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鎖町百景-百人の異能力者の群像劇-  作者: 読留
卯月・七不思議戦争
35/58

4/20-①「侵入、そして侵攻」

 午前一時四十七分。校門前。


「……念のためレインコートにしておいて良かったわね」


 私たちへの警告のように雷がけたたましく鳴り響き、尋常じゃない勢いで降り注ぐ雨は、まるで侵入者用のトラップを踏んだことで飛んでくる矢のようである。空模様を舐めてかかって傘をさして来なくて正解だった。


「ははっ、そうだね。…あ、長良井さん、ビデオカメラは持ってきた?」

「もちろんよ」


 内が濡れない程度に、レインコートの胸元を少しだけずらして首からかけたビデオカメラを宇治山君に見せる。写真部、映画研究部時代に使用していた私物である。


「いいね。まあ、万全とはいえないけど証拠の心配はとりあえず脇に置いておけるね」

「ええ。心置きなく最後の調査に臨みましょう」


 一応、私たちは毎日、花子、タマオと話題の軽重問わず言葉を交わしていた。その中で、七不思議戦争において重要な要素である「証拠」について、貴重な情報を得たのだ。花子クラスの四次元存在であれば、マイクやカメラなど何かしらの記録媒体を介すれば異能や霊感が無い者にも視認できる、というものだ。残る三つの七不思議が花子クラスかどうなのか、それは知る由もないが、カメラが無いよりはマシである。宇治山君のは発言もそれを踏まえてのものである。


「あ、一応、これ渡しておくわね」


 懐から取り出したソフトボールを宇治山君に渡した。


「おお、助かるよ。ホントに何でも持ってるね」


 これもソフトボール部時代に使用していた私物である。宇治山君が何に使うかと言えば――


「…?バイク?」


 遠くから十数個の光の玉が、魔物の唸り声と共に迫ってきていた。


「…暴走族というやつね」


 この豪雨と雷鳴の中でも、負けじとヘッドライトと排気音を寄せ集め、自チームの威厳を四方八方に振り撒こうと必死である。その行為と威厳の多寡(たか)は反比例するということに未だ気づけずに、何と殊勝(しゅしょう)なことであろうか。


「奴らがどこかに通報する訳は無いでしょうが、人に見られるのは出来るだけ避けたいわ。今のうちにお願い、宇治山君」

「了解―」


 私たちは、校門前から消えた。


 ※※※


「コブさんっ!すみませんっ、ここで降ろしてくださいっ!」


 俺は雷音、雨音、排気音に負けないよう声を張り上げた。

 今、一瞬、校門の前に誰かいたような気がした。二人いたか?背格好が異能部の二人に見えなくもなかった。


 ―嫌な予感がする。


「ん?おう。…おい、お前ら!先行っててくれ!…で、どうした?ユメ」


 肌を打ち付けていた雨風が止み、無数の排気音が遠ざかっていった。


「……いや、ちょっと知り合いがいたもんで。少し話がしたくて」


 流石に高校の敷地内にコブさんたちを入れたら、もっと話が複雑になりそうだ。


「はっはっは、なんだ?ガールフレンドか?」

「あはは。まあ、そんなところです」

「そうか。……でも、気をつけろよ。何かあったら、すぐ連絡しろ。今日のお前は何だか危なっかしい」


 コブさんはさっきまでの雷雨さえも吹き飛ばしそうな笑顔を、突然険しくし、俺なんかが何を取り(つくろ)ったところで全てを見透かしてしまうであろう眼光を俺に向けた。彼の色黒な肌も相まって余計に眼光の強さが際立つ。


「は、はいっ。失礼しますっ」


 その迫力に気圧されて、歯切れの悪い返事をして単車(たんしゃ)を降りる。


「おう!頑張れ」


 そう言い残して、コブさんは夜の鎖町を重厚に疾走していった。


「…さて、嫌な予感が当たらなければ良いが」


 五回ほど躊躇(ためら)った後、一番人気のない地点の(さく)を飛び越えて、俺は深夜の鎖倉高校に侵入した。


 ※※※


「…よし、空いたままだ」


 我々異能部は、生徒や職員の使用率が最も少なく、戸締りの警備員の目も(あざむ)きやすい校舎入口の前にいた。宇治山君の異能でここまでは難なく来ることができたが、校舎内や伏魔堂の調査は、事前に小細工を(ろう)しておく必要があった。校舎に関しては、成功のようだ。


 警備員が戸締りに来る頃合いに、私がこの入口の近くに待機しておき、警備員が鍵を閉めてある程度まで離れたのを見計らってから、ひっそりと出てきた私が鍵を開けるという、単純明快な小細工だ。誰でも思いつくような策なので、校舎の調査は正直捨ててもいいと思っていたが、調査できるなら話は別だ。伏魔堂だけでなく、階段もある程度調査することにしよう。


