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鎖町百景-百人の異能力者の群像劇-  作者: 読留
卯月・七不思議戦争
36/58

4/20-②「櫻の樹の下には」

「はあ…はあ…これで一通りね」

「ふう…何も出なかったね」


 たった今、学校中の全ての階段を登り終えたところである。今更だが、本当に階段には何もないのかもしれない。情報提供者でも協力者でもある岸波君には申し訳が立たないが、ここはもう退くしかない。


「さあ、時間を無為にしない内に伏魔堂へ急ぎ―」「え?」


 私と宇治山君は同時に同じ方向を見やる。今何か、えげつない破壊音がしなかったか。


「…雷?」

「……伏魔堂の…方向」

「「―っ」」


 我々は、考え切るよりも早く動いた。

 

 ※※※


 ―宇治山君の異能により、近場の女子トイレへ。儀式、執行。


「セレンおねえちゃん!いまからどこいくの?」


 手前から三番目の個室より、魔法少女、顕現(けんげん)


「闇の帝王を倒しに行くわよ」

「えーーっ!?やっと、このときが……まかせて!花子、ちょーがんばっちゃう!」

「期待してるわ、弟子」

「あいあいさー!」


 ※※※


 ―宇治山君の異能で階段へ戻り、駆け下りる只中(ただなか)。儀式、執行。


「おい、何度言わせるんだ!僕を勝手に呼びつけるなんてことが許されると―」


 ソフトボールの壁当てにより、病的球児、顕現。


「タマオ君、天才で人道的で理性的で器の広い最強の君に頼みがあるんだ」

「……聞くだけ聞いてやろう」

「君にしか、倒せない奴がいるんだ」

「―ふっ、場所を教えろ。タツミよ」


 ※※※


 走れ、走れ。俺たちが一週間待ち望んでいた怪異はすぐそこだ。四階。踊り場。三階。踊り場。


「はあ…はあ…」


 長良井さん、息が切れるのが普段より早い。顔色も依然悪い。やはり、自分で気づいていないだけで無理をしているのか。今回ばかりは俺がしっかりしなくては。タマオ君の時くらいしか、まともに役に立てていない。彼女に頼り過ぎていた。


 今回ばかりは、俺がしっかりしなくては。


 一段飛ばし。二段、三段。どんどん飛ばしていけ。夜は短い。いち早く伏魔堂の真相に辿り着け。三段、二段、四だ――


「…タマオ君!」

「あん?…どこにいる?タツミ」

「長良井さんを頼んだよ」

「…宇治山く―」


 声が途絶えた。

 

「…ははっ、タイミング悪すぎでしょ。流石に(へこ)む」


 降りても降りても、登っても登っても、階段が終わらない。


 ※※※


 宇治山君が階段の途中で消えてしまった。


「おい、どうすんだ。女」


 タマオが私に問う。


「はあ…はあ……良いわ。先へ進みましょう。彼なら何とかするわ」


 互いの能力を信じたうえで、七不思議戦争への勝利にとことんこだわる。私でも彼でも、きっとそう判断するはずだ。それに、何だか胸騒ぎもする。階段を駆け下りている途中も何度かあの破壊音が鳴っていた。


「おいおい、良いのか?それで。僕、知らないぞ。…てか、契約者じゃないお前の言うことなんて僕聞かなくてもいいんだが?」


 彼がそう言うのも無理はない。彼には何のメリットも無いのだから。


「ええ、そうね」

「ふんっ、じゃあ俺はかえ―」

「けれど、お願い。今は協力して。あなたの力が頼りなの」


 タマオは癇に障るマセガキだ。だが、こいつの実力とポテンシャルには一目を置いている。あの1オン1。宇治山君との相性が悪かっただけで、私が彼と戦っていたら結末はどうなっていたか分からない。今頃、私の肩の上には虚空(こくう)が広がっていたかもしれない。それに、彼が球技関係なしに襲ってきたら…考えたくもない。


