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鎖町百景-百人の異能力者の群像劇-  作者: 読留
卯月・七不思議戦争
41/58

4/20-⑥「燃えよ長良井」

 私の異能。未知のエネルギーを凝縮し、固定、もしくは射出することが出来る能力。


 その攻撃性能は言うまでもない。だが、防御性能は多少見劣りする。


 どの部位に攻撃が来るか迅速に判断できるような眼は私には無く、例えあったとしても一か所への集中的な凝縮には時間がかかるためどうしても防御にラグが生まれてしまう。よって、全身にうすぼんやりと纏う形―光の鎧が最適解である訳だ。これで一応、想定内外関係なく外部からの衝撃を和らげることは出来る。


 しかし、やはり攻撃性能ほどの魅力はない。


 まあ、何故かこのエネルギー自体が対四次元存在の性質を持っているので、対四次元存在の戦闘では攻守両面で有利を取ることは出来る。相手が身体のどの部位で、私のどの部位を攻撃しても、光の鎧を纏っていれば相殺(そうさい)以上には持っていけるという訳だ。


 うむ。戦う相手なんて、今のところは四次元存在しかいない訳だし、能力性能としては申し分ない。攻守どちらにおいても敵へダメージを与え続けられるのだから。


 ―だがしかし、光の鎧は常に纏えない。


 光の鎧で防御を固め、いざ蹂躙(じゅうりん)の花園へ。なんてことにはならない。何故なら、攻撃時において、光線を撃つための凝縮をするには、光の鎧を霧散させなければならないからだ。そして、撃ち終わったらまた光の鎧を纏い、解除し、撃ち、纏い、解除し、撃ち―。カウンターにも弱く、エネルギー効率も最低である。ただでさえ、体力の消耗が激しいこの異能において、それはやはり顕著(けんちょ)である。


 テケテケ戦の勝利は今思えば、やはり奇跡である。この異能のボロを出さずに勝利できた。

 この異能で、ましてやこの満身創痍の肉体で、テケテケより遥か格上のこの女に勝つことが出来るのだろうか。


 絶対に無理だ。


 以前までの私だったなら。


『―凝縮。30%』

 私は櫻子の凶弾に倒れる寸前、トドメを刺すためにあの時点での許容量を超えるエネルギーを凝縮していた。それを放つ寸前に、岸波君が死亡し―

『余所見』

 それに気を取られた私は、櫻子の凶暴な触手を清々しいほど無防備で食らった。

『――っ』

 ―かに見えた。


 どうやら私は、今際の際でこのエネルギーの核心を掴んでいたらしい。

 トドメを刺すために凝縮したエネルギーは霧散せず、触手の着弾箇所へ移動し、微かな防御をしていた。惜しくも芯で捉えることは出来なかったようだが、致命傷は避けられた。


 そして、そのエネルギーは未だ霧散することなく、私の周囲を流動し、ほぼフルオートで私を守護し、攻撃を強化してくれている!


 ※※※


 ―私を真似て、エネルギーの盾で正拳を受け止めた櫻子は、美しくほくそ笑んでいた。

 しかし、ダメージが無い訳ではないようだ。冷汗を流し、呼吸を荒くしている。


「くああああああっ!」


 櫻子は、エネルギーを両拳(りょうけん)に纏わせ、桜花の諸手(もろて)突きをねじ込んでくる。


「―っ」


 これまでのように凝集で受け止めることは出来たが、身体が宙に浮いてしまう。


「らああああっ!」


 間髪入れず、櫻子の全ての触手が大木のように連なって、私の心の臓、ただ一点を狙って襲い掛かる。大袈裟な例えだが、新幹線が真正面から突っ込んできたような、速く、重い一撃。


 エネルギーは正常に着弾箇所に凝集していた。ほぼフルオートの性能でも(まかな)いきれない周囲の残滓(ざんし)も、私が指向性を持たせて、微塵も残さず着弾箇所へ凝集した。そして後方へ重心を置いて、出来得る限りの衝撃を逃が――


「うぐっ……!!!」


 それでも、尚、この破壊力か!


