)しい態度を貫いた。

 しかし、ここまで噂が広まってしまったことで、異能部の存在を知る者が一気に増えてしまったようで、質問の端々にその話題が聞こえてきた。我々の目的上、部の宣伝をする気はなかったが、このような状況になってしまった以上、入部希望のミーハーには存分に注意しなければならない。


 ―その後、我々のクラスは授業・宇治山君に質問・授業・宇治山君に質問…というループに陥り、放課後になるまでその勢いは衰えを知らなかった。


「はあ………………………」


 放課後の廊下を歩きながら、宇治山君がこれまでに類を見ない程のため息をついた。表情も随分とくたびれ、まるで櫻子と一戦交えた後のようである。


「お疲れ様。文字通り八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍だったわ」


 聖徳太子の伝承の如く、彼は十人以上の質問をほぼ同時に裁き切り、それを二十セット以上も繰り返したのだ。これを八面六臂と言わず、何と言おうか。


「うん…ありがとう………」


 彼は力なく微笑む。


「おぉ……お前ら…無事だったか……」


 そこに弱々しい声音がもう一つ混じった。


「……さすがのあなたも人の波には勝てないのね…」


 その声の主は岸波君であった。宇治山君ほどとは言わずとも、いつもの溌剌(はつらつ)さは鳴りを潜めていた。


「ああ……。お前らのクラス以外の野次馬はほぼ俺のところへ来たからな……」

「うわぁ………」

「なんて残酷な………」


 人助けに人助けを重ね、学校中の者から信頼を置かれ、学校中の者と繋がりを持った彼の功績が、こんな形で彼に牙を剥くとは…。少しも干渉されなかったことで綻びすらしなかった私の、この貴重で尊い精神を抱きしめて今日は眠りに就こう。


「…とりあえず、部室に行きましょうか」


 私が彼らに肩を貸しながら、我々は異能部部室へと歩を進めた。


 ※※※


「ここが仮の部室よ」


 校舎4階の人気(ひとけ)のない空き教室。朝も昼も夕方も、陽が出ている時間帯であるのに何故か終始薄暗く陰気な部屋。その旧オカ研部室が、伏魔堂が再建されるまでの我々の拠点となった。正直、ずっとここを拠点にしても構わないのだが、どうせなら櫻子から勝ち取ったあの敷地を我々の部室にしたい、いや、しなければならないのだ。それが櫻子に対する礼儀でもあろう。

 まあ、再建完了予定が9月ごろらしいのでまだまだ先の話ではある。今はこの空き教室と密接な関係を築いてかなければ。

 私は、扉に手をかけた。だがそこで―


「……中に誰かいる」


 中から声がすることに気が付いた。何やら女子たちが楽しそうに話を弾ませているようだが―


「長良井さん、誰なの…?」


 宇治山君が尋ねる。


「……少なくとも私にとっては喜ばしい状況ではないわね」


 まだその状況を断言はできなかったが、私は考え得る限り最悪の想定をして感情の起伏(きふく)を抑える作業に入っていた。


「まあ、とりあえず開けようぜ」


 岸波君が考えなしに突然、扉を開けてしまった。


「ちょっ―」


 その扉の先には、三人の男女がいた。


「おーっ!閣下たち、遅いですよ!」

「あーっ!世恋先輩が歩いてる!良かったぁ…」


 伊藤南無太、長谷川清乃、そして―


「ごきげんよう、長良井さん」


『こう言った手前聞きにくいのですが、これから二人はどうするんですか?』

『私はもう決まってるよ。…長良井さんには秘密だけど』


「このことだったのか…藤原恵美(めぐみ)…」


 元オカルト研究部―もとい、レジスタンスの元構成員は微笑んだ。


 ※※※


 「「「―ということで、入部させていただきます」」」


 三人の男女は並び立ち、入部届を右手で前に突き出した。図々しくも堂々とした立ち居振る舞いであった。

 それを受けて、もう一方の三人の男女は各々異なる反応を示した。


「はぁ……復帰早々、最悪の気分だわ…」


 長良井世恋は頭を抱えた。


「まあ、まあ。賑やかなのは良いことじゃん」


 宇治山辰巳は、そんな彼女を(なだ)めながら微笑んだ。


「もしこいつらに何かあっても俺が守るよ」


 岸波夢路は、胸を張ってそう宣言した。


 ―先程までの彼らの精神状態は瞬く間に逆転していた。涼しい顔をしていた長良井には影が差し、表情が乾ききっていた宇治山と岸波には陽が差していた。


(ほだ)されたわね…あなたたち」


 跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)せんとする新入部員に好意的な二人に、長良井が半目を向けて非難する。そのセリフに二人は苦笑した。


