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鎖町百景-百人の異能力者の群像劇-  作者: 読留
卯月・七不思議戦争
25/58

4/15-⑧「ひとりが嫌いな女の子」

「…ッ。クッソ」


 伏魔堂に一番近い入り口から校舎に入り、我々異能部は存分に呼吸を整え、また、体温を下げ、また、疲労を回復していた。


「ハァ……一時間以上は探したよね?あそこまで何もないとはね。……あったのは(にお)いだけ、か」


 宇治山君が、呼吸のリズムを整調するために吐いた長い息がため息と混ざったようになる。


「何度嗅いでも、あの臭いだけは慣れそうにないわ。――ッ」


 昨日の過度の異能使役と今朝からの長時間の調査活動、加えて伏魔堂の絶望的異臭と湿気の中での長時間の活動により、私の身体が悲鳴を上げているのか胃液が一瞬、喉を焼いた。七不思議戦争に夢中になるあまり分泌されていた脳内麻薬により、身体の不調に気付けなかったというところか。


「え、大丈夫?長良井さん。やっぱり昨日の疲れがまだ取れてないんじゃ……」


 宇治山君が心配の眼差しをこちらに向けてくる。昨日から私が脆弱(ぜいじゃく)なばかりに彼に心配ばかりかけている。改善せねば。


「…問題ないわ。と言いたいところだけど、流石にお手洗いに寄らせてもらうわ。ごめんなさい」


 今回ばかりは少々落ち着こう。


「いやいや。朝早くからぶっ続けで動いてるしね。お互いに暫く休憩した方が良さそうだね」

「そう言ってもらえて助かるわ」


 ※※※


「ハァ…フゥ…」


 ようやく胃液は()き止められた。呼吸や脈拍が徐々に整ってきている。清々しいほどに繰り返し嘔吐をしたことで、体温も下がり頭も冴えてきた。そうなると、真っ先に脳裏をよぎるのは七不思議戦争のことである。


「さて、ここからどうするか」


 吐瀉物(としゃぶつ)が流れていく便器を見下ろしながら呟いた。伏魔堂には、相も変わらずもどかしいほどに何もない。部室の片付けの際に詳細に調べることが出来なかった、例の奥の左側の部屋を重点的に調べたが、手がかりとなりそうな情報も備品も何も無く、濃厚な悪臭が充満しているばかりであった。いよいよ床下を掘り返さなければいけないであろう所まで来ているが、松浦夕凪が部室に来訪した時に容易に露呈(ろてい)してしまう。

 となると、他の三つの目ぼしい怪異に方向転換しなければならない訳だが、どう攻めたものか…。


「―あ」


 女子トイレの個室で悶々(もんもん)と思索を巡らせている私の脳裏に()()()()が去来した。

 王道であり覇道。これを欠いては異能部の、七不思議戦争の名が()る。このトイレは余り人気もなく、都合がいい。


「……」


 私は、個室の扉をおもむろに開けた。


「宇治山君、いる?」

「……はい?」


 外で待つ宇治山君に声をかければ、準備完了だ。


「少し、試したいことがあるの。もしもの時のために臨戦態勢頼むわ」

「…え、うん。了解…?」


 宇治山君を女子トイレに踏み込ませるわけにも行かない。これがベストだ。


「じゃあ、行くわね」


 私は、入り口から数えて三番目、最も奥に位置する個室の前に歩を進めた。


「あ、そういうこと。……って、ホント気を付けてよ!長良井さん。異能使えるの?」


 宇治山君も私の意図に気付いたようだ。


「ええ。一応……」


 私は、左手で三度、その個室の扉をノックした。


「―凝縮」


 大丈夫だ。異能は使える。数十分の休息で何とか誤魔化せているようだ。右手の人差し指にエネルギーを集中させる。

 閉塞した我々の戦況を打開すべく、不意の突破口が欲しい。新しい風を吹かせなければいけない。何でもいい。気分転換がてら、現れてくれ。


「はーなっこさんっ、あっそびーましょっ」


 花子さん。彼女抜きでは七不思議は、学校の怪談は語れない。しかし、王道は時として沈む場合がある。

 例えば、日本の標準語話者と各地の方言話者が一所に集結し議論を始めようものなら、多種多様で豪華絢爛(ごうかけんらん)、奇想天外なデザインを刻んだ「(なま)り」という名の外履きの下に標準語話者が敷かれ、そのうえで地団太を踏まれ、タップダンスを踊られ、散々な目にあって個性も発言力も没してしまうのがありありと想像できるように。

 今まで彼女の存在を忘れていたのも、おそらくそういった理由だ。


「……」


 しかし、そう簡単に事は運ばないか。私は異能を解除し―


「はーーーーーーーい!花子です!」


「は?」


 一万カラットの瞳を()め込んだ(まぶた)をしばたたかせ、元気一杯と額にでも描いていそうなほどの活力で、扉を飛び越えて派手に登場した。健康優良魔法少女が。

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