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4/21-④「マージナル・ウーマンズ」

 魔法少女と蒼白少年が流麗に舞い、神出鬼没の青年が姿を消しては現れ、紺碧(こんぺき)の拳と桜花(おうか)の拳が交錯し鮮烈な飛沫(しぶき)が上がる。そして、地をも揺るがす雄叫びを上げた青年が夜闇に風穴を穿(うが)つ。

 画角の歪みや数回のピンボケを挟みながらも、そんな手に汗握る映像が収められていたビデオカメラ。その所有者は不覚ながらも私である。オカ研との講和条約締結(ていけつ)時にそれを失くしたことに気付いたが、時すでに遅し。よりによって、最も拾われたくない者に拾われてしまった。

 我らが顧問・松浦夕凪に。


「あと、伊藤君と長谷川さんに聞いたけど、オカ研と部の存続を懸けて戦争してたんだって?」


 知られたくないことを全て知られた我々は今、どんな顔をしているだろうか。とにかく伊藤と長谷川には絶対に裁きを下してやる。


「か、勘違いしないで下さいよ?閣下。我々は松浦氏にハめられたのです!被害者なんです!」

「ああ…良いですね、その眼差し。……私のせいで世恋先輩が不利益を(こうむ)ったのならこの首、喜んで―」

「いらん」


 うむ。こいつらには裁きを下す方が面倒だ。

 いや、その茶番に付き合ってる余裕はない。何か言い訳を考えなければ。七不思議戦争の所在を曖昧にしつつ、この映像に切り取られた超常の数々を巧みにはぐらかし、伏魔堂の倒壊からも目を逸らさせるような言い訳を――。


 異能部一同、観念して息の揃った溜息をつき、(うつむ)いた。


「殺すなら殺してください」

「いや、重すぎるよ!」


 松浦夕凪が動揺している。きっと私を、私たちを恐れているのだろう。あるいは気味悪がっているのか。

 ああ、結局こうなるのか。


『世恋!もうその力は使うな!』


 あの男のように、血の気が引いたような顔をしてお前も私を退屈にするのか。私から光を奪っていくのか。私から青春を取り上げていくのか、松浦夕凪。そのどこにでもいそうな顔に、どこにでも転がっている(さげす)みを浮かべるのだろう、松浦夕――


()()()として下さい、三人とも」

「え?」「へ?」「は?」


 そのとき見上げた松浦夕凪の表情は――


「何を思ってるか知らないけど、先生は学校に侵入したことを叱りたいだけ」


 どこにでもあるようなものじゃなくて――


「ここに映ってるあなたたち、死ぬほどかっこいいじゃん」


 どこを探しても見つからないと思ってたものだった。


『ゴォォォォォォル!!!!!後半39分、吉野白雪が吠えたァァァァァァッ!!!!!ブラックバーンの粉雪のような繊細なコーナーキックから、雪崩の如き強烈なオーバーヘッドが着弾したァァッ!!!!!!』


「え、夕凪先生。当たり前のこと言ってどうしたんですか?」


 長谷川が本当に不思議そうな顔で言った。


「そうですよ、先生。『異能』という代物もそれを気高く扱う先輩方もカッコよくない訳ないでしょう?」


 伊藤が何様のつもりなのか、すかして言った。


「ははは、だってさ。アンタの魅力に気づいたところで…ラジオ出ない?異能部(あんたら)


 柳楽は相変わらず、一人だけ場違いな言動を貫いていた。


「断っておくわ、()()()()。けれど……」


 私はそう言って、岸波君と宇治山君の横顔を一瞥した。

 安らかな微笑みがそこにあった。そして、ここにも。


「とりあえず聴いてあげるわよ、『やぎラジオ』」

「ちぇっ、いけずどもぉ…まあ、リスナーが増えるのは喜ばしいが……」


 柳楽は少し口を尖らせ、何故か長谷川は卒倒しかけていた。


「世恋先輩の笑顔も素敵……」

「……」

「閣下…厄介ヲタクほどありがた迷惑なものもありませんよね。わかります……」

「……」


 伊藤が吹けば飛ぶような浅はかな同情を向けてくる。この二人は、互いに隣に立ち続ける限り永遠に「厄介」の呪縛から逃れられないのかもしれない。


「――って、あれ?どうしたんすか?先生」

『ここで後半終了のホイッスルゥゥゥゥ!!!!この試合自体は1-3でシーズの勝利ですが、第一戦のスコアが2-0ですので、総合スコアは3-3!!延長戦に突入しますッ!!!』


 私が厄介男女に集中砲火を食らい始めそうになると、岸波君が不意に口を開いた。

 声が投げられた松浦先生は、先程、シーズが本日3点目のゴールを()ぎ取った時から画面を食い入るように見つめている。その瞳は、何だか揺れていた。そして、その奥から一瞬、眼が(くら)むような光が見えた気がした。


