4/20-⑨「反省会」
更新遅くなってしまい、申し訳ありません。
一応、新章スタートです。が、皐月編(主にGW)が開幕するまでの箸休めという雰囲気の章となっております。
「……まずは、三人とも無事で何よりだわ」
濁流のような雨と、分厚い黒雲と、網膜と鼓膜を焼き切らんばかりの落雷との鼎談が催されていた未明の空。それからは想像も出来ない程の澄んだ夜空が我々の頭上に広がっていた。
我々というのは、もちろん―
「ははは…ホントにそうだね……」
「いやあ……俺は三途の川で反復横跳びしてた感じだけどな…」
鎖倉高校異能部、その三人である。
「……確認なのだけど、創立一週間よね?」
「「うん……」」
余りにも濃密で、終始、剣ヶ峰の端も端にいるような、そんな一週間であった。だが、その一週間がよりにもよって最序盤に到来してしまったのである。一応、様々な教訓や肥やしを得られるには得られたし、上々のスタートダッシュと言えるのかもしれないが、それにしてみたって時期尚早ではないだろうか。
私以外の二人にも思うところがあるらしく、力なく笑い、口を揃えて同意する。
「はあ……とりあえず、七不思議戦争に関する諸々を一度整理しておきましょうか」
病衣に身を包み、各々でカーディガンを羽織ったり、松葉杖をついたりしている我々は、絶賛入院中の当院の屋上広場に腰を据えていた。
この広場は随分と立派なもので、長方形の広々としたスペースの中央には、円形の植え込みが配置されており、それに沿うように円形のベンチが取り付けられている。広場の周縁部にも、植え込みや二人掛けのベンチが程よくまばらに設置されている。
そして、広場の周縁部に取り付けられた窓々からは、山々に囲まれた市街地を一望できる。いくら地方の街並みと言えど、十階の高度から見下ろす景色にはやはり格別なものがある気がする。
「――という感じで良いかしら?」
「そうだね」「いいんじゃねえか?」
異能や四次元存在についての概要と、テケテケ、タマオ、花子、櫻子との会戦や契約の顛末、オカルト研究部との最終的な合意について語り終えた私は、二人に確認を求め、総意を得た。
「じゃあ、残るは――」
私と宇治山君の視線が、ある一点で交わった。
「…俺、か」
そこには、自身の人差し指で自身を指し、苦笑する岸波君がいた。
「…つっても、自分でも良く分かってねえぜ?良く分からねえまま目が覚めて、良く分からねえまま長良井を襲おうとしてる櫻子が目に入って、良く分からねえまま身体が動いて、良く分からねえままぶん殴ってたんだよなあ…」
岸波君は懸命に顔を顰めて、記憶を捻りだそうとしているが、大した情報は生み出せなさそうだ。
「何か身体に変化は無かった?」
私は問うた。他人に問われて新たな視点が生まれることもあるはずだ。
「あー、……言われてみれば、何かが身体中で蠢いてる感覚はあったな。……あ!でも、櫻子をぶん殴った後はその感覚はすっきり無くなっちまった…気がする」
私の質問が功を奏し、岸波君は有用な情報を脳内から引っ張り出した。すると、宇治山君がわざとらしく指を鳴らして、得意気な顔をしてみせた。
「俺なりに仮説を立ててみたんだけど、岸波君の異能は、簡単に言えば『エネルギーの蓄積と放出』だと思う」
そう言いながら、彼は胸のあたりで拳を思い切り握り締めて、思い切り開いた。
「なるほど…。けれど、まず、岸波君は異能者なのかしら?」
宇治山君が言わんとしていることは、おおよそ理解できたのだが、そもそも岸波君の能力を我々と同様の「異能」であると断定しても良いのだろうか。異能部結成前、屋上で話した彼は「12年前」というワードに悲壮や後悔こそ感じてはいたが、私の「異能者を探す」という意図を汲んでいた様子はなかったし、宇治山君が帰路で披露した異能も手品と断定していたという話だった。だからこそ、私と宇治山君は彼を非能力者と断定していたのだ。彼になんらかの意図があって、異能者であることを隠していたのだとしても、生死の境を彷徨うまで秘匿しておく必要があるとは考えにくい。
「確かに…。岸波君は――」
「いや、俺は異能者で確定だと思う」
私の発言で更なる思考の沼地へ飛び込もうとした宇治山君を、岸波君は確信に満ちた表情で引き止めた。
「俺、異能者って自覚が無かったから、入部前に長良井にされた質問の意図が良く分からなかったんだが、今なら分かる。…12年前、俺もお前らと同じ経験をしたはずだ」
なるほど。自覚が無かったのなら辻褄が合う。異能者という自覚が無ければ、いかにも異能者という二人から飛び出た「12年前」というワードに食いつかなかったのも無理はない。
「そうだったの…。あなたもアレを…」
櫻子の脳天を貫き気を失う直前に感じた気がする、身体の内外をエネルギーが流動するお馴染みの感覚は、彼のものだと見て良さそうだ。
「ああ。……で、辰巳の言ってたのはどういう意味なんだ?」
彼は微かに物憂げな表情で首肯したあと、その淀みかけた空気を刷新するようにあっけらかんと自身の異能の仔細に興味を持ち始める。
「ん?ああ…まあ、もっと他の能力の可能性もあるんだけどね」
宇治山君は苦笑しながら答える。
「まあ、一番最初に行き当たる可能性としては『蘇生』だよね。実際、岸波君の生命活動は完全に停止してた訳だし」
「だな!でも、それだと俺が櫻子を異常なほどぶっ飛ばせたこととか、身体中にあった変な感覚とかの説明がつかねえな」