 私は、宇治山君らの元まで吹き飛ばされた。拡散したエネルギーは、私の足裏に凝集し、着地の衝撃を和らげる。泥を跳ね、飛沫を上げ、雨を切り裂きながら、着地。

 だが、ひと時も櫻子から目を逸らしてはいない。風穴が空いた伏魔堂に佇む妖艶(ようえん)な女を、風穴が空くほどに見据える。


「だ、大丈夫なのか…?長良井…」


 背後から岡本先輩の声が聞こえた。震えていた。生命の絶壁に立っていることへの恐怖と、今にもそこから落下しそうになっている私への心配で、震えているようだった。


「大丈夫です。先輩との決着が着くまでは死んでも死にきれない」

「は、ははっ、馬鹿か、お前……」


 先輩は力が抜けたように笑う。


「どうか死なないで…長良井さん」


 宇治山君が、そんなことを言った。


「宇治山君にしてはセンスが無いわ。こういう時は、『勝て』が正解よ」


 あの女へ真っ向から立ち向かい続けるには、


「ははっ…ごめん。すぅぅぅ…」


 その一言が欲しい。


「勝て!…長良井さん!」

「言われなくとも!」


 私を包むエネルギーが、更に青く、燃え盛った。


 待っていてくれ、宇治山君、岡本先輩、藤原、岸波君。


 そして、亡き先輩方。


 私は、より一層鋭く、深く、櫻子を見据える。

 ―弓道部、アーチェリー部の集中力!


 両手を地面に着き、(かが)み、地面を固く蹴り、風になる。

 ―陸上部のクラウチングスタート!


 迫り来る触手を、俊敏(しゅんびん)に、コンパクトに、躱す。

 ―ボクシング部のフットワーク!


 躱せないものは、流麗に、巧みに、弾く。

 ―合気道部のいなし!


 弾けなかったものは、仰け反り、股を割り、舞う。

 ―体操部の柔軟性!


 瞬時に眼前の数多(あまた)の情報を分析し、試合を組み立てる。

 ―バスケ部、サッカー部のゲームメイク!

 

 そして、先の先を、次の次を、読み切る。

 ―将棋部の駆け引き!


 普通では考えられない、ファンタジーも、オカルトも、全て盛り込む。

 ―文芸部、漫研、オカ研の想像力!


 間合いに入れば、拳を、脚を、叩き込む。

 ―空手道部の突き!蹴り!


 最重要は、エネルギーだ。もっと回せ!もっと自由に!もっと最大効率で!

 ―そして、異能部の異能力!


 私なんかより、この道程に青春を懸けている生徒はたくさんいる。私は退屈なフリをして逃げていただけだ。街中を駆け回って、部活を網羅して、必死で退屈を振り払おうとしていた。


 だけど、私は踏み出せないでいただけだ。足踏みをしていただけだ。


 だが、今は付け焼き刃でもいい。青春の粒子を全力でかき集めろ!


 でなければ、数多の青春を貪ってきた櫻子には勝てない!


 ―今年の春は、凄絶(せいぜつ)なまでに青い。

 転校生。異能。創部。戦争。四次元。他者。

 踏み出せなかった私にも、青春が到来した。

 やっと、見つけたのだ。居場所も、友人も、転機も、自分も。


 これ以上、失ってなるものか!


「小娘えええええええ!」

「櫻子おおおおおおお!」


 触手の弾幕を掻い潜って、掻い潜って、掻い潜り、胸部目がけて紺碧のワンツー。左ジャブ、右ストレート。脚も腰も胴も肩も肘も拳もエネルギーも、全部使え。伏魔堂の床を踏みしめ、その力を全て伝えろ。先輩方の青春を、全て注げ。


 再び懐に入られた櫻子は、触手を扱える間合いを失った。また、先程のような諸手突きで無理やり懐から出す隙が私に無いことを悟った。今まで触手に割いてきた全神経をただ殴る行為のみに割くことを決めた。


 ここからは、三次元四次元水入らずの純然たる殴り合い。


 ※※※


 長良井世恋は、思った。―――、と。


 野性的でもあり、ある種、理性的でもある櫻子の殺意。飽くなき強欲。花子やタマオは多かれ少なかれ持っていた「歩み寄る意志」。テケテケにもそれは無かったが、こいつは「無い」ことの格も次元も違いすぎる。寄りも引きもしない超自我の仁王(におう)立ち。


