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4/21-①「蹴球と急襲」

「あ、そろそろ始まる!」

「頑張れ、吉野!」

「……」


 岸波君と宇治山君の病室に、我々異能部の三人はいた。岸波君がベッドに身体を起こして座り、私と宇治山君は両脇に置いた椅子にそれぞれ腰かけている。

 そして、三人ともベッド脇のテレビに視線を集めていた。

 画面内には、管理の行き届いた芝生、スタジアムを埋め尽くす狂喜乱舞のサポーター、そして、ピッチ上で虎視眈眈(こしたんたん)と開戦を待ち構える22人の戦士たち。


「「頑張れええええ」」

「……」


 ※※※


 ―昨夜。


「じゃあ、とりあえず今日は遅いしもう病室に戻りましょうか」


 私のその一言で、反省会は終了し我々は各々の病室への帰途に着いた。その道中のエレベーター内で、岸波君がこんなことを言い出した。


「あー、提案なんだけどさ。どうせ休んでるだけなら、三人でサッカー見ねえか?明日の夕方に女子のチャンピオンズリーグの準決勝があってさ」


 チャンピオンズリーグ。フットボールの聖域・欧州に屹立(きつりつ)する兵団もといクラブチームが、欧州の頂という聖杯を懸けて(しのぎ)を削り合い、ついでに守備で相手を削り合う聖戦。その削り具合は、女子と言えども半端ではない。並の男がその只中に身を投じれば、身ぐるみを剥がされ、千切られ、(えぐ)られ―とまではいかずとも、間違いなく追随などさせてもらえないだろう。


「ああ、吉野白雪(よしのしらゆき)の所属するチームの試合だったかしら」


 しかし、その魔境で躍動する一人の大和撫子(やまとなでしこ)がいる。

 そして、ただ日本人というだけではない。彼女は、我々と同様にこの鎖町市で生まれ育った(くさり)っ子なのである。


「そうなんだよ。日本が世界に誇る白星量産者(ヴィクトリーマーカー)!男子顔負けの知名度を誇る日本サッカー界の女王(クイーン)!」


 岸波君が頬を上気させて、メディアが好んで使いそうな二つ名を饒舌(じょうぜつ)(つむ)ぎ出す。


「岸波君ってやっぱりスポーツ好きなんだね」


 興奮する岸波君に微笑みかけながら、宇治山君が言った。


「ん?まあ、体動かすのは好きだしな。まともにスポーツはやったことないけど」

「へえ、意外」


 岸波君の返答に宇治山君が感心したように漏らす。確かに意外だ。

 彼が高校生らしからぬ体格と運動センスを持ち合わせているのは素人目にも分かる。スポーツをしたことが無いならばどこで(つちか)ったのだ。無理に無理を重ねた人助けが彼の肉体と感覚を至高の領域へ押し上げたとでもいうのか。


「ま、まあ…小中は部活動なんて(がら)でも無かったし……ははは」


 岸波君はわざとらしく笑って何かを誤魔化そうとしているようだった。


「そんなことよりさ!明日、()()か長良井の病室に集まろうぜ!」


 微かに濁った空気を常套(じょうとう)手段の快活さで振り払い、本来の彼の提案に立ち戻った。


「俺は大賛成だよ!楽しそうだ」


 案の定、宇治山君は少しの躊躇(ためら)いもなく、爽やかに岸波君の提案に乗った。そして、それとなく私へ視線を向けてくる。彼の視線は、私に賛成を促しているというよりも、まるで私の選択に興味を抱いているようであった。

 この表現が奇妙奇天烈(きてれつ)なことは承知しているが、あえて述べよう。()()、私がどんな選択をするのか興味がある。異能部の目的にはおよそ関係がなく、これといった意味もない。サッカーに特別興味がある訳でもない。

 そのような提案に私は、どんな選択を下すのだろうか。


「…まあ、構わないけど……」


 そうか。私はそちらを選ぶのか。

 そうだ。きっと、それでいいはずだ。私はこれからそれを知っていくのだから。


「よし!決まりな!」


 岸波君が両手ではなく、拳と拳で鈍い音を鳴らして溌剌(はつらつ)と決定を告げる。

 と同時に、我々の病室がある階にエレベーターが到着し、小気味よい音が鳴った。


「んじゃ、明日の十八時にな!」


 そう言った岸波君たちと私は別れて自身の病室へ歩き出した。別れ際に一瞥(いちべつ)した宇治山君は微笑んでいるように見えた。


 ※※※


『さあ、チャンピオンズリーグ準決勝、ブラウ・グラナ(Blau Grana)シーズ(Seas)、第二戦!。一戦目のスコアは2-0。この試合で少なくとも2ゴールを()ぎ取れなければ、シーズは敗北が確定します!日本の誇り、シーズの吉野白雪はトーナメントステージに突入してからあまり調子が奮いませんでしたが、相棒のブラックバーン選手を始めとしたチームメイトたちの120%のパフォーマンスで修羅場をくぐり抜けて参りました!さあ、吉野。舞台は整った!ピッチに白星を、白雪を降らせてくれ!』


 身体も顔も見えぬ男性アナウンサーの声が聞こえる。声だけでその熱量が伝わってくる。彼が身を乗り出し、拳を握りしめ、唾を飛ばし、声を張り上げている様子が脳内に流れてくる。

 それ程までに熱がこもった実況であった。


「すげえ熱量だな、おい…」

「ホントだね…」


 岸波君が呟き、宇治山君がその発言に同意した。


「……」


 見ると、彼らは熱に浮かされているようだった。狭い画面内の、しかし広大なピッチに勇猛に立つ選手たちと同じような、研ぎ澄まされた表情をしている。彼らも共にピッチに立っているかのように没入していた。程よい発汗と筋弛緩(きんしかん)。彼らはまさに最高の状態で試合に―いや、観戦に臨もうとしていた。


「……」


 これ、私が間違ってるのか?

 試合観戦というのは、これ程までに没入しなければならないのか?

 今の私には、無理だ。すまない、二人とも。私は足を組み、腕を組んで、あくまで客観的に観戦させていただく。


『さあ!今、キックオフ』

「始まったぞ……」

「うん……」

「……」


 ホイッスルの音と共に二人が息を呑む音がはっきりと聴こえた。

 そして、病室の扉が開く音も聞こえた。


「おい、世恋。病室いねえから焦ったじゃねえか」


 鬱陶しい声音と小言の後、鬱陶しい金髪が視界に飛び込んだ。

 そして、再び病室の扉が開く音が聞こえた。


「おーい、ユメ。元気かー?」


 安心感のある声音と安否確認の後、安心感が全くない銀髪のリーゼントが飛び込んだ。

 そして、宇治山君以外の四名は口を揃えてこう言った。


「「「「げっ」」」」


「あ、雲間さんと…どちら様?」


 宇治山辰巳だけが客観的に観戦していた。

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