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4/21-③「口外と公害」

 ブラウ・ラグナとシーズの合戦は十五分の停戦期間に入った。前半の成功と失敗、後半への意気込み、改善を整理する時間である。それを機に我々異能部も、前半に繰り広げられた混戦を基に互いの人間関係を整理する期間に入っていった。


「……やっぱり、長良井はコブさんみたいな人は苦手なのか?」


 岸波君が口火を切った。


「…否定は出来ないわね」


 私は曖昧な返答をした。

 ―峰川恋淵。漏月を凌駕(りょうが)するほどのろくでもない服装にろくでもない髪型を(てい)する男。外見的特徴だけで言えば私の苦手とする部類の人間だが、内面は……うむ。確かに、そこらの恥も外聞もない無法野人どもとは一線を画すような度量は垣間見たが。


「俺は好きだけどなぁ、峰川さん」


 宇治山君はいつも通りの人懐っこさで、峰川の人間性を肯定し受容する。


「ありがとう、辰巳」


 峰川への好意を何故か岸波君が我が事のように喜ぶ。


「……岸波君」

「ん?」


 そこで私はある可能性に思い至り、岸波君への問いかけを始めた。


「ずっと気になっていたんだけど、もしかして……あなた、暴走族?」

「「―え」」


 私の質問の変則さに宇治山君は純粋に驚くが、岸波君は意表を突かれたような動揺を見せた。


「ど、どうしてそう思うんだ?」

「まあ、峰川恋淵の『バイク乗り』って発言と外見から何となく。そんな彼を慕ってるなら、あなたが同じチームに入っていてもおかしくないわ」

「長良井さん、外見で判断するのはあまりよろしくないんじゃ…」


 宇治山君が私の大胆な考察を(なだ)めようと、割って入る。


「それはもちろんよ、宇治山君。じゃあ、切り口を変えましょうか。岸波君、櫻子と戦ったあの晩にあなたが高校の敷地内にいたのは、生き急ぐ私たちの危うさを察知して動向を予測していたからだと思ってた。でも、本当にそう?あの日の放課後のあなたを思い出す限り、とてもそんな心的余裕があったなんて思えないわ」


 念仏のように何かを独り()ちていた彼。普段の明朗で豪快な様子からは想像も出来ない程の陰鬱(いんうつ)さ。未だに自身の目を疑うが、しかし、今はそれを追求する場面ではない。


「なら、何故あそこにいたか」

「……」

「偶然私たちを見かけてついて来たんじゃない?バイクか何かで校門を通り過ぎるときにね」

「あ、そういえば、俺たちが敷地内に侵入する直前にいたね。バイクの一団」


 宇治山君の何気ない一言が、私の考察を根拠づけた。岸波君は、眼を丸くしながら()()が悪そうに軽く(うつむ)いた。

 この時点で、私は我に帰った。


「……ごめんなさい。調子に乗ったわ。何もあなたを否定するつもりでは―」


 私は岸波君に必要以上の圧力を与えてしまったことを詫びた。しかし、


「いや、黙ってて悪かった。俺は峰川さんがリーダーを務める暴走族のメンバーだ」


 岸波君は、私の心配を他所に怒るでもなく悲しむでもなく、あの峰川を思わせるような堂々とした態度で答えて見せた。


「そうだったんだ…」


 宇治山君は、友人の裏の顔―言ってしまえば負のステータスを聴いて動揺するどころか、興味深げに頷いて見せるのだった。しかし、私だって岸波君を軽蔑している訳ではない。彼の誠実さや実直さはこの一週間を共に過ごして理解している。一週間で人を分かった気になるなと言われればそれまでだが、人を見る目はそれなりに培ってきたつもりだ。何かしらの事情が彼には―。


