4/16-①「ごあいさつしましょうね」
―4月16日の日曜日。空は分厚い雲で覆われ、大半の陽光が遮断されているような天気であった。
「おはよ、タマオ君」
「クソッ、お前らか。何の用だ」
早朝の鎖倉高校体育館。今日のシフトもバスケ部が一番最初だったので、昨日のように和田(名字だけ覚えることが出来た)に頼んで、コートの片面を貸してもらった。
宇治山君が、和田からバスケットボールを借りてタマオを呼び出す儀式をした後、例の券を使用してタマオに「顕現を拒否する」という選択をさせず強制的に顕現させ、今に至る。和田は、それを横目に自主練に打ち込んでいる。
「あれから四次元で何か情報が手に入ったかなと思って」
「はっ、手に入ってたとしても僕がお前らに教える訳が無いだろ。第一、考えてもみ―」
「はい」
宇治山君が例の券を掲げる。
「特に目ぼしい情報は得られてないよ」
タマオは人が変わったように親切に、こちらの要求に応える。
「はははっ、無いなら意地張らなくてもいいのに」
「―っ、クソがあああああああ」
タマオは思い切り地団太を踏む。その尋常じゃない脚力により体育館が微かに揺れる。
「私たちはお前と違って進展があったけどね」
「んだと?別に僕は進展とか関係ないからな。お前らに協力した覚えもない」
「はっ。逃げるのね、天下の上位存在様は。三次元存在如きに恐れを為して…情けないわ」
「むっきいいいいいい。おい、ウジヤマ。この女一発殴らせろ」
私の煽りにタマオは癇癪を起しながらも、宇治山君との契約のせいで好き勝手に攻撃できないので、その飼い主の宇治山君に私への暴力の許可を乞う。
「ははは…」
宇治山君は苦笑する。
「まあ、茶番はこのくらいにして。昨日、私たちの眼前にトイレの花子が顕現したわ」
「げっ、大ベテランのオバハンじゃん。いくら卑劣なお前らでもそのクラスの四次元存在に小手先のトリックで勝てる訳が―」
まるで自分が負けたのは私たちが卑怯な策略を張り巡らせたからだとでも言うように、そのマセガキは実力不足を認めようとしない。
「今の、オバハンって…花子のことかな~?」
傲慢なマセガキを半目でじとぉっと見つめながら、おかっぱ頭の魔法少女が私の背後から出てくる。
「ひっ」
タマオはあまりに予想外の出来事に、調子の外れた声を上げ後ずさる。
「はじめまして、タマオくん。セレンおねえちゃんのでしの花子だよっ!」
「こ、ここっ、体育館だぞ!なんでアンタが?」
「…?たいいくかんにもトイレはあるでしょ!」
そう。先程、タマオを呼び出す前にこの体育館の玄関付近にある女子トイレで、花子を呼び出しておいたのだ。
「……ぼ、僕をどうするつもりなんだ」
タマオは息を呑む。相当な怯えようである。察するに、花子は四次元番付でもかなり上位に位置している実力者なのだろう。
「何もする気は無いよ、タマオ君。ただタマオ君も花子ちゃんも、三次元の俺たちだけじゃなくて四次元の友達もいた方がいいかなと思ってね」
宇治山君が慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら述べる。
「…は?ともだちぃ?…いや、そもそも何でお前らが勝手に友達カウントされてるんだよ」
宇治山君の言う、三次元の友達が私たちの事だと気づき、タマオは異議を申し立てる。まあ、これは本当に宇治山君が勝手に言っていることで、私もこのマセガキを友人などと思っていない。
「え……違うの?」
宇治山君はタマオの発言に相当ショックを受けている様子だ。今にも泣きだしそうである。
「あー!タマオくんがタツミおにいちゃんのこと泣かしたー!いけないんだー!」
「目の前の好機を逃すのは愚か者のすることよ」
「いーけないんだ!いけないんだー!せーんせいにいってやろー!」
「うあああああ!うるさあああああい!分かった、分かったよ!クソッ、調子が狂う…」
私と花子の華麗なる煽りコンビネーションにより、タマオは四面楚歌である。
「よしっ!じゃあ、二人ともこれから仲良くね」
宇治山君は、瞬時にけろりとした笑顔になり二体の怪異の仲を取り持つ。まるで弟と妹の喧嘩を仲裁する兄である。
「これからよろしくねっ!タマオくん」
両手を後ろで組み、上半身を少し右に傾けて、純真無垢な笑顔を浮かべながら花子は言う。素直にタマオを受け入れたようだ。
「ふんっ」
タマオは終始ふんぞり返っているが、病的な白い肌が心なしかほんのりと赤くなって見えた。
「ところで、あなたたちに聞きたいことがあるのだけど」
どこか気まずそうにしている二人の間に割って入るようにして、私が口を開く。
