4/20-⑧「終戦記念日」
――うるさい。
「―こえ――か?」「―い!――――ども!」「――いさん!う――ま―!―しな―く―!」「なん―?」「や―くね?」「あれ―――じゃ―?」「―ぞの――つすぎ―ろ」「うけ――」「―いつら――ったのか?」「たつ――……かっ―……きしな――ん…」「―れん――ぱい!」「―すが、――じん」「――は、やっ――、せれ――うはねた―ほう―――!」
――何なんだ。私は櫻子との戦闘で疲れているんだ。もう少し寝かせて……ん?
「やらかした……」
私は泥のような眠りから目覚めた。そして、そこには一面の青空が―
「聞こえますか?」
なんてはずもなく、白いヘルメットと水色がかった制服に身を包む二十代後半くらいの男性がいた。
私は、ストレッチャーに乗せられ運ばれていた。少し首を動かすと宇治山君と岸波君が運ばれているのも見えた。岡本先輩と藤原は、スーツの大人に事情聴取のようなことをされていた。
そして、周囲には―
「おい!クソガキども!」「長良井さん!宇治山くん!岸波くん!」「なんだ?」「やばくね?」「あれ長良井じゃね?」「謎の面子すぎだろ」「うけるー」「あいつらがやったのか?」「辰巳さん……閣下……岸波さん…」「世恋先輩!」「さすが有名人」「はははっ、やっぱ世恋嬢はネタの宝庫だな!」
どこの馬の骨とも知れない野次馬ども。
「ふっ」
だが、今はそれもどこか心地良い。
私は、空を見上げた。四月の真っ青な空を。
「朝だ……」
夜が明けたのだ。長い長い夜が、明けたのだ。
だが、夜に呑まれた友もいた。異能部の精神的支柱としての役割を確立しつつあった友、岸波夢路が今日亡くな―
「おい、何があったんだ?夢路」
「あー……はっはっは!分かんねえ!」
「はー?なんだそれー?」
「―ん?……あれ?」
ストレッチャーに横たわる岸波夢路は、近くへ駆け寄ってきた野次馬Aと冗談を言い合っていた。普通に。普段通りに。
ストレッチャーの上の彼は、死体などではなく―
「生きてた……。岸波君が………ぐすっ……生きてた…」
空を見上げながらそう溢した私の両耳を、何かが濡らしていた。
救急車は二台来ていた。私が積載されたストレッチャーが、その内の一台のバックドアに辿り着いた。もう一台で、宇治山君と岸波君が搬送されるようだ。
「そこの二人も、念の為乗ってくださーい」
私の乗る車両の救急隊員の一人が、オカ研の二人に声をかけた。オカ研の二人が小走りでこちらへ駆け、乗り込んだ。
「……」
そして、ある女が近づいてきていた。全身をジャージで包み、腰まであるポニーテールを揺らす女武蔵が。
それは、生徒指導の村雨真希。彼女は鍔付きの木刀を地面に突き立て、その鞘の底に両手を重ねた。その刀身には物騒な字体で「倶利伽羅峠」と彫り込まれている。
「熱い奴らは大好きだが、熱すぎるのも考えものだな……」
二台の救急車に乗る五人の問題児に向かい、そう語りかけた。
「……うん。帰ってきたら、まずは全員ケツバットだな。話はそこからだ」
右手で刀を持ち、刃先をこちらへ真っ直ぐに向け、彼女は過度に無邪気な笑顔を浮かべた。無邪気も塗り重ねると邪悪になるのである。
「絶対、教育委員会に訴えてやる…」
私は呟き、オカ研の二人は苦笑を浮かべていた。
扉が閉まり、救急車が発進した。
※※※
県立中央病院、到着。
私と宇治山君と岸波君は数日入院させられることになった。救急車と同様に二人とは別の部屋に入ることになった。一通りの診察が終わった岡本先輩と藤原は、私のいる病室へやってきた。
「…それで、どう説明したんですか?」
ベッド脇に座る二人に問うた。ほぼ無傷で、まともに話が聞ける状態だった二人。先程のスーツの大人―恐らく警察に、どう事情を説明したのか気になったのだ。
「あー……多少無理な説明ではあったかもしれないが」
岡本先輩は自嘲気味に笑いながら語り出した。
「私ら五人で伏魔堂で肝試しをしようとして、いざ入るとそこへ雷が落ち、老朽化していた伏魔堂は崩壊。何とか崩れる前に逃げ出せたが、何人かは重傷を負ってしまった。そして、私らは諸々のショックでそのまま気絶。……と、まあ、ざっとこんなもんだ。一応、藤原にもこの話で通させた」
