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鎖町百景-百人の異能力者の群像劇-  作者: 読留
卯月・七不思議戦争
29/58

4/16-②「トレーニングメニュー:階段ダッシュ」

 ―さて、伏魔堂の調査の進展だが、本日も遅々(ちち)としておよそ成果を得られなかった。


 昨日宇治山君と話し合った、例の事件が起きた代の鎖倉高校のOB・OGへの取材を実行するための大前提である、OB・OGの情報を収集するために、当時の生徒を知っているであろう教頭や斉藤嘉粋に話を聞いて回った訳である。だが、私が危惧した通り、「四十年前と言えど、生徒の個人情報は教えられない」と教頭は使い物にならなかったし、斉藤嘉粋は、


『かなりショッキングな事件だから昨日言おうか迷ったんだが、もう既に知っていたんだね。桃華会館の事件。…で、当時の生徒ねえ……。あ、昨日話した僕の回想の中で、僕の深夜のピアノ演奏が怪談として噂されていることを知るきっかけになった女生徒がいたでしょう?その子は僕の一件以外にも色々な怪談を知っていた気がするよ。ちょうど今の君たちみたいな感じかな?事件の犠牲にはなっていないから、話を聞くならその子がいいかもしれないね。名前は確か……美しい波と書いて「波美(なみ)」だったかな?…ん?居場所?ごめんよ、流石にそこまでは分からないな。役に立てず申し訳ない』


 教頭よりは役に立ったと言えるが、あまり役に立ったとは言えない。

 やはり、このアプローチも難しいようだ。伏魔堂は、一筋縄ではいかない。それを改めて実感した。


 ※※※


「はあ……はあ……」


 最後の一段を登り終えて、私は肩で息をする。


「はあ…大丈夫か?長良井。少し休んだ方がいいんじゃねえか?」

「はあ……ふう…大丈夫よ、岸波君。次行きましょうか」

「…お、おう」


 私と岸波君は、息も絶え絶えに今登って来た階段を降りていった。


 ―何故、私が岸波君と行動を共にしているのか。話は五時間前に(さかのぼ)る。


 ※※※


 タマオと花子の二人と、体育館で別れた後、我々異能部は教頭や斉藤に取材して回るが、ろくに収穫を得られないまま徒労に終わった。その後、惰性で本日も伏魔堂の捜索でき得る場所は虱潰(しらみつぶ)しに調べ上げたものの、これといった成果は当然なく、強いて言えば、悪臭に対する耐性が多少鍛えられたくらいであった。

 そして、満身創痍(まんしんそうい)で校舎内に帰還した我々は、立て続けに二人の男子生徒と出会った。


「お、辰巳!長良井!調子はどう……悪そうだな、ははっ」


 三人目の異能部・岸波夢路と、


「むむっ!これはこれは、辰巳さんと長良井閣下(かっか)ではありませんか!その節は、何とお礼を―」


 テケテケの元恋人で、強い霊感を持つ……何だっけ。


「いや、南無太ですよ!伊藤南無太!」


 ()にも(かく)にも、この二人と出会った訳だ。二人は言った。


「今日はボラ部が意外と早く終わったからよ。お前ら手伝おうと思って部室向かってたんだよ」


「先程までヲタ研の活動をしていて、今から帰るところだったのですが、こうして再会したのも何かの縁です。何かお手伝いさせてください!」


 ※※※


 岸波君は我々が異能部に誘った反面、無能力者と言えど彼の協力を拒むことは出来なかった訳だが、松浦夕凪のような職権は彼に無い。また、彼はある程度話が通じるタイプのうえ、フィジカル面も人並み以上には備わっているので、万が一のことがあってもそこまで足手まといにはならないだろう。

 もう一方の伊藤は、独りよがりな理由を押し付けてくる鬱陶しい奴ではあるが、霊感持ちで我々の活動の危険性にも一定の理解はある。テケテケの一件から察するに、あいつはいきり立って志願して前線に立っても有事の際は私らの後ろに逃げ込んで守られるだけの足手まといにしかなり得ないが、ああいうタイプは拒絶するのにもそれなりの労力が必要なので、嫌々黙認した。

 

 以上の理由から、本日午後の異能部は四人体制での調査になった。安全面と効率と人間関係を同時に考慮し、長良井・岸波ペア、宇治山・伊藤ペアの二組に分かれての調査をしている。そして、調査対象は「終わらない階段」である。真偽は定かではないものの、動かないことには始まらないので例の階段を引き当てるために学校中の階段を虱潰しに登っている。しかし、何かしらの条件があるかもしれないため、ただ登るだけではなく、登ってすぐに降りたり、全速力で駆け抜けたり、一段飛ばしで登ったり、手すりを滑り降りたり、と気が遠くなるほど多くのパターンを想定し、それを学校中の階段で実行しなければならないのだ。


「はあ…今ので何通り目だ?」


 膝に手を着き俯きながら岸波君が問うた。たった今我々は「四段飛ばしで階段を全速力で五往復駆け抜ける」という、冷静に考えれば愚か極まりないパターンを実行したところである。


「はあ…せんにひゃく…はあ…にじゅうろく」


 自分で言っていて馬鹿らしく思えてくる。休日に学校に来てまで我々は一体何をしているのだ。これでは、()()部と揶揄(やゆ)されても仕方がない。いや、調査しているのは()()だから、言い得て妙なのかもしれないな。

 マズい。箸にも棒にもかからぬ低俗ユーモアで私の思考が汚染されてしまう。


「はあ…ふう…潮時ね。下校時刻も近いことだし、今日はこれくらいにしておきましょうか」

「……おう」


 岸波君は、汗の(したた)強面(こわもて)柔和(にゅうわ)に微笑ませた。


「あ、長良井閣下~!ここにいましたか!」


 丁度、宇治山君と伊藤も切り上げてきたようだ。

 鎖倉高校階段部の四人は、皆一様に運動部かと見紛(みまご)うほどに汗で濡れていた。伊藤の制服は、私を含めた他の三人よりも乾いている気がしたが、今日のところは目を瞑ってやることにした。

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