 未知数の脅威と対峙しようとしている今、彼の力が必要なのは紛れもない事実…くそっ、意識が混濁(こんだく)し始めている。手放しにこいつを称賛するなど、私も焼きが回ったか。


「―っ。ふんっ、わーったよ。行けば良いんでしょ、行けば。よくよく考えたら最後にあいつに命令されたわ。『お前を頼む』ってな」

「ありがとう。恩に着るわ。行きましょう」


 あれは命令、か。確かにそういう解釈も出来たか。まあ、いい。今は純粋に感謝しておくことにする。


「―ったく、調子狂うぜ」

 

 ※※※


 二階。踊り場。一階。


「あ、セレンおねえちゃんっ!いわれたとおり、まどあけといたよ!」

「褒めて遣わす。―凝縮」


 階段を降り切った直後、前方の廊下に平行に取り付けられている窓が丁度開け放たれていた。廊下を通る人間の足元の位置にあるセンサーを、反応させずに廊下を飛び越える!


「―射出」


 異能を足裏や背面から微量放出し、空中姿勢を整える。陸上部時代の走り幅跳びの要領で。


「はっ」


 窓を目がけ、脚から飛び込む。腰。胴。腕。頭。よし、無事すり抜けた。

 両足で着地すると同時に、右足を地面に着けたまま旋回。水飛沫(みずしぶき)と泥を舞い上がらせながら右手を着き、顔を上げる。


「完璧」

「セレンおねえちゃん、かっこいい!」

「行くぞ、バカ女ども。僕はあと五分と持たないぞ」


 三人―厳密に言えば、一人と二体が駆け出した。


 何度目かの破壊音が雷に紛れて鎖倉高校に鳴り響いた。


 ※※※


 ―午前二時三分。鎖倉高校教頭、森脇錦(もりわきにしき)は何故か寝付けないでいた。

 

「ふう…」


 寝付けないのは、窓に打ち付けている激しい雷雨のせいだろうか。

 私はそんなことを考えながら、隣で眠る妻を起こさないよう、ベッドから出た。気を紛らわすために水でも飲もうと思ったのだ。


「……はあ」


 ウォーターサーバーから入れたコップ一杯の水を飲み干す。


「……あれからもう四十年か」


 例の行方不明事件が起きていた時期も、こんな天気が続いていた気がする。そんなことを思い出したのは、この天気のせいか、はたまた異能部の二人にあの事件のことを最近話したせいか。


 過去のある特定の何かに思いを馳せると、何故か芋づる式に周辺の記憶も掘り起こされることがままある。そういえば、あの事件の前後に、もう一つ小さな事件が―


「絵が消えたんだったかな…」


 行方不明者が続出する緊迫した状況の中で、皆あの絵のことは忘れていったが、今思えばあれは前兆だったのかもしれない。あの時点で警戒を強めていれば――なんて、まあ無理な()()()()か。


 消えたその絵に描かれていた女性に、「人を食っていそうだ」なんて物騒な感想を生徒たちは面白がって言っていたっけ。確か、「櫻子(さくらこ)さん」なんて愛称もあったな。


「懐かしいな……」


 当時を懐かしく思えば思うほど、あの事件への後悔や悲壮に沈んでいく。教師として、大人として、私に何かできることは無かったのだろうか。青春を奪われた生徒たちに、どれだけ謝っても謝り切れない。