「……そんで、チームに入る前―小学校から高一の前半まで……俺は、毎日喧嘩に明け暮れるクソ野郎だった」

「「え」」


 思わず私と宇治山君の口から間抜けな声が漏れ出る。そして―


『さあ、後半戦!シーズのキックオフから始まります!吉野白雪は!我が国が生んだ白雪姫は!この逆境をはねのけることが出来るのか!』


 後半のホイッスルがスピーカーからやけに力強く響いた。

 それと同時に、病室のドアが勢い良く開け放たれた。


「ああっ、いた!世恋先輩、生きてたぁぁっ……」

「ちょっと、長谷川さん。ここ病院ですよ…?もう少し、静かにね…?」

「彼女は理性ではなく本能で動いてますからね。仕方ないですよ、松浦先生」

「ああ!?もっかい言ってみろ、貧弱オタクもやし!」

「何度だって言ってやりますよ!傲慢オタクゴリラ!」

「ははは。面白いな、キミたちぃ」


 四人の魔物がこの病室に侵攻してきた。


『ゴォォォォォォル!!!!!後半2分、白雪姫が眠りから覚めたぁぁぁぁぁぁっ!!!復活弾は、5人抜きからの渾身の右足ぃぃぃぃぃっ!!!!』


 岸波君か、魔物か、テレビか、どちらに意識を向ければいいか分からず、私と宇治山君は軽い眩暈(めまい)を覚えた。


 ※※※


 ―ベッドに座る岸波君から見て右。私の座る目の前に彼女が立ちふさがった。


「世恋先輩、大丈夫でしたか?ご尊顔に傷はついていませんか?おみ足に異常はありませんか?岸波先輩、ベッドを開けてください」


 鎖倉高校一年文芸部・長谷川清乃。私に異常なまでの執着を示し、そこそこ作家の好みが合う奇妙な少女である。

 ―岸波君から見て左。宇治山君の座る目の前に彼が立ちふさがった。


「辰巳さん、大丈夫でしたか?僕は心配で心配で夜しか眠れませんでしたよ」


 鎖倉高校一年ヲタク研究部・伊藤南無太。生まれ持った霊感が原因で長年苦労したうえ、笑いのセンスも不憫な騒がしい少年である。

 ―岸波君の正面。ベッド際に彼女が立った。


「アンタらもれなく全員アタシのラジオに出てくれないか?」


 鎖倉高校二年放送部・柳楽香織。アンニュイな空気を漂わせながらも自身のラジオのネタ集めには貪欲な少女である。

 ―正面のベッド際にもう一人。


「ちょっとちょっと…静かにしてください。長谷川さん、伊藤くん」


 鎖倉高校異能部顧問・松浦夕凪。誰もがどこかで見たことのあるような容姿を持ち、自身の仕事に精一杯取り組む女性である。


 ―こうして我々は全ての退路を断たれ、完全なる包囲網を築かれてしまったのである。


「……何か用?」


 無論、そんなことは聞くまでもないが、ここまでズカズカと土足で踏み込まれると、嫌味の一つも言いたくなるというものだ。

 私は眼を細めながら、主に長谷川に向かって言葉を刺した。


「ジト目を向けて頂きありがとうございます!」

「酷いですよ、閣下!僕ら遠足の余韻もすっ飛ばしてここに馳せ参じたんですからね?」


 二匹の魔物が我々の耳元で好き勝手に暴れ回る。宇治山君と岸波君は苦笑気味である。


「ははは……てか、二人って知り合いだったんだね」


 宇治山君が不意にそんなことを言った。

 確かにそうだ。我々は此奴(こやつ)ら一人ずつなら相手をしたことがあるが、まとめて相手にしたことは無かった。そのため、全く別の根源から生み出された魔物が同世代に二体いる奇跡を恨んだが、その二体が知り合いというなら多少の溜飲(りゅういん)は下がるというもの―


「はあ?こんなスプラウト野菜と私の間柄を『知り合い』だなんて、辞めてください。同じ惑星に生まれただけです。宇治山先輩って容易く他人を傷つけられる方だったんですね…」

「あなたが辰巳さんの何を分かると言うんですか!いや、しかし辰巳さん…。こんな霊長目ヒト科ゴリラ属と僕を『知り合い』だなんて二度と言わないでくださいね?」

「はあ?」

「はあ?」


 二匹は岸波君を挟んで威嚇し合い、宇治山君へ理不尽に飛び火を食らわせる。

 これが同族嫌悪というやつか。傷を舐め合えるのは互いだけだというのに、なんと愚かなことだろうか。

 岸波君は心配そうな表情で左右を交互に見る。まるでテニスの観戦者である。しかし、人助けを軸に置く彼の性質上、この二匹の渦中に置かれるのは気が気ではないだろう。

 誰もが呆れかえるか、困惑するかという中で柳楽だけが愉快そうに笑っていた。

 二匹が唸り声を上げるなか、松浦夕凪が口を開いた。


「二人とも落ち着いて…。そのくだりは車の中で散々やったでしょ?」


 道中でもこうだったのか。


「運転ご苦労様です…」


 思わず深々と礼をして労ってしまった。松浦夕凪は力なく笑った。


「良くやるわよね……。水族館やら運動広場やら行ったあとにここまで元気なのよ…?」


 松浦夕凪は呆れ気味に言う。


「そういえば、今日は遠足でしたね。先生は楽しめましたか?」


 宇治山君が興味深げに聞く。

 その質問に松浦夕凪が答えることはなかった。何故なら、あの二匹が解答権を(かす)め取っていったからである。


「まあまあですかね…。世恋先輩が隣にいたら最高の思い出でしたけど」


 長谷川が顔を赤らめながら視線を落とす。


「あなたは学年が違うからどのみち別々でしょう?」


 処理完了。


「僕は陽キャがキャッキャウフフしてる周縁部で(わら)人形を作っていましたよ」

「……」

「もちろん比喩ですよ?」

「……」

「ま、まあ、しかし!遠足に行けてない先輩方より幸福度は些か高いでしょうね!はっはっは」

「口を慎め、無礼者」

「はい、閣下!」


 処理完了。

 

「―あ!こんな問答してる場合じゃないよ」


 二人の一年生に翻弄される松浦夕凪が我に帰って声を上げる。


「そろそろ本題入るね………?」


 彼女の(まと)う空気が変わった。口元は微笑んでいるのに目が冷たい。暗雲が立ち込め、どこかで見たような顔に、これまでに無いほどの威圧感が(にじ)んできた。

 

「「「……」」」


 我々、異能部三人は息を呑み覚悟を決めた。

 そうだった。我々がしでかしたことを忘れていた。

 危なっかしく生き急ぐ我々を心配してくれた我らが顧問。その彼女の想いを我々は裏切り、真夜中の高校に侵入してしまったのである。挙句の果てには笑えない程の負傷までしてしまったのだ。

 峰川、漏月に続いて彼女にも誠実な謝罪をしよう。


「あなたたち……」


 さあ、来い。もう準備は出来て―


「本物の超能力者だったのね!?」


「え?」「へ?」「ん?」


 その言葉と同時に、松浦が自身のバッグから取り出したビデオカメラには―


「「「やっべ」」」


 私と櫻子が殴り合う映像が収められていた。


『ゴォォォォォォル!!!!!後半18分、我らが吉野のアシストから、彼女の相棒・ブラックバーンの豪快な一蹴!!!!!!さあ、この試合分からなくなってきた!!』

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