4/15-⑩「小休止:下校路」
「ところで、どうやって花子ちゃんの放送を証明するつもりなんだい?」
下校時刻を過ぎ、家路に就いた我々異能部。下校時刻とはいえ、まだ昼下がりの空には一応陽は出ているが、薄くも大量の雲が空を覆い、寂しげに薄暗い。
「それ、少し考えたのだけれど、テケテケやタマオよりは証明は簡単かもしれないわ」
「え?でも、証人はいないし証拠写真みたいなものも撮れないし……あ」
宇治山君も気づいたようだ。
「そう。花子に手伝ってもらえれば、証拠音声を生放送できるのよ。マイク越しなら花子の声が常人の可聴領域に届くことは既に証明されているし、放送部員は一度花子の声を聞いている訳だから、確実な証言も手に入るわ」
「流石だね。でも、七不思議戦争への証拠提出の問題は良いとして、放送部をどう安心させるかが悩みどころだよね……」
「…戦いに気を取られて完全に失念していたわ」
宇治山君は種々の細々とした事象や他者にも気を配ることができる。到底、今の私には真似できない。
「…部長の三原も交えて、後々話し合ってみましょうか。あの人なら話も通じるし、誰彼構わず花子の事を口外する心配は無いと思うし、部員の事を考えて対応してくれるはずよ」
既に事は起きてしまっているので、少なからず放送部の誰かしらに事の顛末は逐一話す必要がある。三原ならその役に適任だと考えた。
「そうだね。今日初対面だった俺にもそれは伝わって来たよ」
とりあえず、放送部の件の落としどころはこの辺りで良いだろう。
「…話は変わるのだけど、伏魔堂の件、来週の水曜までに片が付くと思う?」
「うーん…無理、とは言いたくないけど、今の状況じゃ難しいのも事実だよね。花子ちゃんは一応、伏魔堂の一件は知ってたけど、原因は知らないようだしね……。消えた肖像画と終わらない階段についてもどうアプローチしたものか…」
花子の鮮烈なる登場により七不思議戦争の急場は凌げたが、本戦の目玉と言っても良い伏魔堂という壮大で陰鬱な何かを秘めている建造物の謎に関する進展は未だに無い。
『あ、花子これもしってるよ。このとき、がっこうであそんでくれそうなおにいちゃんおねえちゃんたちがへってったから、花子いやではんにんやっつけようとしたんだけど、いどうせいげんがあったからそのたてものまでいけないし、あっちのせかいでもみつけられなくてくやしかったんだ…。でも、いまはあのたてものまでいけるし、やっつけられるとおもう!…花子、つよくなったから……』
花子があの風貌で、人間基準の実年齢的に言えば40歳を軽く越えているという事実は脇に置いておく。
宇治山君が言うように、花子は伏魔堂の事件については知っているようだったが肝心の原因は、彼女に課された空間的な制限により突き止められず、四次元でも原因となる何かしらは見つけられなかったらしい。このことを話していた花子の眼は、遠く悲しみと懐古に満ちているようだった。
「当時の状況を知る人から、より多くの話を聞くしか無さそうね。それこそ、当時鎖倉高校に通っていたOB・OGとかね」
「だね。ちょっと学校の範囲から逸脱してしまうかもしれないけど、七不思議の調査には変わりないしね。明日、教頭先生とか斉藤先生とか、その辺りに卒業生のこと聞いてみよっか」
「そうね。けれど、生徒の個人情報なんて教えてくれるか分からな―」
「ちょっとすみません」
我々の真横を自転車が颯爽と疾走し、追い抜いた直後にこちらに側面を向けながらほぼ水平に、迫力満点のスライドブレーキをその運転者はかました。
「……」
我々が唖然とそちらを見ていると、その青を基調とした制服を着た運転者は、愛車をスタンドで自立させこちらに小走りで駆け寄ってきた。
「私、鎖町警察署大社広域交番所属の山里冬寂巡査、のち警察庁長官と申す者でありますが、少しお話よろしいでしょうか」
「はあ…」
訳も分からぬまま、とりあえず同意する。警察手帳を見せてきた、その巡査の眼は逆にそちらが職務質問されるべきなのではと心配になるほどに血走っていた。
この顔と声どこかで……そうだ。引ったくりを討伐した際に遅れてやって来たあの巡査だ。これは、もしかするとマズい事態かもしれない。こいつの要件次第では何か策を打つ必要がある。強硬手段に出てでも。
「俺ね、君たちの学校の窓ガラスが何者かに割られたっていう出世点―いや、事件の通報を受けて今日、学校に話を聞きに行って捜査的なことを色々してた訳なんだけど―」
名乗りの際は、下手に出て敬語を使っていたくせして突然、軽薄で馴れ馴れしい。一貫性を持て、一貫性を。
それにしても、引ったくり討伐ではなく窓ガラスの件か。偶然か必然か、我々に声をかけてきたということは、もしやこいつ―。
「聞くところによると、窓ガラスが割れたと思われる時間帯、君たちも学校にいたそうじゃない」
やはりか。山勘で私たちと接触したわけではないらしい。
「いやね?もちろん、君たちみたいな容姿端麗、成績優秀を顔に貼りつけたような生徒がやってはいないと思ってるし、俺だって疑いたくはないんだけど―」
薄っぺらい御託をつらつらと。猜疑心が筒抜けだ。隠す気は無いのだろうが。
「ぶっちゃけ、やったの君たち?」
彼の纏う空気が変わった。こちらを淡々とじわじわと存在しない壁際に追いやるような圧迫感と緊張感。
突如、私の身体の芯を超自然的なエネルギーが蠢き貫く感覚が奔る。同時、そのエネルギーがじんわりと身体を覆うような感覚に抱かれる。
これは、4日前、宇治山君と初めて出会った時、そして一昨日、漏月が異能者だと判明した時にも体験した『本物』の感覚。この山里冬寂という男、こちら側なのか?ならば、この接触にはその方面の意図もあるのか?
