表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鎖町百景-百人の異能力者の群像劇-  作者: 読留
卯月・七不思議戦争
39/58

4/20-④「燃えよ宇治山」

 逃亡。

 その選択肢はあった。俺の異能なら可能ではあった。全員が万全な状態ではなかったとはいえ、あの三人でも撃破できなかった怪女に俺一人で挑み、呆気なく(ほふ)られ、背後の女性陣を好き勝手に貪られるくらいならば、俺が彼女たちを連れて逃げることがここでの最善策。だが、


「戦うしかない、か…」


 芯と芯で向き合い、眼と眼を合わせ、言葉を交わして理解させられた。一分の緩みも隙もない。逆に、一瞬の隙を捉えるために全神経を俺の一挙手一投足に注いでいる。眼光も触手も研ぎ澄まされ、一度の呼吸も(はばか)られるほどの迫力をひしひしと(たた)えている。


 俺が長良井さんたちの方向へ動いただけで、誰かしらが殺される。

 動かずに異能を発動するにしても、俺の異能では彼女たち全員を一度で安全な所へ移動させるのは難しい。故に一人ずつ移動させるしか無い訳だが、あの怪女がそこに生まれる隙を見落とすはずが無い。

 立ち向かわざるを、得ない。


「集中…」


 俺が敗けたら、もしくは一瞬でも隙を見せたら、全員死ぬ。全員、死ぬ。咀嚼(そしゃく)されてあの女の美の(かて)となってしまう。


 一つ一つの選択を、誤るな。決して、相手に余裕を与えるな。


 この夜を、明かすのだ。


「はあああああ……!」


 俺は、駆け出した。全身全霊で、雨にすら濡れまいとする気勢で。


 だが、所詮は人間の速力だ。並の者より幾らか速い程度だ。

 ―というような、思考と覚悟の時間を女に贈った。


 ああ、こやつが如何程の異能を隠し持っていようとも、こやつの攻撃は欠伸(あくび)が出るほどに、しばらく余まで届かない。守りにも一応気を使いつつ、こやつが間合いに入った瞬間、その四肢を吹き飛ばすか。

 ―というような、思考と覚悟、そして誤解の時間を女に贈った。


「―は?」

「王手」


 俺の眼前には、凄惨な傷口。赤黒い肉の泥沼。櫻子の右半身。


 渾身の、殴打。気味の悪い感触と、確かな手応え。


「ぐああああああっっ!!」


 絶叫。悶絶。


「しぃぃぃぃっ!!」


 ―しながらも、華麗な軌道で振るわれる触手。その軌道の中途には、三人の庇護(ひご)者と死体が一つ。


 俺の予想は的中した。この女のタフネスと気迫と狡猾さを信頼して良かった。深手を一層(えぐ)られる劇痛(げきつう)の中でも、俺の意識を乱すために庇護者の息の根を止めにかかると信じて、良かった。


 (よど)みなく、次の選択へ移行できる。


「――は?」

「外れ」


 雄々(おお)しき触手は、伏魔堂の壁を叩き壊した。但し、その壁は外界が露見している面ではない。異能を使用し、俺が櫻子の身体を半回転させたのだ。

 櫻子は、瞬きの間だけ困惑し、


「しっ―」


 すぐに、庇護者を狙うのは無駄だと悟り、俺を真に全力で殺しにかかる。


 ここからが、互いが互いだけを意識する本当の一騎打ち。


「……っ」


 櫻子の触手の半分が、背後の俺へと降り注ぐ。そして、残る触手は先程突かれた急所を守るような動きを見せた。ならば―


「正面…!」


 俺は、異能で触手を回避すると同時に、守りの薄い櫻子の眼前の中空へ躍り出た。そのまま、顔面を殴り抜け―


「かかったのう」


 背後にいた俺の視界から外れるように、二本の触手が俺の不意を衝くために残されていた。


 動きを、読まれた!