藤原が小刻みに二度頷く。
「突飛な話ですね……」
そう言わざるを得ない。
「…やっぱり?」
「まあでも、昨夜が雷雨だったことは事実ですし、それくらいの言い訳しかできませんよ。大人たちもそれ以上に有力な想定を出来るとは思えません。重傷まで負っている私たちが破壊した、なんてことは最初から考えていないでしょうし」
そこの所はどうにか丸く収まりそうだ。
「ははっ。だよな!」
岡本先輩は安心したように笑うが、
「私たちが咎められるのは、建造物侵入くらいですかね」
すぐに不安げな表情になった。
「……捕まるかな?」
「間違いなく捕まりますね」
「マジ……か……」
先輩から魂が抜け落ちた。
「冗談ですよ」
「は?お前なあ……」
先輩は魂を取り戻し、呆れ気味にこちらを責めた。藤原はくすくす笑っていた。
「学校側も大事にしたくないでしょうし、生徒の少々行き過ぎた悪ふざけで片をつけてくれると思います。停学くらいはあり得るかもしれませんね。…まあ、ケツバットは確実なのでしょうが」
「ははは……村雨怖えー……」
先輩はわざとらしく笑い、身震いしてみせた。
「それで、そろそろ本題に入るのですが―」
私が突然、真剣味を帯びた表情になったからか二人が表情を引き締めた。或いは、もう既に分かっているのか。
「七不思議戦争の件、だろ?」
先輩は見事本題を言い当てて見せた。
「その通りです。互いの―」
「その前に、オカ研から異能部に言っておきたいことがある」
証拠などはともかく、とりあえず互いの成果を簡単にまとめようと思っていたのだが、それを先輩に遮られた。何やら思いつめた表情をしていた。
「実は―」
そうして、先輩は語り出した。
闇の組織・レジスタンスのこと、七不思議戦争での当初の岡本先輩の目的、異能部の決死の成果を盗用しようとしたことへの謝罪、私と宇治山君に感化されたことへの感謝、四日にわたる夜の学校での取材のこと、櫻子から命を救ってくれたことへの感謝。
先輩は長々と語った。熱に浮かされたように、長々と。
「……はあ。何を言い出すかと思えば、そんなことですか…」
私は呆れ気味にそう溢した。
「そんなことって……」
「良いですか?昨夜の伏魔堂で既にあなた達の覚悟は見ています。その覚悟が私由来だということには少し驚きましたが」
私の勝負への姿勢が、岡本先輩の姿勢に影響を及ぼした。これがマユミさんのいう、私のいる「意味」にあたるのだろうか。まだ私には分からない。
「それを私に感謝する必要は無いと思います。私が直接何かをしたわけでは無いので」
「うっ……まあ、そうなんだけど!」
先輩はそれを半ば認めつつも、認めたくはないようである。
「次に七不思議戦争での裏工作の件です。正直に言って退屈な策だとは思いました。ですが、この戦争の規則には抵触していませんし、勝負のためならば最善の策ではあります。万が一、それで相討ちに持ち込まれていたら、私はそれに気づけなかった私を責めていたと思います。なので、その件に対する謝罪も必要ありません」
「…はあ。お前さあ……」
先輩は呆れ気味にため息をついた。
「ですが、櫻子から救ったことへの感謝は快く受け入れておきます」
「はいはい」
先輩は相手にはせぬとばかりに、適当にいなした。
「ただ、その件に関しては、先輩は藤原にも感謝するべきです。彼女がいなければ、櫻子にトドメを刺すことは出来なかったので」
「お。それは的を射てるぞ、長良井。ありがとう、藤原!」
先輩は拍子抜けしたように私の意見を認め、すぐさま藤原に全力の感謝を示した。頭髪を置き去りにする勢いでお辞儀をする。
「いえいえ」
藤原は優しく微笑んだ。そこに陰の薄さはなく、ただただ明るく病室を照らしていた。そして、彼女は私の方を見て、
「不器用なんだね、長良井さん」
意地の悪いことを言った。
「人聞きの悪い…」
私は強く抗議した。
「…それで?結局、何が言いたいんですか?あなた達は」
冗長に語る先輩に私は痺れを切らして、問うた。すると、部長は今一度私に凛として向き合い、決然と言った。
「私らオカ研は降参する」
「はあ?何でそうなるんですか?」
