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鎖町百景-百人の異能力者の群像劇-  作者: 読留
卯月・七不思議戦争
40/58

4/20-⑤「始動する青春」

 私は、どこかにいた。現実と呼ぶには余りにも浮遊感があり、夢と呼ぶには余りにも血生臭かった。

 私には思考だけが許され、肉体は持ち合わせていなかった。


「ああ、最後の大会出たかったなあ…」


 そんな声が聞こえた。悔悟(かいご)懐古(かいこ)の集積のような、青く若い声だった。


「もっと、ケントと一緒にいたかったなあ」


 次々に聞こえてくる。


「まだ…お母さんとお父さんに何もしてあげられてない」


 私の脳に入り込んでくる。各々が確かな境界を持ちながら、止めどなく私の脳に流れ込んでくる。


「もっと、生きたかった…」


 これは、死?


「ごめん。ごめん。ごめん。……助け…られなかった」

「岸波君?」


 確かに、彼の声がした。


「岸波君っ!そこにいるのっ!?」


 私は、夢か現かも分からぬ虚空へ岸波君の名を叫んだ。だが、


「なんであの道から帰っちゃったんだろう」

「俺、まだアイツに気持ち伝えられてねえ…」

「ウチがいなくなっちゃったら、お母さんどうなっちゃうの…?」

「あの漫画、最後まで読みたかったなあ…」

「あいつらと旅行の約束してたのにな……」

「今年は全国行けたはずなのに……ごめんな、みんな」

「また馬鹿言い合って、何も考えないで笑いてえよ…」

「何もしたい事なんて無かったはずなのに、今は何もかもしたい……。私、馬鹿だ」


 私に襲い掛かる青春の激流。岸波君は死んだ。彼も彼女も死んだ。あの人も、この人も。あれも、これも死。


 そう。我々には死が付き纏っている。

 そうなのだ。確かに、そうなのだ。だけど、


「もっと、生きたかった」

「もっと生きたかったなあ…」

「もっと、生きたかったよ」

「もっと生きたかったぞ!ちくしょう!」

「もっと、生きたかったね」

「生きたかった!!」


「生きたかったんだよ、俺たち」

「生きたかったんだ、私たち」


 確かに、我々は生きている。どうしようもなく、生きていたい。生きて、その意味を見つけたい。


『君らがいることには意味がある。誰にだって意味があるのさ。私の弟子なら、それを見つけてごらん』

 

 マユミさん、私、少し分かった気がするよ。

 私や他人がいる意味なんて遥か彼方にあってまだ掴めそうにないけど。

 死が背後にある生の上で一歩を踏み出すのはまだ少し怖いけど。


 ―この一週間で私は私の()みにようやく気付けた気がする。まだ確かな答えが出るはずはないけど、宇治山君が転校してきたあの日から、確実に何かが変わり始めている。

 まだ虚無感は捨てきれない。宇治山君と出会ったことで退屈を満たされた私もいて、未だ人生を歩むことに懐疑(かいぎ)を抱いている私もいる。


 だが、私なりの「死」を、或いは「生」を追求することはできるはずだ。


 鎖倉(さくら)高校桃華(とうか)会館、またの名を伏魔堂(ふくまどう)其処(そこ)に潜んでいた怪異、櫻子(さくらこ)。再び始まる、強大で壮絶な彼女との対峙。私は何かを掴んでやる。必死で、懸命に、真正面から。そして、生き残る。


 覚悟。


 ※※※


 拳と触手を飽きるほどに交わしていた宇治山と櫻子は、目を細めた。そして、両者の意識は互いから逸れる。


 そこには、光があった。青く燃える光が。

 その光を纏う少女が、いた。弾雨(だんう)の中に、佇んでいた。


「まだ…まだ立つのか、小娘ええっ!」


 打倒しても、撃退しても、後から後から湧き、立ち上がるその少年少女たちに、櫻子はかつて経験したことのないほどの苛立ちと生まれて初めての焦燥を抱いていた。彼女はその鬱憤(うっぷん)を叫びに乗せた。


「なが……らい…さん?」


 少女の心の友である宇治山ですら、訳が分からなかった。この一週間、無理に無理を重ね、満身創痍の権化と成り果て、ましてや櫻子の凶打を清々しいほどまともに食らった少女が、生きているだけでも奇跡と言っていいその少女が、再び立ち上がっている。そして、これまでに見た事が無いほどの活力をその身に(みなぎ)らせている。