「くっ―」


 二本の触手が俺の脇腹を抉ろうと、空を割いて突進してくる。が、すんでのところで異能を発動し、伏魔堂の入り口付近へ降り立つ。


「掠った…」


 左右の脇腹に鋭い痛みと熱を感じる。制服のその辺りは稲妻が走ったように裂け、露出した肌には制服の損傷に沿って浅い裂傷(れっしょう)が走っている。

 櫻子がゆるりとこちらを振り返る。


「さあ、前座はここまでじゃ…」


 一騎打ちの幕は切って落とされた。俺の勝利条件は、彼女を打ちのめすこと。もしくは、彼女の制限時間いっぱいまで耐えて送還すること。


 現実的なのは、後者だ。俺には彼女を撹乱し惑わすだけのトリックはあるが、彼女の身体を抉り飛ばすだけの火力は持ち合わせていない。全快の長良井さんなら前者の勝利を狙えたかもしれないが、俺は長良井さんではないし、長良井さんは戦えない。俺がやるしかないのだ。


 だから、乱して、耐えて、乱して、耐えて、乱して、耐える。それしかない。


「堅実に、泥臭く」


 それがこの場でのモットー。俺は、澄んだ呼吸を一つした。

 感覚を研ぎ澄ます。満身創痍を覚悟する。


「―っ」「―っ」


 再開の合図かのように、雷火(らいか)が煌めき、轟いた。


「行くぞっ!」「来いっ、小僧!」


 俺は世界から消失し、再び出現する。女の頭上へ。


「はあっ!」


 その美貌を、サッカーボールのように思い切り蹴飛ばす。


「ぐっ…」


 女は痛苦に声を歪めながらも、すかさず四方八方から触手を押し寄せ応戦する。

 俺は再び世界から消え、女の足下へ。地面と平行に左足を蹴り込み、彼女の足を払った。バランスを崩した彼女は、触手のコントロールを一時的に乱す。俺は、すかさず異能を使い―


「王手再び」


 現在最も有効な彼女の急所へ。


「今度は二発」


 想像しうる限りの痛苦を込めて、左右の腕を交互に突き出し、両の拳で血肉を潰し飛ばす。―と同時に、


「ぐはっ…」


 俺の背中を無数の小さな衝撃が走り、つぶさに連鎖し、やがて激烈な衝撃が襲った。


「はあ…はあ…」


 世間一般の華奢(きゃしゃ)な女性のように、軟らかく床に倒れたその女は、壮絶な痛みに息を切らし汗を流しながら口の端を邪悪に吊り上げた。

 俺が今食らった衝撃は、恐らく彼女の周囲を浮遊する桜のようなエネルギーによるものだ。出血はしていないものの、背中の焼き焦げるような熱さを感じ、反省する。


 あの女の攻撃手段、防御手段を想定し得る限り全て考慮に入れて戦局を組み立てなければ。

 そして、俺も女も瞬きの間に立ち上がり、先の見えない読み合いが再び始まる。


 俺が消え、現れ、隙を突き、女はわざと隙を作り、逆に隙を突く。かと思えば、更に俺が隙を突き、女の方も新たな策を講じる。ある時は肉を切らせ骨を断ち、肉を切って骨を断たれた。


 女の周囲を、蜃気楼(しんきろう)のように消えては現れ、現れては消える。三半規管に多大な刺激が加わった俺は、やがて吐き気を感じてきた。眩暈(めまい)もしてきた。


 だが、続けろ。込み上げる胃液を頬に溜め、胃に押し戻す。眼孔(がんこう)を痛いほど開いて、確かな視界を確保する。


 続けろ。続けろ。続けろ。続けろ。三人を死なせたくないならば。長良井さんを失いたくないならば。


 俺がこの町に来て、彼女と出会って、もう一週間。いや、まだ一週間しか経っていない。俺は、もっと彼女といたい。もっと彼女とこの町を見たい。この町の風となって、共に駆け抜けたい。その先に、満ち満ちた俺が立っているはずなんだ。


 こんなところで、彼女を失ってたまるか。こんなところで、死んでたまるか。


 この夜を、乗り越えろ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