「……ん?あ、ああ。やっぱり吉野選手は凄いなと思って」


 我に帰った彼女は、微笑みながらそんなことを言った。


「え、先生もサッカーとか好きなんすか?」


 岸波君が明らかに嬉々として話を広げようとする。


「え、まあ、人並みには…ははは」


 その熱量に少し及び腰になりながらも返答する。


「―あ!どうせなら、最後の最後くらい全員で観戦しましょうよ!俺たち、そのために同じ病室に集まってたんじゃないか」


 宇治山君が忘れかけていた当初の目的を思い出し、胸を弾ませながら提案した。


「やった!じゃあ、世恋先輩!その椅子、半分こしましょー!」

「失礼させてもらいますね、辰巳さん」


 一年生共が図々しく私と宇治山君の席半分に腰かけようとする。


「楽しそうだねえ…でも、ここ病院だからあんまり熱くなりすぎないようにしま――」


 松浦先生も喜んで参戦しようとしたが、彼女もふと当初の目的を思い出した。


「―ってまだ、叱ってないじゃん!!」


 ※※※


 我々異能部は、「松浦先生に活動内容の全てを事前に報告する」「あんまり無茶しない」という誓約を立てさせられ、創部以来初の叱咤(しった)を終了した。先生の叱咤の瞬間最大風速は、テケテケ戦で損壊した窓ガラスの件を暴露した時であった。しかし、伊藤を守るためだったという理由を聞いて逆に褒めてくれた。

 そうして部員と顧問の青春の1ページが終了し、我々はサッカー観戦に戻っていったのであった。


 ブラウ・グラナとシーズの戦いは、延長戦でも決着が着かずPK戦にまでもつれこんだ。両者の一進一退の決め合いと止め合いが七回続いた先、吉野白雪が見事決勝弾を沈めシーズが勝利した。この試合を最も楽しみにしていた岸波君と宇治山君は、病室内に興奮を響き渡らせないよう必死の形相であった。


『さあ、白雪姫は完全に目覚めました。シーズの決勝の相手は、ブンデス最強クラブ・VGRグリュンヴォルフェ!!さあ、ヴォルフェは甘美な勝利を(たた)える林檎(りんご)か、はたまた辛辣(しんらつ)な敗北へと誘う毒林檎かッ!!!6月3日、絶対にその結末を見逃すなァァァッ!!!!……ええ、ああ、うん。さて、中継の後はニュースの時間です』


「明らかにテンション下がってるじゃん、この人」


 実況者のあからさまなテンションの移り変わりに、岸波君が苦笑した。


「いやあ、二次元以外のスポーツ観戦なんて初めてでしたよ。結構楽しいもんですね」

「ああ…世恋先輩の右半身が試合中、ずっと私に……」

「ホントに勝っちゃったよ……」

「深夜ラジオには向かないね、この実況者」


 各々が各々、余韻に浸っているところで、私はふとあることを思い出した。


「―柳楽香織」

「ん?なんだ?出演、考え直してくれたか?」

「そうじゃない。放送室の件なのだけど―」


 そのタイミングで何やら賑やかでスタイリッシュな音楽がテレビから聴こえた。そして、女性の声が聞こえた。


『こんばんは。ニュースのお時間です』


 その誰でも言えるシンプルな挨拶と決まり文句が、何か高尚(こうしょう)なものになってしまったかのような気がした。彼女しか発してはいけないとでも言うような、そう思わせる魅力的な発声。

 これは、我が県の地方局が誇る彼女の声。


「お、侘原(わびはら)さんじゃん」


 放送部の柳楽は胸を弾ませるように呟いた。

 画面に映る女性アナの下方に「侘原(みお)」という氏名がテロップで表示された。淡く青みがかった艶のあるショートボブに、奥二重の引き締まった瞳が印象的な女性である。


「放送室の件なのだけど…」


 私は一つ咳払いをしてから、改めて切り出した。


「あ、悪い。放送室がどうした?」


 柳楽が再びこちらに注意を向けたところで、私は放送室の怪の顛末(てんまつ)を話した。孤独な少女がいたこと。人間の気を引こうと奔走(ほんそう)していた少女がいたこと。私と契約を交わした弟子がいること。全て話した。