「……今日は寝れなさそうだ」


 私は水をもう一杯飲み干した。


 ※※※


「はあ…はあ…あそこを曲がれば、すぐ見えるわ」


 破壊音と雷鳴(とどろ)く鎖倉高校を、雨と泥に(まみ)れながら、私は駆けた。両隣を男女の幼児に挟まれて。


「うでが、めろでぃーっ!」

「あん?『腕が鳴る』ってことか?馬鹿みてえ」

「むうっ、ばかっていったほうがばかなんですーっ!」

幼子(おさなご)ども、もう集中して!」

「らじゃー!」「ふんっ、貴様に言われなくても」


 建物の角を曲がった。もう伏魔堂が見える。同時、また破壊音が鳴った。


「え?」


 一瞬、脚が止まりそうになった。すんでのところで伏魔堂への疾走を続ける。

 伏魔堂の入り口があった面の外壁は、数か所が直径二メートルほどの鉄球でも投げこまれたかのように破砕している。だが、ここからはまだ中がよく見えない。


 そして、伏魔堂の手前でうつ伏せに倒れている男がいる。数瞬前の破壊音と同時に放り出されたように見えた。私服を着用しているようだが、その背格好は、我らが異能部の―


「岸波君!」


 駆け寄り、彼を仰向けにする。


「マズい…」


 重度の打撲痕(だぼくこん)が身体中に見られる。伏魔堂の建材だったものと思われる木片が右肩と左の大腿部に突き刺さっている。そして、今、最も一刻を争う症状は―


「…呼吸をしていない」


 幸い、微かだが心拍や脈拍は感じられた。今すぐに救急車を要請すれば―


「長良井…か…?逃げ…ろ」


 伏魔堂の中から、息が詰まるような、か細く絞られた声が聞こえた。掠れすぎていて誰の声か判別できない。


「なんじゃ、全く。今宵は大漁じゃのう。実に愉快な誤算じゃ。誰も逃がさん」


 そして、邪悪、尊大、傲慢、それでいて春の豪華絢爛(ごうかけんらん)な桜のように美しい声がした。


「…セレンお姉ちゃん。そのお兄ちゃん、友達なの……?」


 背後から花子の声が聞こえた。いつもの天真爛漫(てんしんらんまん)さが全て排されてしまったような、背筋が凍るような声であった。


「え、ええ…」

「そっか」


 雨を切り裂く音がした。それは雷よりも、鋭く、(はや)く、私の鼓膜を叩いた。


「おい、花子!…ちっ」


 今のは、花子が雨中を駆け抜けた音だったらしい。タマオも彼女の後に続く。


「ウォーター・クローザー」


 花子の魔法の詠唱(えいしょう)が、()()()から()()()()()()()になっていたように聴こえた。


 花子が、合わせた両手を伏魔堂の方向へ向ける。伏魔堂よりも高さのある水の壁が、雨水を収束させて構成された。五秒ほど、花子の上空だけが晴れた。


「はあっ!」


 突如、水の壁が伏魔堂へ押し寄せ、ただでさえ穴だらけの正面の壁に更に巨大な穴を穿ち、屋内へ流れ込んでいく。余計に屋内の様子が見えなくなった。と、同時に―


「タマオ君、今だよっ」

「…!おうっ!」


 タマオが不敵に笑い、彼の周囲に三つの球状の肉塊(にくかい)のようなものが顕現し、タマオを中心にして衛星のようにぐるぐると回り出した。


「アターック!」


 その内の一つを、バレーのスパイクのように強烈に水流の中へ打ち込んだ。銃声のような衝撃音でタマオは打ち込んだ―というより、撃ち込んでいた。これが試合ならレシーバーの両腕を消し飛ばしていたことであろう。


「ダイレクトボレーッ!」


 また一つ、今度は蹴り込んだ。また、銃声のような音が鳴る。


「もいっぱあああああつッ!!」


 また一つ、今度はワインドアップで投げ込んだ。今度は銃声は無いが、タマオが放った三発の中で最も威力があることは分かった。


「ふっ!」


 そして、タマオは目を瞑り、胸の前で両手を勢いよく合わせた。


「女が二人、四次元存在(あっちがわ)が一人。片方の女が首を絞められてる」


 タマオが言った。


「…中が見えるの?」

「話しかけんな!気が散る!」

「は?」


 余りにも突然の暴言に眉を(ひそ)める。


「おちついて、おねえちゃん。タマオくんは、はなことのしゅぎょうでまほうがつかえるようになったの。タマオくんはさっきうちこんだ()()()とつながってるから、みずのむこうがみえるの。あと、じゆうじざいにうごかせるの」