 少女の隣に座るオカルト研究部の二人も何が起こっているのか把握できていないようで、間の抜けた表情をしている。だが、そこに横たわる岸波夢路は相も変わらず死の色を(たた)えていた。


「大丈―おえっ、かはっ」


 宇治山は異能の過剰使用による疲労と、三半規管をいじめ抜いた直後に静止したことによる吐き気とで、身体を折り曲げて苦しむ。


「お疲れ様、宇治山君。ここまで独りで耐えてくれて有難う。ここからは、私に任せて」


 宇治山は未だ少女への心配を拭いきれなかったが、彼は異能で少女の背後へ移動した。

 これ以上の戦闘は己の生命に関わるという確信があった。そして、少女の表情と気迫に揺るぎない生命力を感じた。そこには悲壮はなく、ただ覚悟があった。


「はあ…はあ…おえっ……頼んだよ、長良井さん」

「ええ」


 よく見ると、少女が纏うエネルギーはこれまでに使用していた光の(よろい)のそれとは異質のものであった。凝縮されたエネルギーがその場に停滞せず、まるで液体のように少女の周囲を流動していた。血液や酸素のように循環していた。そして、不規則に一部が変形したり、再生したりと、波浪(はろう)のような動きも見られた。


「……」


 宇治山は、そのエネルギーの異常性に気付き、息を呑んだ。少女に何が起こっているのか、やはり何も分からないということを再確認させられた。


 雨が、一層強くなっていた。


「我こそは、異能部部長、長良井世恋なり。再戦、願い申す」


 少女・長良井世恋は、櫻子へ熱烈な視線を送りながら、合戦場の武士のような名乗りを上げ、その視線を逸らすことなく粛々(しゅくしゅく)とした立礼をして見せた。


「来い、小娘!貴様はさぞ美味(うま)かろう!」


 怪女・櫻子は、開き直って長良井の(わずら)わしさではなく、その先にある極上の美味を想い、流涎(りゅうぜん)しながら声を荒らげ、身構えた。


 未明も、直に終わろうかという刻限。(ところ)は、鎖倉高校伏魔堂。幕を開ける二人の女の最終闘争。初動は――


 長良井世恋。


「――っ」


 長良井は、駆け出した。ただ真っ直ぐに。櫻子を(ほふ)らんとして、ただ真っ直ぐに駆けた。


「かあああああああっ!」


 櫻子は、最も太く強靭(きょうじん)な触手を突き出した、ただ真っ直ぐに。長良井を屠らんとして、ただ真っ直ぐに突いた。


 直撃。


「ぐああっ…!」


 痛苦に悶えたのは、何故か櫻子であった。

 櫻子の触手は、確かに長良井の胸部へ撃ち込まれた。しかし、そこには長良井を包んでいたエネルギーの、紺碧(こんぺき)の凝集があった。


 長良井は鈍痛に顔を歪めながらも、足を止めず。凝集していたエネルギーはすぐさま拡散し、再び長良井の周囲を流動しだす。


「うらららああああああああっ!」


 一動作分遅れを取った櫻子は、瞬く間に痛苦を奥底へ押し込め、覚悟する。

 先刻の光線といい、たった今の防弾といい、どうやら彼女を取り巻くエネルギー体は四次元存在に多大なる害をもたらすらしいということを理解した上で、尚、彼女は触手を乱打した。尋常ならざる胆力(たんりょく)と狂気で、長良井を追い詰めた。


「くっ……!」


 長良井を取り巻くエネルギー体は、櫻子の乱打にも対応し、身体の各所で次々と凝集と拡散を繰り返していた。連続し、連鎖する痛苦に櫻子は悶えに悶えたが、長良井も只では済まなかった。

 触手による衝撃と損傷を和らげると言っても、その数量が尋常ではなく、ましてやそれを受け止める身体は、満身創痍の高校生女子のものである。それでも、尚、彼女は足を止めず、(かわ)しもせず、ただ真っ直ぐに駆けた。尋常ならざる胆力と活気で、櫻子を追い込んだ。


 そして、(ふところ)


 長良井の右の拳に、エネルギーが凝集した。櫻子は、苦虫(にがむし)を嚙み潰した。


「はあああああっ!」


 長良井は、どこまでも真っ直ぐに、計り知れないほど真っ直ぐに、櫻子の顔面へ紺碧の正拳を突いた。


 ―半端な手応え。


「ぐっ……ふははっ…学ばせてもらったぞ、小娘」


 櫻子の顔面の寸前で、桜色のエネルギーが凝集していた。

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