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鎖町百景-百人の異能力者の群像劇-  作者: 読留
卯月・七不思議戦争
30/58

4/16-③「七方塞がり七不思議」

 地獄の階段シャトルランを乗り切った我々異能部もとい階段部は、校舎玄関から校門へ続く道を歩いていた。


「いやー、見事に何も出なかったですねー。それにしても、随分と登りましたよね。僕ら何段登ったんですかね?一日の間に登った階段数でギネスにのれたりしちゃいませんかね?いやー、僕は334段までは数えてたんですけどねー。……いや、なんでや!阪神(はんしん)関係ないやろ!」

「おい、伊藤。少し黙れ」

「い、イエス,マム!」


 亜音速でべらべらと舌を回し、奇妙な呪文を詠唱(えいしょう)する伊藤を黙らせる。こいつを野放しにしていたら、こいつの舌の風圧と詠唱した魔法で校舎が倒壊してしまう。錆びた(なた)で出来るだけ苦痛を与えて舌を切り落とすわけにもいかないので、口を閉じさせるほかない。


「ははは…でも、伊藤君の言うようにこのままだと八方塞がりだよ、長良井さん」

「そうね…」


 伊藤がそんなことを言っていた覚えはないが、宇治山君の言う通り、残る「階段」「絵画」「伏魔堂」という三つの怪異の調査をするうえで、もう打つ手が(ほとん)ど無くなってきた。


「しっかし…何でお前らはこんなに必死になってんだ?二年の序盤も序盤のこの時期に、いくらなんでも(こん)詰めすぎじゃねえか?」

「それ、僕も思ってました。どうしてなんです?閣下」


 異能部の貴重な部員ではあるが、こちらの私的な諍いに巻き込まないよう七不思議戦争のことを知らせていない岸波君と完全部外者の伊藤が、もっともな意見を述べる。


「それは―」


「よう、長良井」


 忘れていた。我々はある者たちの存在を忘れていた。七不思議戦争で終始対立している状況だったとはいえ、我々自身の、時には穏やかな、時には(はげ)しく死と隣り合わせの調査にあまりにも無我夢中で忘れてしまっていた。或いは、その者らの存在感が露ほどしか―いや、露ほども無かったために、忘れてしまっていた。


 私の名を呼び、眼前に立って不敵な笑みを浮かべていたその女は―


「……。……部長」

「おい、何だよ!今の()は!」

「すみません。名前が出てこなくて…小腸辺りまで出かかっていたのですが」

「そこはせめて喉元であれよ!巧みな皮肉を連発するな!」


 人呼んで「つまらない人間筆頭」、彼女こそ、かのオカルト研究部部長である。

 私以外の三人は、一歩引いて状況を(うかが)っている。


「今絶対失礼なこと考えてるだろ、お前」

「いえ、今だけではなく常に考えています」

「ぐぬうううううう」


 こちらの手の内を明かしたくないということと、単純に関わるのが億劫(おっくう)という理由から適当にあしらって帰路に()こうと、私は思った。だが、彼女の顔つきが何故か―


「…最近、人生観変わるような経験でもありましたか?」

「あん?何故そんなことを聞く?」


 怪訝(けげん)そうに、彼女は返す。


「いえ、単なる(たわむ)れです。気にしないでください」

「…お、おう」


 私の思い違いだろうか。


「それにしても、何故こんな時間に?お寝坊でもしましたか?」


 現在、時刻は14時55分。あと五分かそこらで校舎は閉まる。七不思議戦争での自分たちの圧倒的不利から目を逸らして、現実逃避ついでに海外へ弾丸旅行でもして時差ボケを(わずら)ったことも考えられる。


