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4/12-①「部活動しようぜ」

「部を作ろうと思ってるの」


 早朝。小鳥の(さえず)りがはっきり聞こえる、まだ人気のない住宅街を二人の高校生が歩いていた。一方は女で、一方は男である。女の方が男に対してそう投げかけていた。髪も容姿も姿勢も美しく清楚で可憐な佇まいであるが、いつも何の面白味もない表情をしていることで有名な女である。今日はどこか違うようだが。


 女の名は長良井世恋。


「ん?それはまた何で?」


 男が答えた。こちらも端麗(たんれい)な容姿を持ちながらも、大事な何かが欠落したような空虚(くうきょ)さを漂わせる男である。その一方で期待に満ちた眼光を宿してもいるようだが。


 男の名は宇治山辰巳。


「これから私たちはおそらく、この町を年中調査することになるわ。私は退屈を根絶するために。あなたは自分が何者なのか知るために。その理解であってるかしら」

「ああ、問題ないよ」


 長良井と宇治山は互いの目的を確認し合う。


「でも、私たちの学校―鎖倉(さくら)高校には生徒の部活への加入義務があるの。2学年の3月までね。これでは放課後や週末、長期休暇の貴重な時間が無為に過ぎてしまうわ」

「そんな制度があるのか。確かにそれは手痛いね」


「もちろん、互いに適当な部活に入ってサボり続けるというのも手よ。だけど―」

「顧問や先輩たちとの無駄な衝突は避けたいね」


「そう。だから逆に部活動を名目に自由に動くために、自分たちで作ってしまった方が早いと思うの」

「名案だと思うよ。もし部費が下りるならこの広い町も調査しやすくなるだろうしね」


「ええ。それに、上手くいけば鎖倉高の中にいる私たちのような生徒を集められるかもしれないわ」

「もしそうなったら一気に12年前に近づける…うん、作ろうか、部活」


「話が早くて助かるわ。それで部の名前なんだけど―」


 ここまで息の合った会話を披露してはいるが、彼らは昨日の今日の仲である。


 それはそうと、一番大切なことを記し忘れていた。奇妙なことに彼らは―

 

異能(いのう)部、なんてどうかしら」


 異能力者である。


 ※※※


「――というわけで、部の設立申請をしに来ました」


 今は放課後。場所は職員室。私と宇治山君は異能部を設立するために教頭に直談判している最中である。


「ふむ、異能部ねえ…。超常現象や都市伝説を調査・観察・研究し、世界の根幹に迫る……か。うーん」


 小太り、薄くなりつつある頭髪、小洒落(こじゃれ)たスーツ。いかにも管理職、いかにも教頭という出立ちのその男の反応はあまり芳しいものではない。


「これは、異能部じゃないといけないのかな?超常現象部とか、超能力部とか―」

「教頭、超能力部はダサいです。ダサすぎます。有り得ません。センスを疑います。ちなみに異能力部とかも有り得ません。異能部しか認めません」


 しまった。口が滑った。言いすぎた。


「え、うん…ごめん」


 いい歳した目上のおっさんを萎縮(いしゅく)させてしまった。これは反省だ。


「すみません。出過ぎた真似を」

「あ、うん…まあ、いいんだけど…これオカルト研究部と活動内容あまり変わらないんじゃないかな」


 気を取り直した教頭が予想通りの質問をしてきた。

 そうなのだ。この高校にはよりにもよってオカ研なるものがあるのだ。かく言う私も一応所属しているが、他のよりマシだったというだけでやはり名前の通り退屈な部である。だが、そんなオカ研と酷似した活動内容であることは事実。


 さて、どうやってオカ研との差別化を図るか。もちろん用意してきた。


「私たちは、実際に異能が使えます」


 しばし教頭との間に沈黙が流れる。


「…は?」


 間の抜けた顔で、問い返してくる。


「実演した方が早いですね。見ててください。ここに空き缶があります。これに指一本で風穴を開けます」


 左手に空き缶を持ち、右手の人差し指をそちらに向ける。


「―凝縮、10%」


 指先にエネルギーを集めつつ、以前引ったくり野郎に炸裂(さくれつ)させた一点集中のレーザー型ではなく、指全体に纏わせる鎧型(よろいがた)のイメージで能力を使う。徐々に発光しだしたので、そこに違和感を持たれないようすぐさま缶を貫く。あまりにも容易い。