「そう。そこで俺は別の可能性を考えた。『蘇生』自体が能力なんじゃなくて、あくまである能力を使用して得られる結果の一つに過ぎないんじゃないか、ってことだね」
「なるほど…」
宇治山君が段階を踏んで説明し、その隣で岸波君が尊敬と好奇の眼差しでしきりに頷く。教える側と学ぶ側の関係性の手本のような図である。
「そしたら、ふとある事を思い出したんだ。君が蘇生する直前、これまでに聞いたことが無いほどの音量と振動の鼓動が一つ聴こえたことに」
「おお!」
「そして、君は倒れるまでずっと櫻子の尋常じゃない威力の打撃を食らい続けていた。ここから言えることはつまり―」
「つまり!?」
二人が顔を見合わせて、宇治山君は不敵に笑い、岸波君は目を輝かせた。
「その櫻子から受けた衝撃を、全て新鮮な状態で君の未知の異能が保存してくれていたことが考えられるね。だから、その貯蓄で心臓を再び稼働させるだけの衝撃を無意識下で産出できたし、人間業とは思えない右ストレートで櫻子を吹き飛ばすこともできた、ってことになるね」
「おお、なるほど!……ってことは、俺が感じてたモヤモヤした感覚は、その保存されてたエネルギーのせいで、それを櫻子ぶん殴るときに全部出し切ったから、スッキリ爽快になった、って訳か!」
宇治山君の冷静な分析から繰り出された考察に感心しながらも、自分なりに他の事象に照らした考察まで添えて見せる。岸波夢路、恐るべし。というより、この二人の相性が良いのか。
「それに加えて、今まで岸波君が自分の異能に気付けなかったことの説明もつくわね。普通に生きていて、櫻子の殴打レベルの衝撃を食らうことなんて中々無いもの。異能も目覚めないはずだわ」
私だって負けていられない。とばかりに、新たな視座を提供する。
「…あー、それは、うん。そうだよなー。ははは……」
だが、岸波君は腑に落ちないのか、既にそんなことは考察済みだったのか、どっちつかずの余所余所しい反応をして見せた。私としては、誠に遺憾である。しかし、宇治山君は感心したようにこちらを見てくれているので良しとしておく。
まあ、何にしても、岸波君の異能の問題は一旦片付いたと言っても良い。が、我々に覆いかぶさる問題はこれで終わりではない。
「…突然の異能者の台頭で気を取られがちだけど、私の異能も大概謎だらけなのよね……」
「そうなんだよねえ…」
私の憂慮に合わせて、宇治山君も嘆息する。先程の情報整理で初めて私の異能の底知れなさを聞かされた岸波君は、まだ何を悩めばいいか掴めないようで、たどたどしく首を捻る。
櫻子戦でのフルオートのエネルギー操作。他者が異能を使用した時に起こる体内外でのエネルギー流動。四次元存在に激痛をもたらすエネルギー性質。そもそもあの青いエネルギーは何なのか。
異能自体がベールに包まれているが、私の異能はその上から更に五、六枚被せたように、内側どころか外形すら見えてこない。
「…まあ、実際に異能を発動して色々検証した方が速いけれど―」
しかし、それでは今回の戦争から何も学んでいないことになる。
「流石に私も身に染みているわ。静養はすこぶる大事なのだと。休養も部活の内なのだと」
「はははっ、やっと気づいてくれた?」
戦時中、終始私に付き従ってくれた宇治山君は、私の愚鈍さを責めたてずに、その寛大さで茶化すのみにとどめた。
「……ええ。あなたには頭が上がらないわ」
己の不甲斐なさを噛み締めながら、宇治山君に深々と頭を下げた。
「……長良井さん?そこまでしなくていいよ!?」
いかん。噛み締めすぎたか。
私は頭を上げ、続いて、もう一人の礼を言うべき相手を向く。
「岸波君もありがとう。私たちを助けようとしてくれて。そして、ごめんなさい。あなたを巻き込んでしまって」
オカ研はともかく、あの晩に岸波君が伏魔堂にいた理由。いるはずのない人間が瀕死の重傷を負っていたことに面食らい、私も宇治山君もその理由を推し量ることができなかった。だが、彼は深夜の校舎に侵入しようとする我々を引き止めようとしてくれていたらしい。その優しさと勇敢さが災いして、彼はあの血戦に巻き込まれてしまった。いや、我々が巻き込んでしまったのだ。
昨日の放課後に垣間見た、自責の念と無力感に侵されるような彼の表情を思い出した。
人助けが趣味の男子生徒、岸波夢路。彼は他人の全てを背負い込むかのような器の広さを見せるが、その器の底の浅さに苦しんでいたような気がする。「衝撃を全て受容し、深く溜め込み、解き放つ」という能力は、そんな彼に適しているように思えた。
「いいって、いいって。頭上げてくれよ、二人とも」
岸波君は、その強面を柔らかく綻ばせながら言った。ふと隣に視線をやると、宇治山君も頭を下げていた。
「俺も異能部のメンバーだからな!助けてなんぼ、巻き込まれてなんぼだぜ」
親指を立てた右手を突き出し、彼は歯茎を見せんばかりに笑った。
「ははっ、岸波君らしいや」
「その通りね」
我々は顔を上げ、呆れたように微笑んだ。夜風が心地良く笑窪を撫でた。
「ところで、これからの活動についてなのだけど、健康状態や部停期間も想定して、異能やこの町の本格的な調査は5月の頭、GWから始動する、というのはどうかしら」
「「了解です。部長」」
異能部部長としての私の提案を、異能部部員として了解した二人は敬礼でもする勢いであった。そして、その行為のシュール加減と文言の奇跡的一致に二人は笑い、私も微笑んだ。夜風が相も変わらず笑窪を撫でた。冷たく、優しく。
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