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鎖町百景-百人の異能力者の群像劇-  作者: 読留
卯月・七不思議戦争
42/58

4/20-⑦「燃えよ異能部」

 炎。死臭。幼き叫び。


『母さん!父さん!』


 特異点。エネルギー。胎動。


『うわあああああああああああ』


 閉塞。修羅(しゅら)。孤独。


『もう許してくれ!俺が悪かったから!』

 

 応急。癒え。憧憬。

『お前は他人を傷つける覚悟をしている。本性で他人を傷つける奴はそんなことしねえもんだ。……お前、人を助けろ。その方が似合ってるよ、お前。俺んとこ来いよ』


 助ける。助ける。助ける。助ける。助ける。助ける。助ける。助ける。


 失敗。動揺。憂鬱。

『おまえらをたすけられなかったおれはそれいがいにそんざいかちなんてないのにおれはたすけられなかったどうせだれもたすけられないんだおれは―』


 価値。価値。価値。価値。価値。価値。価値。価値。


 誰のために生きればいいか分からず、誰かのために生きるのが怖かった。

 コブさんと出会ってその不安は晴れた気がした。だが、まだ足りない。


 俺には、まだ時間が要る。


 ※※※


 まだ、彼女には意識があった。


「う……ぐっ……」


 櫻子には、まだ意識があった。朝の葉に付く一滴の露ほどの意識が。


 鎖倉高校の美術室に飾られていた肖像画の女。そのあまりの生々しい美しさに、生徒たちは都市伝説や七不思議などへ抱く感情よりももっと具体的で明確な感情を抱くに至った。


 畏怖、恐怖、怯懦、羨望、情欲、興奮。


 そうして産まれ堕ちた四次元存在は、ただ人間を喰らうために行動を始めた。いかに容易に捕らえるか。いかに大量に、長期的に食らえるか。いかに効率的に供給されるか。彼女は、人間を喰らうために全力を注いだ。


 そして、行き着いた先が桃華会館。当時の七不思議の女王で、人間の味方をするという噂の花子に邪魔をされず、そこそこ人気が無いが、そこそこ少人数の生徒が通りかかる。そんな理想的な立地だった。


 しかし、ある二人の少女によって、僅か半年で夢の生活は終わりを告げる。鎖倉高校に彼女の居場所はなくなった。


 だが、その半年の絶対的な捕食量により、壮絶な膂力と能力を獲得していた彼女は、来るべき時まで県内各地で少しずつ少しずつ人を喰らい、力を貯め込んでいった。


 ―そして、永い眠りについていた伏魔堂が異能部によって解放される。

 遅れてそのことに感づいた櫻子は、三次元時間の四月二十日の丑三つの刻に、四十年ぶりに伏魔堂へ顕現した。


 だが、久々に喰らおうとした鎖倉高校の生徒たちは、奇しくも四十年前の少女たちと同じ眼をして、彼女を今際の際(ここ)まで追い込んだ!


 しかし、ここで致命傷を負っても恐怖などの感情が今も持続している場合、櫻子が死ぬことは――いや、持続などしていない。現代の鎖倉高校で、伏魔堂を恐怖する生徒はいても、櫻子の肖像画を恐怖する生徒は、皆無!


 ここで死ねば、櫻子は幕引き!


 よって、残り僅かな意識の残滓で彼女がすべきことは―


「こむすめえええええええええええええ!」


 横たわる長良井世恋を、喰らい尽くすこと。


「やめてっ!やめてえええええええ!」


 隣の藤原恵美は、絶叫した。何もかもを投げ出しかけた。諦めかけた。


 そう。諦めかけた。

 

 ―その雄叫びを聴くまでは。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおらああああああああああああああああ!!!!」


 岸波夢路、どん底の泥濘(でいねい)から、三途の川の向こう岸から、内臓も血液も体液も魂も全てを吐き出すかのような―


 一撃。


 その衝撃は、春雷(しゅんらい)

 いや、押し寄せる津波や波濤(はとう)の如くなり。


「かはっ…………」


 櫻子はその吐息だけを残して、遥か、遥か後方へ吹き飛んだ。

 伏魔堂を木っ端微塵に突き破り、雨を裂き、風となり、(ちり)となり、夜桜(よざくら)と化して、死んだ。


「はあ…はあ……まずい……」


 岸波は息を切らして呟いた。

 伏魔堂が歓喜に震えていた。櫻子の支配を逃れることができた歓喜に、震えていた。


「崩れる……!」

「……」「きゃ」


 岸波は、まだ劇痛の残る身体で長良井と藤原を担ぎ、全速力で入口へ駆け、脱出した。


 雨が、上がっていた。星も月も顔を出していた。


「うわあ………」


 瓦解(がかい)してゆく伏魔堂を見つめ、宇治山は嘆息した。

 岸波が生きていたこと。櫻子を撃破できたこと。誰も死ななかったこと。これからの異能部のこと。明日の学校のこと。様々なことが、頭の中で浮かんでは消えた。


「はあ……はあ……」


 二人を下ろした岸波は、背中から地面へ倒れ込み、肩で息をする。


「……よかった。…よかった。ながらいぃぃ。ふじわらぁぁ」


 岡本は、緊張の糸が途切れ、号泣しながら長良井と藤原を抱きしめた。長良井は気絶していたが、笑っているように見えた。藤原は岡本と同様に号泣していた。


「…おかえり」


 宇治山が言った。うっすら涙を浮かべて。


「…ただいま」


 岸波が言った。満面の笑みで。


 そして、ごちゃまぜの感情とくたくたの肉体に誘われ、四人とも気絶した。


 ―七不思議戦争、終結―

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