「……」


 教頭は目を丸くして何も喋らない。


「次は僕ですね」


 宇治山君が前に出る。


「ここに何の変哲もない布があります。僕の左手にこれを被せると―」


 彼は、いかにも手品師というような口調で、いかにも手品師が使っていそうな真っ赤な布をひらひらと揺らし、自身の左手に被せ、直後一気に取り去る。


「教頭先生のスマホと財布が出てきます」


 いや、そこまで大事なもの取らんでも。ハンカチとかで良かったのに。もしやいつでもお前を絶望の(ふち)に叩き落とせる、という示威か。

 教頭は身体中のポケットをまさぐりお手本のようなリアクションをして見せている。


「すみません。少々やりすぎたかもしれません。これはお返しします」


 宇治山君は丁寧な対応で教頭にライフラインを手渡し、元の立ち位置に戻る。教頭は相変わらず目を丸くしたまま、口を開く。


「―という手品だね?凄いな、ははは……じゃあ、奇術部ということで―」

「異能部です」

「うん、はい、ごめん」

「すみません。出過ぎた真似を」

「うん、まあ情熱は感じるよ…でもまあ、成績優秀な君の頼みだし、多少の無茶は聞くよ。オカ研との差別化はしっかり図れてるしね。そういったてじ…異能も研鑽(けんさん)していくということだね」


 部の設立の可否と学業成績を関連付けるのは浅はかに思えるが、まあ良い。今は部が作れるなら何でも構わない。


「はい、その通りです」


 とりあえず上手くいった。第一段階はクリアといったところか。そう、まだ次の段階があるのだ。それは―


「で、部として設立するなら6人。同好会だとしても3人。そして、いずれも顧問をしてくれる教員が必要なんだけど……揃ってるかな?」


 部員と顧問。これが中々難題かもしれない。


「いえ、まだです」

「そうか。じゃあ、まずは頭数を揃えようか。話はそれからだよ」

「承知しました。今日のところは失礼します」


 とりあえず人さえ揃えば設立可能という言質(げんち)は取れた。それだけでかなりの収穫だ。

 私と宇治山君はそそくさと職員室を後にしようとしたが、突然ある女性教師が声をかけてきた。


「…あの、お困りでしたら私がやりましょうか?…顧問」


 私たちが教頭と交渉している時はベテランの教員から何か指導されているようだったが、どうやら聞き耳を立てていたようだ。


「おお、丁度良いですね。是非頼みますよ、松浦先生」


 私たちに選択権があるはずなのに教頭が真っ先に賛成した。

 もちろんこの教師の名前など覚えていないが、意外にも顔は覚えている。先日赴任(ふにん)してきた新人教師で、以前どこかで見たような顔だったので印象に残っていた。だが、未だにどこで見たのかは思い出せていない。


「あ、1-6の担任の松浦夕凪(まつうらゆうな)です。先日赴任してきました」

「2-3の長良井世恋です。こっちは―」

「同じクラスの宇治山辰巳です」

「……突拍子のない質問なんですが、以前どこかでお会いしたことありますか」

「あ、俺も気になってました」


 違和感を突き止めたいなら聞く方が早いだろう。と思ったが、何故か宇治山君も彼女に同じ感想を抱いたらしい。


「―え?ああ、やっぱりそう見える?その類のこと良く言われるんですよ…」


 少し苦笑混じりに松浦はそう言った。


「『日本人女性全員を足してその分で割ったみたいな女』とかも言われたことあるんだよ、ははは…」


 彼女は分かりやすく落ち込み、自嘲(じちょう)気味に笑った。


「いえ、そんなつもりは…」

「確かに言われてみれば、そう見えるね」


 私がやんわりと否定しようとしたのにも関わらず、教頭が余計な発言をする。

 だが、確かに彼女はどこを取っても「平均」、もしくは「普通」と形容せざるを得ない女性だ。ぼんやりと彼女を見れば、それなりに美人と呼べる容姿である。というか、実際に美人には違いない。しかし、細部を見れば見るほど、どこかで見たような顔なのだ。長いとも短いとも言えない黒髪。一重なのか二重なのか微妙に判別しづらい奥二重の(まぶた)。高いとも低いとも言えない鼻。血色はいいがあまり目立たない唇。平均的な身長。平均的な体型。女性らしくも落ち着いた声音。上下無地のシンプルな服装。