「正直、こうなったらどうしようもないと思うよ?」

「見ろよ、あいつらの眼。一切の揺らぎが無いぜ」


 宇治山と岸波の言葉には、どうやら諦観の念も(こも)っているらしかった。

 彼らの言う通り、新入部員(仮)たちの両眼は、左右それぞれに「異」「能」と彫り込まれているのではないかと一瞬見紛う程の覚悟が充満していた。


「はぁ……」


 長良井は、遂に諦め半分呆れ半分というようなため息をついた。


「それにしても……藤原はともかく、何故このタイミングなの?」


 長良井は疑問だった。

 藤原は最近までオカ研に所属していたから理解できるが、残りの魔物二人がこのタイミングまで入部を待った意味が分からない。伊藤はテケテケ戦の辺りから我々に付き纏っていたし、長谷川に関しても、ほぼストーカーのような動きをしていた彼女なら、金曜日の見舞い以前から部の存在を知っていた可能性はある。彼女がそれを知っていたとしたら、即入部してくるとしか思えない。それが入部しようとしないのだから、この二人の入部の可能性は薄いと長良井は見ていた。


 だが、そうは問屋(とんや)(おろ)さない。伊藤は長良井の想像以上に卑小(ひしょう)で、長谷川は長良井の想像以上に殊勝(しゅしょう)だったのである。


「え?もし、僕が入ったあとに閣下たちが七不思議戦争に負けたら、入りたくもない部活に入れられちゃうじゃないですか。だから、勝敗がつくまで待ってたんですよ」

「「「「うわぁ……」」」」


 この場にいる宇治山以外の全員が、声を揃えて不快感を示した。


「え、僕、なんか間違ったこと言いましたか?助けて、辰巳さん!」

「大丈夫さ。少しずつ成長していこう」

「はい……」


 宇治山に泣きついた伊藤は、宇治山の慈愛で心を洗い清められ、安らいだ表情を浮かべた。


「まぁ、あのモヤシは放っておいて、私が何故このタイミングで入部したのかお教えしましょう」


 長谷川が伊藤に代わって、一挙に注目を集める。


「それはズバリ!霊感がマジでゼロの私は七不思議戦争の足手まといとなるからです!」


 彼女は胸を張って言う。そして、淑やかに次の言葉を紡ぐ。


「しかし、入部はしたい。…ならば、せめて終戦後に…ということで今に至るのです」

「「「おぉ…」」」


 この場にいる長良井と伊藤以外の全員が、声を揃えて感心した。伊藤は都合の良いフリにされていた。


「…異能部が敗北していたらどうするつもりだったの?」


 呆れ気味にため息をついたあと、試すように長良井が問うた。


「え、万に一つもそれはあり得ないでしょう?世恋先輩が敗けるなんて」


 一般常識を語るような平然とした口調で長谷川が答えた。


「清乃ちゃん、それは少し面目ないかも……」


 そのあまりの平然さに、異能部のかつての宿敵が肩を落とした。


「あ、すいません、恵美先輩。そういうつもりでは…」


 そんな先輩への気遣いも忘れない長谷川は、直後、眼が眩むような殊勝さを(みな)に見せつける。


「まあ、世恋先輩がオカ研に屈したとしても、私は世恋先輩の隣にいることを選びましたけど。世恋先輩がいさえすれば、どこも同じですよ」

「「「おぉ……」」」


 またもや皆から感嘆のため息が漏れ出した。長良井は具合が悪そうに額を押さえている。


「伊藤君、ああいう姿勢が君には必要かもしれない」


 長谷川の姿を手本にし、宇治山が伊藤に教えを説いた。


「ぐぬぬ……」


 伊藤は悔しそうに親指の爪を噛みしめた。


「ふっ、これが器の違いってやつよ。ナムル」


 そんな惨めな男を長谷川は嘲笑し、憎きモヤシに最大の罵倒を吐いた。


「南無太だよ!!」


 伊藤も負けじと声を張る。


「とにかく世恋先輩、どうかお許しを」

「閣下、僕はめげませんぞ」


 そして、彼らは不満そうな長良井の鼻先まで詰め寄り、快く入部の快諾(かいだく)を得ようと―


「ああ、もう分かったわ。分かったからその顔をどけろ」


 長良井は鬱陶しそうに二人の顔を掴んで押しのける。度重なるストレスに肩で息をしながら、彼女は強く言い放った。


「その代わり、『この部の存在を触れ回らない』『足手まといになる時は大人しく帰る』―この二つを誓え」


 流石の長良井は、至極真っ当な落としどころを提示した。

 異能部の存在が明るみになったとはいえ、幸いなことにまだその核心を掴んでいる生徒は少ない。だが、この三人を入部させたことで内側から崩されたらたまったものじゃない。それを未然に防いだのだ。そして最も懸念されるのが、非能力者で非力な彼らの安全である。よって、この二つを誓わせておけば、まだ百歩譲って入部させられるというものだ。だが―


「いや、でも異能部の宣伝をしたところで、閣下が部長だと知ったら尻尾まいて逃げ出しますよ。はっはっは」


 伊藤のその言葉に、長良井の中で何かが切れた。


「―凝縮」

「だあああああっ!閣下?それは洒落になりませんよ?なりませんよ?ねえ?」


 ―こうして異能部は部員計六人の正式な部活として、同好会から格上げになりました。

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