4/14-⑥「取材記録:一年生 ヲタク研究部 男子生徒」
1-8教室にて。
「な、ナナフシ、七不思議ですか?ええ、ええ、知ってますとも!」
髪は荒れ狂う龍のように乱れ、目の下には野球選手の着けるアイブラックかと見紛う程濃い隈がある。それが目の前にいる、眼鏡をかけた男子生徒の外観である。彼は「七不思議」というワードに敏感に反応し、何故か若干怒っている。
「…そう。教えてくれる?」
「ええ!良いですとも!どうせ先輩方も信じてくれないでしょうがね!」
なるほど。それで怒っているのか。大方、自分の体験した怪異を誰にも信じてもらえず、孤立しているパターンだろう。私も似たような経験はある。
「昨日の朝は、それはそれは寝覚めの良い素晴らしい朝でしたよ。顔を洗い、歯を磨き、朝食を食べ、登校まで時間があったので、今期のアニメを1話だけチェックしましてね。それが思いの外面白くてですね。いやぁ、長いことアニメを見てきましたが、久々にあんなに完成度の高い始まりを見まし」
「おい、お前。出来るだけ端的に話せ」
思わず荒々しい口調になってしまった。
「は、はいっ!」
高圧的な上官に檄を飛ばされて縮み上がる下級兵のように、上ずった声で彼は返事をする。
「き、昨日の夕方のことであります!教室に一人残って読書をしていたんですが、下校時刻になったので帰り支度をして教室を出たんです。…すると、何か妙に暗いんです。廊下の明かりは着いてるし、まだギリギリ陽も出ていたんです。なのに、何か暗くて、肌寒いんです。そして、背後に気配を感じて…それで、もう僕、思い切り駆け出しました。もう無我夢中で走りました。そしたら、後ろの方でずっと足音が聞こえてるんです。怖すぎて後ろなんか振り向けません。なので、やっぱり無我夢中で走りました。…でも、校門を出るとピタと足音が止んだんです。それで走りながらですが、思わず後ろを振り返ってしまったんですよ。そしたら、いたんですよ。…立ち止まってこちらを睨みつける上半身だけしかない男が!」
上半身だけで追いかけてくる、か。
「…テケテケ、というやつかしら」
「そうです!それです。…お二人とも助けてくださいよ。……こ、怖くて今日とても一人では帰れないです…」
本当に彼は怯えているようで、小刻みに震えている。
「そう。でも、それなら何故早いうちに帰らなかったのよ。大半の生徒が帰宅する時間に」
「……盲点」
間抜けか、こいつ。
「いや、もうなんか廊下に出るのも怖いんですよ!守ってくれる人がいないと怖いんですぅ!今度は追いつかれるかもしれないでしょーが!でも、生憎僕には守ってくれる友達なんかいないんです!残念でしたねっ!いつもこうですよ!今度こそ僕は死ぬんだ!」
「と、とりあえず落ち着いて…。じゃあ、下校時刻になったらまたここに来るから一緒に帰ろう。それでいい?」
「…え、良いんですか?ほんとに?」
彼が軽い錯乱状態になったのを宇治山君が制止し、親身な対応をする。それより、こいつの今の言い方から察するに、
「あなた、以前にもこういう経験があるの?」
「あ、はい。昔からどうも霊感が強くて、人には見えないものが見えちゃうんですよ。その分、命の危機にも晒されるし、友達は出来ないし…」
霊感、か。異能とはまた違うものなのだろうか。一緒に帰宅することになったのだし、その辺りの事情は後で聞くか。今は出来るだけ取材しておこう。下校時刻まであと30分もない。
「そう。とりあえず、情報提供助かったわ」
「本当に後で来てくださいよ?」
「あはは…大丈夫だから、落ち着いて」
「約束ですからね?」
「うん、安心して」
彼は捨てられた子犬のように、私たちを見送った。
「来なかったら恨みますよぉ!」
しつこいぞ、こいつ。一方、宇治山君は赤子でも愛でるかのような慈愛に満ちた顔で失笑していた。