「いえ。その話自体、今日学校で先生に聞いて知りましたし、私たちが帰ったのとちょうど入れ違いで起きたのでは?」
散々、周囲は注意深く観察していたのだ。現場に居合わせた者の証言などで私たちの罪が看破されることはまずないだろう。逃走も、宇治山君の能力で瞬きの間に終えたはずだ。
窓ガラスを割ってしまったことに罪悪感を抱いていない、といえば噓になるがこちとら「やらなければやられる」という大義名分があったのだ。器物損壊なぞで罰されてたまるものか。
「うーむ…」
山里は我々二人をじいっと観察するように見つめる。だが、その視線は我々を見ている、というより我々が持つ不可視の何かを見極めているような、少し奇妙なものだった。
「ちょっと小さいが…まあ、これはクロかな?」
「は?」
ぼそっと呟かれた、彼の突然の意味不明な論理展開での裁定に、思わず威圧的に侮蔑するような声を出してしまう。
「おぉ、こっわ。冗談だよ、冗談。すまんね」
山里は多少怯みながらも軽薄な姿勢は崩さずに、冗談だと言い放った。センスもなく趣味も悪い。
「そんなんで警官が務まるんですか?」
公務員に対して、つい不躾な本音を口走ってしまう。
「手厳しいね、君。まあ、出世はしたいかな」
山里は、制帽をかぶり直し自転車の方へ歩いていく。
「出世?」
この男、全く話が通じない。
「まあまあ、仲良くしましょうよ。それでは、本官はこれで。捜査のご協力ありがとうございました」
スタンドを後ろ足で蹴り上げ、愛車に跨った山里は最初のように下手に出てつらつらと敬語を吐いて、去っていった。
「一応、礼に始まって礼に終わったね。肝心の中身はスカスカだったけど」
宇治山君は、苦笑混じりに山里の印象を述べた。
「そうね。あれで取り繕えると思っている神経の図太さは最早尊敬の域ね」
「はははっ、違いない」
「―って、違うわ。そんなことより、彼、異能者よね?宇治山君も感じたでしょう?」
あの感覚。あれは紛うことなき異能者のそれだ。
「え!そうなの?感じたって言うのは、何を?」
だが、宇治山君は微塵もその可能性を考慮していなかったような反応である。
「…何を言っているの?初めて私があなたの前で異能を見せた時、漏月があなたとの小競り合いで異能を見せた時、感じた感覚と一緒よ。身体の内外を得体の知れないエネルギーが流動する、あの感覚よ」
「え…確かに、俺と同じ存在の長良井さんに初めて会った時とかはワクワクして鳥肌が立ったけど…あくまで一般的な感覚の範疇で、長良井さんが言うような特別な何かを感じたことは無い、かな……」
「…そうだったの」
ここに来て、また異能の謎―いや、私の謎か?―が増えるのか。いい加減、本腰を入れて調査なり研究なりしたいものだ。だが、やはり今我々の目の前に陣を構えるのは、七不思議戦争という障害。
「宇治山君、あと4日間全力を注ぎましょう」
「ああ、もちろん」
我々は翌日の日曜日、それ以降の月曜、火曜、水曜を全力で乗り越えることを改めて誓い合った。
終戦後にも待ち受ける非日常に興奮していたのか、やけに身体中に熱が迸っていた。