 過度に過度を重ねた純真無垢(じゅんしんむく)な野性的殺意。その濃厚な白色がやがて画用紙をふやけさせてどんな色をも寄せ付けない尊大な理性的悪意の大穴をその身に(あらわ)す。


 その傲慢なる悪意で、あるいは虚空から飛来した第三の意志で引き起こされる「死」を、私は受け入れられるだろうか。


 病魔や不慮(ふりょ)の事故、災害が引き起こした死と同様に「不運だったね」と開き直れるだろうか。


 この伏魔堂に染み付いた死臭に「仕方ないさ」と(まぶた)を閉ざせるだろうか。


 聴こえているか、先人よ。香っているか、先輩方よ。緑青(ろくしょう)に錆びついた青春の(むくろ)を、せめて若輩者(じゃくはいもの)のこの四肢で青々と燃やし尽くさせてはくれまいか。


 この堂に巻き付いた鎖を、断ち切らせてはくれまいか。



 櫻子は、思った。―――、と。


 今宵に至るまで数多の畏怖(いふ)をこの身に集めてきた。数多を()んできた。掻き集め、(むさぼ)った。容易く、美味だった。ほとんどの糧は何も抵抗してこなかった。泣いて謝るだけだった。だが、稀にいるのだ。怯えているのに、怖がっているのに、身体は後退っているのに、微塵も揺らがない両の瞳をこちらに向けて消えぬ噛み跡を残す奴がいる。


 随分前に、絶好の狩場であったこの堂舎(どうしゃ)を離れざるを得なくなった元凶の()()()()()。今、己の眼前で青い閃光を迸らせているこの小娘も、あの二匹と同じ眼をしている。全く同じ双眸(そうぼう)でこちらを見据えてくる。あの二匹は、何の異能も持たぬ只人(ただびと)だったからまだ良い。


 だが、こいつはどうだ。三次元でも四次元でも見たことのない異能をその身に宿して流星の如く、こちらへ。こちらへ。


 二匹を逃がした失敗が、今宵まで尾を引いた。だから、余程のことが無い限り、今宵誰かを逃がす気は毛頭無かった。だが、今、確信した。こいつは、こいつだけは絶対に逃がしてはいけない。


 巨大彗星がこの堂舎に堕ちようとも、他の四匹に逃げられようとも、これまで食らった全てを吐き散らかそうとも、四次元のために、己のために、これからの己を形作る食糧のために、この人間だけは絶対に逃がしてはいけない。仲間を作らせてはいけない。成長の機会を与えてはいけない。


 ここからは狩りではない。互いの血桜(ちざくら)が舞い散る、純然たる闘争。絶対に逃がさ――いや、違う。



 両者は、思った。


 こいつだけは、今、此処で殺さなければならない!


 ()の宇宙、此の惑星、此の島国、此の町、此の堂で、()の時空、斯の次元、斯の世紀、斯の西暦、斯の月、斯の日、斯の瞬間に、確実に息の根を止めなければならない!


 別次元の両雌(りょうし)、三次元は伏魔堂にて、疾走(はし)り、殴打し、そこに舞い散る蒼桜。


 ※※※


「―っっっっっっっ!」


 互いに一歩も譲らぬ、女と女、殴り殴られの大一番。そこらの女も男すらも、割って入れぬステゴロの血戦。


「―っっっっっっっ!」


 いかに相手のエネルギー凝集を置き去りにして殴るか。いかに相手の攻撃に先回りしてエネルギーを凝集させるか。この至近距離、目と鼻の先の攻防でいかに的確に無意識にエネルギーを回せるか。

 

 殴れ。守れ。殴れ。殴れ。守れ。殴れ。守れ。守れ。守れ。


 血の匂いがする。血の味がする。血の感触がする。

 ―あれ?もう何も感じない。


 殴れ。なぐ―守れ。ま―殴れ。な―まも―殴れ。な―ま―ぐ―も―れ―れ!