 ここまで「普通」という謳い文句が腑に落ちるのは初めての感覚だ。とても興味深い。しかし、この既視感はそれだけでは無いような気もするのだが。


 まあ、良い。今は本題に入ろう。


「それで、顧問をしてくれるとの事ですが」

「あ、はい。私で良ければ喜んで」


 まあ、この状況になった以上、こちら側が断るのも変な話である。一応こちらに選択権はあるが、最早、選択の余地はほぼない。だが、多少の条件、というか把握しておきたい点はある。そのため、たった今から面接を始める。


「失礼でなければ、いくつか質問したいことが」

「え…?構いませんが…」


 松浦は少々困惑気味に了解する。


「ありがとうございます。…ここに長居するのも他の先生に悪いので、続きは外で話しましょうか」


 内容が内容なので、松浦の受け答えによっては他人に聞かれるのはまずいだろう。失礼しました、と教頭に軽く会釈して職員室を後にする。教頭は、なぜさっさと了承しない?なぜ外で話す必要が?とでも言いたげにいささか怪訝(けげん)な顔をしながら私たちを見送った。


 ※※※


 松浦は一学年室―一学年担任の職員室に戻るとのことだったので、歩きながら話すことにした。


「まず、先生はおいくつですか」

「え、急だね。今年で23だけど…」


 12年前は11歳前後か。


「ずっとこの町に住んでるんですか」

「そうだね。でも、大学生の間は少し離れてたよ。一応県内の大学ではあるからそこまで遠くはないけど」


 つまり、12年前は旅行でもしていない限りこの町にいたということか。


「そうですか。…では、12年前の10月にこの町で起きたことを覚えていますか」

 

「―というと、あの()()のこと…?」


「はい」


 事が事だけに、この町でこの話題はデリケートなものになっているが、この際しょうがない。

 ほんの少し私たちの間に緊張が走った。


「それならもちろん覚えてますよ。かなり衝撃的な出来事だったので」

「では、その瞬間、先生の身に何か起こりませんでしたか」

「何か?…うーん、特に何も。安全な所にいたから怪我とかもしてないし」


 反応を見る限り、本当に何もなかったらしい。宇治山君と一瞬視線を交わす。どうやら宇治山君も同じ判断を下したらしい。


「そうですか。それなら、最後の質問です」

「…はい」

「何故私たちの顧問をしようと思ったんですか」


 そう問うと彼女は拍子抜けしたような表情で、


「あなたたちが困ってるような感じだったし、私まだどの部の顧問でもないし…。あ、あとなんか楽しそうだったから…そのてじ、じゃなくて異能?……え、それだけですけど…」


 うん、こいつは白だ。相当な非能力者だ。そこだけ把握しておきたかった。あそこまで好都合なタイミングで来られたので、少し判断に困っていた。能力の有無に関わらず顧問は頼むつもりだったが、これからの接し方を考える上で、その点は重要だ。


「質問は以上です。すみません、いろいろ聞いてしまって。異能部の顧問、お願いできますか」

「あ、はい。喜んで。なんか面接されてるみたいで楽しかったです。意図は全然分からなかったけど」


 微笑みながら彼女は私たちの顧問になった。


「からかっただけです。多少先生について知れてよかったです」

「あはは、そうだったの?えっと、長良井さんと宇治山くんだったよね?二人はなんか他の子とは雰囲気が違ってて、面白いですね」

「「いえ、そんなことは」」


 思わず二人揃って同じことを言ってしまった。


「あはは、息ぴったり」


 現在、歩いてる廊下の窓から校庭が見える。今日はサッカー部が活動しているようだ。校庭に立てられた時計を見ると、時刻はもう18時になろうとしている。気づけば、橙色(だいだいいろ)の濃くも柔らかい光が、寂しげに校舎内を包んでいる。辺りには私たち三人しかいない。


「これからよろしくね、二人とも」


 そう言葉を発した松浦夕凪の顔は、夕陽のせいか、やけに大人びていて寂しげだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 異能部、これは斬新なクラブ名。 しかし教頭の反応は打倒ですが、 力業でねじ伏せるくだりが面白かったです。 とりあえず顧問は決まった、後は部員ですね!
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