「行きましょうか。宇治山君、近くの階段までお願い」

「任せてよ」


 私たちは、レインコートを屋外で脱ぎ捨て、校舎に入る上での正装である制服を露わにし、屋内へと踏み込む。

 ちなみに、伏魔堂方面はもっと確実な小細工を弄したので、もう調査できることは確定している。下校時刻ギリギリまで職員室付近で待機していた宇治山君が、警備員が職員室の戸を閉める直前に異能を使用して伏魔堂の鍵を奪取してきたのである。警備員は何をされたかも分からぬまま鍵をかけるのである。完全なる密室盗難事件の完成である。彼のその手際は、アルセーヌ・ルパンやネズミ小僧を差し置いて史上最高の怪盗の名を冠するに相応しい。


「よし、着いたよ」

「本当にあっという間ね」


 廊下の人感センサーを宇治山君の異能で()(くぐ)り、私たちは先程の入り口に最も近い階段の(ふもと)に到着した。


「階段にはセンサー無かったんだよね?」

「ええ。あなたが職員室で怪盗行為をしている間、校舎中の階段を隈なく調べてみたけれど、それらしきものは無かったわ。階段にも窓は付いているけれど、そこから侵入したとして、階段だけに留まって何かするなんてまず想定しないでしょうから、コスト削減のためでしょうね。階段から廊下に出たらまずセンサーに捕まるし。階段だけに留まって何かする私たちには願ってもない話だけどね」

「はははっ、違いない。よし、じゃあ行こうか。時間もないし、駆け抜けるだけの1パターンで良いんだよね?」


 これまでの階段調査のように途方もない組み合わせを試行する気は毛頭ない。出なければ出ないで構わない。それなら、一刻も早く伏魔堂へ向かった方が効率的だ。


「ええ。行きましょうか」


 ビデオカメラを起動し、私たちは丑三つ時の校舎を駆け出した。


 ※※※


「あいつらがいるとしたら、多分…ここ…だよな」


 異能部部室。桃華会館。生徒たちの間では伏魔堂と呼ばれている、薄気味悪い建物。その伏魔堂の扉の前に俺は立っていた。俺もれっきとした異能部の一人だが、まだ一度もこの部室に入ったことはない。異能部に入っていない頃は、昼でも不気味なこの建物に近づこうともしなかった。今は、夜闇と雷雨も相まって一層不気味である。


 異能部とオカ研の存続を懸けた戦い―七不思議戦争の勝利条件である、相手より一つでも多くの七不思議を解き明かすこと。伏魔堂に関わる七不思議は、長良井たちが調査しているそれの中でも目玉中の目玉だという話を聞いた。詳しくは聞いていないし、伏魔堂の調査には一度も参加していないから本当に何も知らないが、とりあえず、あの二人が学校に侵入してまで調べることと言ったら多分これだ。間違いない。


「よし、行こう」


 俺は雷鳴を背に、雨で濡れた扉に手をかけた。


「ん?声?」


 二人ほどの声が中から聞こえた。誰のものかまでは分からなかったが、女子の声もあった気がするし、人数もぴったりだ。間違いない。


 まったく。やはり、ここにいたのか。退学になったらどうするん――


「きゃあああああああああああああああああああ」


「え?」


 不気味な建物の腹の底から、五撃分の雷よりも頭に響く叫び声が聞こえた。


「――っ」


 気づけば、扉を乱暴に開けて叫びの方向に向かってがむしゃらに駆け出していた。腹の奥底をかき混ぜるような悪臭が突然鼻を突いた気がした。


 長良井たちを勝たせてやることは出来なかった。今度は、今度こそは助けて見せろ、岸波夢路!

 お前の存在価値は、なん――


「かはっ」


 凶悪な打撃が、真正面から俺の腹部を捉えた。

 入口付近の壁ごとぶち抜いて外に放り出される。腹、背中、後頭部が同時に痛みに(おか)される。冷たい雨に打たれる。


「ぐあ……」

「た、助けて……」

「ぐあああ……」


 立ち上がれ。立ち上がれ。立ち上がれ。まだ俺もあの人も死んでいない。だから、まだ助けられる。

 立ち上がれ。立ち上がれ。立ち上がれ。立ち上が―


「根性おおおおおおおおっ……!」


 走れ。走れ。走れ。避けろ。避けろ。近づけ。出来る限り近づけ。そして、あの()()()()()()()()()()()を殴り飛ばせっ!

 矜持(きょうじ)を、他人を、守って見せろ!岸波夢―

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