 最早、考えたら負けだ。もっと自由に、もっと開放的に、もっと熱く、もっと打ち込め!


 一撃一撃を謳歌(おうか)しろ!


 果てしの無い矜持(きょうじ)我欲(がよく)のぶつかり合い。彼女たちの拳は、更に鋭く重くなっていく。

 彼女らのどちらかが拳を振るえば、直線状にある壁が風圧だけで震え、もう一方が振るえば、直上にある天井が風圧だけで揺れた。


 彼女たちの拳闘が深みにはまるにつれて、伏魔堂はやがて瓦解―


「っっっっ!」


 する前に、拳闘が不意に終焉へと向かい始める。


 長良井世恋も櫻子も、相変わらずエネルギーの凝集と拡散を繰り返していた。しかし、両者には決定的な違いがあった。


 長良井世恋が、今際の際からの生還による覚醒興奮状態によってほぼフルオートでエネルギーを運用しているのに対し、櫻子はほぼマニュアル。そして、タマオが抉った創傷がここに来て効力を発揮していた。それは相手よりも急所が一つ多いことと同義であり、何よりそれがあるだけで体力が減退していく。

 

 誰が聞いても明らかな隔たりがあった。


 長良井世恋の右拳が、櫻子の左頬を燃やした。


 櫻子は、「生まれてこの方味わったことのない痛み」という想定の数倍の痛苦を食らわされた。

 岸波、長良井・花子・タマオ、宇治山、長良井といううんざりする程の連戦に散々耐えてきた櫻子の精神と肉体に、その痛苦は大きな揺らぎと静止を与えた。


 どうしようもないほどの隙を与えた。


 だが、そこで死合いは終わらなかった。


 やっと丸裸の一撃を食らわせられたことに安心したのか。

 これまでの鬼気迫る拳の応酬が嘘だったかのような膨大な隙に気が抜けてしまったのか。


 長良井世恋の脳内麻薬、分泌停止。


「―あれ?」


 腕と足が命令を果たさない。踏み込め!殴れ!…全く応答しない。ヤバい。

 あと、ほんの、ほんの少しだったのに。ほんの―


「まだだ!」


 エネルギーはまだ耳を揃えて流動している。もう効率は考えるな。


 「射出」だ!「射出」しかない!右手人差し指に今すぐ凝集しろ!やれ!


 ―来た。あとは、放つだけ。


「おおおおおおおおおお!!」


 ―長い長い隙が終わった。あとは、躱すだけ。


「ああああああああああ!!」



 ―我々は、ある者を忘れていた。

 青春の化身となった長良井世恋?

 不屈の闘志で泥臭くアクロバティックに持ち応えた宇治山辰巳?

 非力ながらも目の前の他人を懸命に助け出そうとした岸波夢路?

 異能部との争いがきっかけでその生き方を変えようとしている岡本瑠里子?


 どれも違う。


『影が薄い人はね、ここぞという時に誰よりも輝けるってお母さん思うわ。だから、恵美(めぐみ)。心配しないで。あなたはきっと、強い光を隠し持ってるわ』


「―は?」


 タマオが櫻子に刻んだ希望の灯を、藤原恵美が(はた)いていた。


 今宵で最も弱い、だが、最も虚を突いた一撃。


 櫻子が視線を動かし、回避の足を止めたのは、一秒にも満たない。


「余所見」


「――っ」


 だが、この魔窟でそれは―


 長良井世恋、今度は一切の揺らぎを含まず。射出。


 ―伏魔堂の淀んだ気層を、紺碧の稲妻が切り裂いた。


「桜は散るものよ……」


 桜色の盾と眉間に風穴を開け、櫻子、散る。


「ありがとう……ふじ…わら……めぐみ…」

「え、長良井さん!?」


 精魂尽き果てに尽き果て、長良井世恋、再度気絶。


「――っ」


 彼女は気絶する寸前、身体の内と外で何かが流動するのを感覚した。


「良かった…長良井さ―」

 

 宇治山辰巳と岡本瑠里子は、降り(しき)る雨の下で鼓動を聴いた。

 二人の心臓を委縮(いしゅく)させ静止させようかというほどの、鼓動が鳴った。

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