 花子が自分事のように得意気に笑う。

 なるほど。花子の水壁により、互いに相手方に有効な攻撃が出来ないが、タマオになら出来る。それはつまり、一方的な攻撃が可能と言う訳か。あの一瞬でここまでの連携を取って見せるとは、恐ろしい幼児たちだ。そのうえ、タマオに関しては―


「この短期間で、そこまで…」

「あっちは、じかんのすすみかたがこっちとちがうけどね。それでも、タマオくんはせんすのかたまりだよっ!」


 花子はいつもの天真爛漫さを少し取り戻し、嬉しそうに笑う。


「さあ、そろそろ水が出ていくよ。お姉ちゃんもじゅんびして。早く敵を倒して、そのお兄ちゃんを助けよう」


 花子は天真爛漫さを再び引き絞り、冷徹で鋭い表情をその童顔(どうがん)(たた)える。

 そうだ。私は何を考えているのだ。この状況で、救急車もクソもないだろう。伏魔堂に潜む怪異を滅しなければ、我々は呼吸すら安心して出来ない状況にあるのだ。救急救命など、まず不可能である。


 一秒でも早く、滅するのだ!岸波君を救いたければ!


 私は立ち上がり、伏魔堂の鼻先まで進んだ。


「くそっ、バケモンがっ!」


 タマオが悔しさと恐れを孕んだ誹謗(ひぼう)を叫んだ。

 

 そして、伏魔堂の排水が完了した。

 

「うむ、悪くない余興じゃった。まさか、三次元と四次元の蜜月(みつげつ)とはのう。油断しておったわ。…ん?そこにいる(わらべ)は…」


 一人の女が立っていた。美しい女であった。


「淀みすぎだろ、ここ……。この場所でどんだけ食ったんだ」「くっ……」


 伏魔堂の内観は正面からは丸裸も同然になっていた。

 タマオと花子が同時に、漂う臭気に、或いは瘴気(しょうき)に顔を(しか)める。だが、花子はその直後、こめかみにくっきりと血管が浮かび上がるほどに、怒髪天(どはつてん)()くような表情を見せた。

 タマオの言葉から察するに、私と宇治山君が常日頃侵されていた悪臭は、ここで死んだ過去の生徒たちの無念の集積のようなものらしい。


「なが…ら……にげ…」


 その(なま)めかしい女は、衣服の一切を(まと)っていなかった。だが、下品という表現が一切通用しないほど、美しく、麗しく、艶めかしく、およそ全ての美的概念の権化のような肢体(したい)と容貌であった。

 そして、彼女の周囲には桜の花弁のような微小のエネルギー体が無数に舞い、その背からは大木の枝や根のような触手が十数本伸びていた。


「部長…!?なぜ……」


 その触手の一つに、異能部の好敵手が囚われていた。もう一人の方は、床でうずくまり恐怖に震えていた。


「花子ではないか!ふふふっ。以前、ここを狩場にしていた時は其方を恐れておったがのう、今となっては微塵も感じぬのう。喜悦(きえつ)すら湧いてくるわい。もっと余を楽しませておくれ!」

「貴方は……私が、お仕置きする」


 魔が()せる御堂(おどう)、伏魔堂。今宵の丑三つ時に、かの堂に(たたず)む一人の女あり。


 絵に描いたような生々しさと美しさ。絵画の中から飛び出てきたかのように額縁を踏みつけている、その女の名は―


『そういえば、その絵の女性が生徒たちの間で「櫻子さん」って呼ばれてたとか』


「櫻子…さん……?」

 伏魔堂の夜は、底知れず更けていくばかり。

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