「いや、忘れ物だよ。色々と忘れてきたんだ。あの校舎に」


「…っ」


 何だ、今のは。彼女の表情から、常時浮かべていたはずの懊悩(おうのう)や煩悩などの不純物が、一瞬、全て取り除かれたように見えた。


「じゃ、お互い頑張ろうぜ、七不思議戦争。またな、異能部御一行」


 私の後方の三人へ、順に値踏みするような視線を部長は投げる。


「……」


 その後部長は、我々に背を向けて校舎の方へと歩いて行った。あの女、背中も少し大きくなった気がする。

 面白い。相手にとって不足なし。ますます燃えてきた。だが、とりあえず、戸惑い気味の岸波君と伊藤に諸々の説明を―


「ごきげんよう、長良井さん」

「ひっ」


 突如、耳元で生暖かい吐息と共に囁かれた、湿り気のある別れの挨拶に思わずこれまでの人生で最も情けない声を出してしまう。


「おい、藤原。早くしろよ。閉まっちまうぞ」


 こちらを振り返る部長は、私の隣に立つその女を急かす。セミロングの黒髪を白いカチューシャで押さえた、サディスティックにもマゾヒスティックにも見える(とろ)けた眼をした陰気な女である。彼女が、部長を除いたオカ研最後の一人で、おそらく部長の唯一の理解者である。オカ研に所属していた時、部長にはつまらないという印象を抱くことがまだ出来たが、彼女にはこれといった印象を全く抱けなかった。空気同然のように影が薄いからである。たった今も一体どこから湧いて出たのか、全く把握できなかった。


「…岸波君と伊藤には、伝えておかなければいけないわ」


 校舎へ向かう二人の背を見やりながら、私は言った。オカ研がいるのと同じ方向に、身を潜めてこちらの様子を恨めしそうに窺う例の一年女子を発見したが、立て続けに面倒な類の人間の相手をするのも億劫なので無視することにした。代わりに、ため息を一つ吐いた。


 ※※※


「―ということなの」


 私は、七不思議戦争という世にも不毛な争いの概要を、後方の女生徒に聞こえないほどの音量で話し終えた。割と距離が離れていたので、そこまで音量を絞ったわけではないが。


「ふっ、なるほど。だから、やけに事を急いていた訳ですか」

「水曜までってことは、実質、調査に使えるのは月火水の三日間しかもうないって訳か」


 伊藤は「異能」「七不思議戦争」「四次元存在」といったワードを聞いてから、自身の興奮をひた隠すように終始すかしている。余程、彼の何かしらのツボにハマったのだろう。伊藤はどうでもいいとして、問題は岸波君である。先程のオカ研との邂逅(かいこう)で恐らく異能部員だと把握されてしまい、完全に不毛で危険な渦の中へと巻き込まれた彼は動揺するでもなく焦るでもなく、ダムのようにどっしりと構えている。


「凄いね、岸波君。異常に落ち着いてない?俺と長良井さんが負けたら、君もオカ研行きなんだよ…?」


 宇治山君が感心半分呆れ半分で、岸波君を(さと)す。しかし、


「負けるのか?」


 彼は、(いか)めしい顔面はそのままに、吹けば飛ぶほどの重量感であっさりとそんなシンプルな問いを投げかけた。


「え……」


 予測不能の気圧配置に流石の宇治山君も戸惑いを見せる。だが、


「―いいや。敗北なんて微塵も考えてない」


 一瞬でその気圧に順応し呑み込んでしまうほどの気迫で、岸波君に応える。


「はははっ、だよな!異能とか四次元とか、今は何のこっちゃ良く分からんが、とりあえず明日からの三日間は俺も出来るだけ協力するからよ。絶対勝とうぜ!」


 宇治山君の期待以上の覚悟を見て、岸波君は顔のパーツを全て弾け飛ばしそうなほど豪快に笑った。


「話は聞かせてもらいました」


 マズい。また、伊藤の舌が回り出す気配がする。


「お前、最初から今までずっと目の前で聞いていたでしょ?」

「そんな装備で大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。問題ないわ」

「この僕も力を貸しましょう」

生憎(あいにく)、間に合ってるわ」

「え?ヲタ研はどうするのかって?」

「聞いてないわ」

「水臭いな、もう。確かに学校に行く唯一の楽しみの時間が削がれるのは心苦しいですが……でも、異能部が幸せならOKです」

「二度と口を開くな」


 宇治山君と岸波君が、苦笑に似た微笑みを浮かべて以上のやり取りを見守っていた。


 岸波君は異能や霊感が有るわけではないが、精神的支柱としてとても心強い存在かもしれない。明日からの三日間、この三人で全身全霊を懸けて七不思議戦争の勝利を掴もう。……伊藤?誰だ、それ。

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