「あん?」「なに?おねえちゃん」
タマオと花子がこちらを向く。
「さっき、タマオが花子を見た時に大ベテランだとか、私たちでは足下に及ばない程強大だとかそんなニュアンスの言葉を吐いていたでしょう?あなたたち四次元存在にも年功序列的なものがあるの?」
タマオの言い草だと、四次元存在にも先輩後輩の概念があるように思えるが、どうなのだろうか。
「はいはーいっ!花子がせつめいするっ!」
「お願い」
「えーとね、まず、さんじげんでいきてるにんげんさんって、まいにちいろんなきもちになるでしょ?よろこんだり、おこったり、かなしんだり、たのしくなったり!それがたくさんかさなると、かみさまとか、花子たちみたいなおばけとかが、よじげんにうまれるの!だから、いまこのしゅんかんもあたらしいこがよじげんでうまれてるの!だから、にんげんさんみたいに、としうえ・とししたのかんかくはもってるよ!ねんれいがみためとおなじになるとはかぎらないけどね!」
花子は身振り手振りを交えて精一杯解説する。そして、バトンタッチとばかりにタマオの肩を叩く。
「それで、四次元存在の強さってのは、正負に関わらずどれだけの人間の感情を溜め込めたかに関わってくるんだ。たとえば、お前らの次元の西暦で言う1950年代頃からガキどもの『恐怖』という感情を集めてきた花子は、現在に至るまでもコンスタントにその感情を集めている。だから、最近生まれた僕なんかより鬼強いし、超絶身体能力に加えて何かしらの特殊能力も使える。んで、四次元存在は組成感情が人間から供給され続ける限り如何なるダメージを負っても消滅しないうえに徐々に回復するが、逆に供給が絶たれたのちに致命傷を食らったら消滅する。最近お前が追い返したっていうテケテケは、依然として人間から『恐怖』を抱かれているから、まあ、いずれは完全回復するってことだ」
タマオは腕を組んで、仏頂面をしながら解説した。
やはり、テケテケには常に注意を払っておいた方が良さそうだ。
「タマオ君…普通に教えてくれた…」
宇治山君が拍子抜けしたように目を丸くしている。
「……あ。ちくしょおおおおおおおお。花子にノせられちまったああああ」
タマオはご丁寧に解説したことを後悔する。しかし、いずれにしろ例の券があるので彼に選択の余地は無いのだが、未だにそれを受け入れず虚しい抵抗を続けている。強情で哀れな男児である。
「確認なのだけど、人間を食しても強くなれるのよね?」
「ああ。お前らのせいで、僕はもうその手段で強くなれないけどね!」
開き直ったらしいマセガキは、自身に食人の禁止を課した私たちに向かって嫌味を垂れる。
「タマオくん、つよくなりたいの?よじげんでいっしょにしゅぎょうする?」
花子が卑屈なマセガキにおよそ画期的なのであろう提案をする。
「はあ?修行だって?人間じゃあるまいし、そんなんで強くなれる訳―」
「なれるよっ!花子、あっちでつよいおばけとかかみさまとかといっぱいたたかったから、いっぱいつよくなったもん。そのせいで、よじげんのおともだちはあんまりいないけどね……えへへ」
食い気味で修行の効用をプレゼンする花子は、恥ずかしそうに軽く頭を掻く。そこまでストイックな幼女だとは思っていなかった。恐れ入った。
「……付き合ってやってもいい」
「ほんとっ!?じゃあ、いっしょにがんばろっ!タマオくんはせんすあるからきっとすぐ花子のまほうみたいなやつつかえるようになるよ!」
「ふんっ、分かっているじゃないか」
宇治山君の提案でこの二体の四次元存在を引き合わせることになったわけだが、それはもしや傲慢なことなのではないのかと先程まで思っていた。しかし、タマオも花子も互いの存在に好意的で、既に友人と呼んでも差し支えないほどの関係性に発展している。
タマオも花子も、四次元存在である前にそれぞれ一人の子どもなのかもしれない。外見の年相応に、そして本能的に、誰かと遊びたくて、誰かと触れ合いたくて、誰かと一緒にいたい。そういう存在なのかもしれない。或いは宇治山君と出会う前の――いや、辞めよう。
「うんうん」
宇治山君は終始微笑み、頷きながら二人の交流を見守っている。
「流石ね、宇治山君は」
思わずそんなことを呟いていた。
「おい、女。何が面白い」
タマオが突然、私に毒づいた。
知らず知らずのうちに私は微笑んでいたようだ。
「何でもないわよ。た、ま、お、く、ん」
「おい、やめろっ!名前だけでもムカッと来るのに、その言い方だと五倍増しでムカつく」
「おーい、そろそろ出た方が良いぞ」
和田が反対のコートから声を張る。
今日も早朝の鎖倉高校体育館は賑やかである。