4/14-⑦「取材記録:教頭」
職員室にて。
「七不思議ねぇ……。僕はそういう噂には疎いんだけどねぇ…。君ら生徒の方が詳しいんじゃないかな」
下校時刻も近づいてきたので、最後にここにやってきた。今は教頭に取材している最中だ。
「長年この高校に勤めてきたと聞いています。先生しか知らない昔の話もあるはずです」
「とは言ってもねぇ…。うーむ……」
しばらく考え込んで、何かを決心したように口を開いた。
「…七不思議のような確実性の無い、真偽の不明な噂話とは系統が違うのだけどね。しかし、原因が不明という点では七不思議に通ずる部分もあるし、怪奇性も十二分にあるから、君たちが知りたいような話ではあると思う、これは」
何故か教頭が己の声量を絞る。そして、どこか厳かな空気が漂う。思わず息を吞む。
「…その話とは?」
「君たち生徒の不安を煽らないように積極的に公表はしていないんだが、公立図書館でその時期の新聞を調べたらすぐに分かるような、紛れもない事実だからね、今から話すのは」
職員室には今、数名の教員しかいない。早めに帰宅した教員が今日は多いようだ。その空間的な寂しさがやけに強く感じられた。教頭の語り口のせいであろうか。
「あれは40年ほど前のことだ」
教頭は過去に思いを馳せて、遠い目をした。
「ある日を境にして、毎月、数名うちの生徒が行方不明になるようになったんだ。あの頃のことはよく覚えているよ。僕が受け持っていたクラスの生徒も行方不明になってしまってね。警察も保護者も職員も大勢で町中、付近の山中まで探したんだが、どこにもいないんだ。目撃情報も全く無いしね。あの頃は防犯カメラは無いから、もう成す術が無くてね。集団下校やら警察の巡視強化やら色々対策を講じてみても、毎月いなくなるんだ。消えた生徒の親御さんは気の毒で見ていられなかったよ。あと、他県のテレビ局もたくさん来て大騒ぎになってね。生徒も常に怯えながら生活していた。もう、何をどうすればいいのか大人は全員頭を抱えていたよ。まさか学校に来るな、外に出るな、なんて言えないしね。それがかれこれ半年近くは続いたかな。だけどね、ある出来事を境にピタ、と行方不明者が出なくなったんだよ」
教頭はちら、と腕時計を見て、再び話し始める。
「ある日、学校中で大量の怪文書のコピーが発見されたんだ。新聞やある小説の活字を切り抜いて作ったものだったよ。そこにはこう書かれていた。『桃華会館の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ』とね」
「梶井基次郎…」
「ご明察。流石だね、長良井君。まあ、その小説自体はあまり関係ないんだけど、そんなことが書かれてたからもちろん、桃華会館を調査することになったんだ。いたずらだったとしても、何もしないよりはマシだからね。でも、やっぱり何も出なかったんだ。床下やら周辺の土を掘ったりしたが、死体はおろか髪の毛一本すら見つからなかったよ。怪文書の犯人も結局分からずじまいだった。しかし、何故かその月から、行方不明者が出なくなったんだ。この二つの事件の関連性は未だ分かっていない。が、その日からこの高校に平穏が戻ってきたのは確かだよ。……こんな感じで良いかい?」
「……」
「もしもし」
「…あ、はい」
宇治山君も私も思わず考え込んでしまっていた。今日集めた七不思議の中であれば、一番調べごたえがありそうな内容であった。桃華会館もとい伏魔堂にまつわる噂はやはり主流なのか、今日の取材で一番聞く機会が多かった。その分、逆に印象が薄れていたのだが、教頭の話を聞いたことで濃く上書きされた。その噂の根源のいずれもこの教頭の話にある気がしたからだ。もちろんあの臭いも。しかし、これを一週間も無い期間で全て調べあげるとなると難しそうだ。
「それじゃあ、今日はもう帰りなさい。そろそろ下校時刻になるよ」
※※※
「いやぁ、たくさんあったね。七不思議」
宇治山君が軽く伸びをしながら、そう切り出す。現実離れした話の数々に興奮を覚えつつも、多少は疲れたという様子である。職員室から出た私たちは、自分たちの教室から鞄を取って、先程の肝の小さい一年生のいる、1-8を目指して歩いている。
「ええ。七つに収まりきらなかったものね」
新しい噂も仕入れつつ、オカ研の頃に聞いた噂であっても、より詳しく聞けたものもあった。初日の取材としては、満点と言っても良い出来だろう。これを基軸にして戦っていこう。
「今日は部室使わなかったけど、明日からは少し身構えた方が良いかもね」
「そうね。学校側としては、あそこには何も無いと判断したから私たちに部室として与えたのでしょうけど、確実に何かがあるものね。いる、と言った方が良いのかしら。といっても、まだ何も分からないけど」
今日は出来得る限り取材をするつもりだったので、部室に行く必要は無かったが、宇治山君が言うように明日からは身構えた方が良さそうだ。
私と宇治山君以外の異能者や超常的なモノには未だに出会えてはいないし、私たち以外にも存在するという証明は今は出来ないものの、私たちは確信している。この世界には、まだ何か未知のモノがあるはずだということを。だからこそ私たちは、非現実的な話をここまで日常茶飯なことのように話し合うことが出来ている。そしてこの光景は三日前、互いに自分と同じような非現実的存在に出会えたことで生まれているのだ。
「それと、今日の取材の感じだと、オカ研は俺たちみたいな聞き込みはしてないのかな?」
私たちは七不思議戦争に一日出遅れた。部室の確保をしていたからだ。しかし、先にスタートを切っているはずのオカ研の気配は皆無だった。私たちが七不思議について聞いても、皆は新鮮な対応で臨んでいた。
「多分その通りよ。あの二人は他人と面と向かって話せないような人間だもの」
オカ研にいた頃にそれは把握している。あの二人は、極度の人見知りだ。私も似たようなところはあるが、私は話さざるを得ない場面では容易に他人と話せる。さっきの取材でもそれは明白である。だが、あの二人はそうではない。でないと、あんな人気の無い区域で、二人だけで部室に籠って活動しない。
「でも、オカ研だけあって情報は持ってるんだよね。だとすると、油断はできないね」
「それもそうね。既に何か突き止めてるかもしれないし。明日は早速、解明に向かいましょう。先に体育館、次に―」
「ちょっと待って。長良井さん」
不意に宇治山君が私を制止する。
「あれ、さっきの子じゃない?」
彼が指し示す方を見ると、どうやら誰かがこちらに向かって走ってきている。下校時刻に間に合わせようと急いでいる、という風ではない。何かから逃げているかのような―
「まさか…」
眼鏡に濃い隈。乱れた頭髪を更に振り乱して、汚いフォームで爆走する彼は、
「ほらあああああ!言ったとおりでしょおおおおおお!お二人ともおおおおお!といっても見えないでしょうがねえええええええっっっっっ!」
あの1-8の男子生徒。そして、その背後には、
「テケテケ…」
二本の腕で激走する、男がいた。