意味不明だ。結果発表もしないまま、なぜ敗北を認めるのだ。私たちは魂と魂でぶつかり合ったのではないのか。それを、こうも簡単に―いや、簡単ではないか。だが、
「いや、これでいいんだよ」
「いやいや、結果発表もしてません。諦めるのは早いですよ」
「これでいいんだ、長良井」
「いや、普通に無理です。勝手に決めないで下さい」
「勝負なんだから、当然降伏も認め―」
「いや、こればかりは無理です。先輩には失―」
「ああ、もう!いや、だから!これでいいの!最後くらいカッコつけさせてくれよ!」
私が、オカ研へ退部勧告をした時のような水掛け論が始まり、同じように痺れを切らした岡本先輩が情けなく喚きだした。
「何を言ってるんですか。まだ勝敗がどうなるのか分からないのに降伏なんて、格好つきませんよ」
「ああ、わかったよ!言えばいいんだろ!言えば!証拠提示のためのビデオカメラが、櫻子に首絞められた時に粉々になっちまったんだよ」
先輩は、唾を飛ばすほどまでに喚き散らして、他の同室の患者の迷惑になりかけた。藤原はずっと気味悪く微笑を浮かべ、私と先輩のやり取りを見守っている。
「…そう…だったんですか」
それでは、先輩たちが余りにも気の毒で―
「……いや、それじゃあ、降参など関係なしに、至極真っ当に異能部の勝ちじゃないですか。カッコつけないでくださいよ」
まあ、勝負は勝負だ。まだ納得はいく。私は多少、溜飲を下げた。
「降参した理由は、それだけじゃないけどな!…はあ……にしてもそこまで言うかよ」
先輩は脱臼しそうなほどに肩を落とし、私を薄目で責めた。藤原は相も変わらず微笑んでいる。
「―あ、先輩の話で思い出したんですが、私、ビデオカメラ失くしました」
「マジか?じゃあ、お前らも―いや、お前らは証人やら何やらがいんのか。結局、負けじゃねーか」
伏魔堂までは首からかけていたのを覚えているが、櫻子戦の途中でストラップが切れてしまったのだろうか。一応、常にカメラは回していたが…万が一、誰かが拾っている場合、四次元存在や異能が映った映像を見られている可能性がある。身動きの取れない今となっては、伏魔堂の残骸に埋もれて木っ端微塵になっていることを祈るしかない。
いや、今はそんなことどうでもいいのだ。一週間にわたるオカルト研究部との戦いに、決着をつけよう。
「兎にも角にも、約束です。異能部は存続。オカ研はこれから一切私たちには関わらない。それでいいですね?」
「ああ」「はい」
二人は私を見据えて首肯した。淀みはなく、しかし、光を灯して。
「こう言った手前聞きにくいのですが、これから二人はどうするんですか?」
純粋に気になった。彼女らのこれからが。
「私はもう決まってるよ。…長良井さんには秘密だけど」
藤原恵美は、悪戯っぽく微笑んだ。
「私には一集団の長としての責任があるからな。それを片付けてから……やりたいことは、ある」
岡本瑠里子は、様々な立場や感情に振り回されているようでいて、表情や声は毅然としていた。
「そう。それは……」
それが二人のこれからの青春。
私は、思わず後退りしてしまいそうになった。だが、もう決めたはずだ。一歩を踏み出す、と。
「良いこと、ですね」
その病室には窓が付いていた。
窓の外には、青々と澄んだ春の空が広がっていた。この町を丸ごと吸いこんでしまいそうなほどに。
未だに実感が湧かないが、私はまだ生きている。血みどろに濡れそぼつ夜は、明けた。いや、明かした。次は、私の夜を明かそう。私の背にへばり付く底の知れない、この夜を。
それが、これからの私の、異能部での目的。
「…誤解が無いように言っておきますが、オカ研としては関わらないということですから。オカ研としては、ですから」
何でそんなことを言ったのか分からなかった。だけど、分かるようになっていこう。
「不器用なんだね、長良井さん」
藤原は意地の悪いことを言った。
「やかましい」
私は強く抗議した。春の日差しを受け入れて。
「―あ。言っとかなきゃな。さっき訂正するの忘れてたけど、櫻子にトドメ刺したのお前じゃなくて岸波だぞ」
「――は?」
未だ、春。そして、四月。
さて、これから何が起こるのやら。
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