「なぁるほど。道理で声が幼く聴こえた訳だ」


 柳楽は放送室の時と同じように他人行儀というか、客観的というか、そのように納得していた。


「ありがとね、世恋嬢。放送部(みんな)には私から上手く言っておくよ。部長と組長たちには一応真実を伝えておくよ。あ、アンタの異能は黙っとくから安心して」

「ええ。ありがとう」


 この柳楽香織という女、マイペースに見えて意外と周囲が見えている。

 まあ、何はともあれ、これで宇治山君が懸念していた放送部の件は片が付いたと言っていいだろう。

 宇治山君の方を一瞥すると、彼と眼が合い、そして彼は微笑んだ。


「花子ちゃん()いつかラジオに呼びたいなあ……」


 柳楽は目を輝かせて、「お前もな」とでも言うように未だ見えぬ収録に思いを馳せていた。だが―


「…そうね」


 花子は喜んで受け入れるだろう。皆等しく姿は見えなくとも、マイクを通して彼女が生徒たちと交流できる日が来ると良い。そう思う。


「―てか、てか!」


 私の右半身に骨抜きにされていた長谷川が、不意に私の隣で声を上げる。


「私と、香織先輩と、夕凪先生って境遇が似てません?異能は持ってないし、霊感もないけど、異能の存在を知ってるか弱いレディ……ほら!」


 彼女は少女らしい無邪気さで、突飛な話を嬉々として話す。


「確かにそうだけど…何が言いたいの?長谷川さん」


 私同様、得心がいかない松浦先生はきょとんとしている。


「察し悪いなぁ…先生。チーム名をつけるのが相場と決まってますよね?」

「ははは、知らねえ」


 答えを聞いても突飛なままの長谷川の話題に、柳楽が苦笑する。


「むむ……じゃあ、私が勝手に決めます!…うーん」


 長谷川はわかってもらえないことが不満げなようで、口を尖らせて一人で頭を(ひね)る。


「ふんっ、どうせセンスの欠片もないチーム名ですよっ!けっ!」


 伊藤はふんぞり返って、不愉快な口調で悪態をつく。大方、長谷川が言うチームとやらから排除されていることが不満なのだろう。だが、宿敵の彼がそんなことを言っても、相当集中しているのか、長谷川は何も言い返さない。そして―


「―!決めた!私たちは今日から『マージナル・ウーマンズ』です!」


 チーム名が決した。


「…及第点(きゅうだいてん)。そのチーム、入ってやってもいいですよ…?」


 伊藤が偉そうに卑屈な言動を見せる。それを横目で見る宇治山君は穏やかな笑顔を浮かべている。

 しかし、woman(ウーマン)の複数形はwomen(ウィメン)である。茶々を入れるのも面倒臭いので黙っておく。


「よし!じゃあ、先輩方!私たちはこれにて帰ります!また学校でお会いしましょう!」


 勝手に満足したらしい長谷川は、陽気にスキップをしながら病室を後にした。


「え?無視ですか?おい!……今日のところはこれで勘弁してあげますよ、先輩方。ただし、学校に復帰したら覚悟しておいてくださいねっ!!」


 無視され続けた伊藤は、小悪党のようなセリフを残して病室を後にした。


「じゃあなー。放送部はいつでもお前らを歓迎するぜー」


 執拗(しつよう)なオファーを繰り返した柳楽は、一抹(いちまつ)の浮遊感を残して病室を後にした。


「―って、あの子たち勝手に動きすぎ…。それじゃあ、先生は帰るね。また学校でね」


 松浦先生は身勝手な行動をする生徒たちに振り回されて病室を後にしようとしていた。


「あの…」

「ん?」


 私はそれを呼び止めた。


「色々とすみませんでした。それと―」


 松浦先生に多大なる心労を負わせたこと、異能部の顧問として彼女と向き合っていなかったことを、改めて謝罪した。そして―


「今日はありがとうございました」


 私の「探し物」に付き合ってくれたことへ最大級の謝辞を。


「…ええ。これからもよろしくね!」


 松浦先生の微笑みがやけに大人びて見えた。


「はい…」


 私は、その言葉を噛み締め異能部の未来へ思いを馳せ―


「―あ。忘れてたけど、村雨先生からの伝言!あなたたち、10日間の部停+朝の清掃+反省文15枚ね。部活はゴールデンウィークまでお預けだからよろしく!じゃっ!」


 松浦先生が病室を後にした。

 私がぎこちなく振り向くと、そこには白目を剥いて無表情になった二人がいた。


『鎖町市を舞台にした映画の制作が決定しました。主演は当市が誇る高校生女優・春光散花(はるみつちるか)さんで―』


 侘原の読み上げるニュースだけが病室に響いていた。

 五分程、その状態が続いた。


「―はっ」


 岸波君が何かを思い出したように息を吹き返した。


「……話は戻るが、俺の過去、詳しく聞くか?」


 彼は気まずそうに、重々しく言葉を紡いだ。


「ははは…戻り過ぎたね…」


 宇治山君はその深刻さに弱々しく苦笑する。


「いや、今日はいいわ。疲れた」


 私はいつもの岸波君のように、出来るだけあっけらかんと言った。


「あなたの過去がどうだろうが、異能部のメンバーである事には変わりないしね。それに―」


 松浦先生と話して、この場ではそう言うのが正しいと思った。

 テレビからタイミングを狙ったように、()()()の話題が紡がれた。


『冒険家・岩瀬末結美(いわせまゆみ)氏がかつてない偉業を達成しました。氏は今月二十日、人類未踏峰(みとうほう)のザンスカール・L11峰の登頂に成功し―』


 私は薄く微笑んだ。


「あなたが話すなら私もするわよ。自分の話」


 今日は何だか胸が熱い。

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