怒りと憎しみの刃を突き立てる
お姉さんが言った通り、ドアの先に姉ちゃんはいた。
真白な部屋に真っ白なワンピースを着て、真っ白なベッドに腰掛けていた。
姉ちゃんの夜を溶かしたような綺麗な黒髪だけがその部屋で唯一の白以外の色で、その異様な光景に俺はちょっとだけ怖くなった。
「姉ちゃん……?」
ゆっくりと顔をあげて俺を見た人は姉ちゃんの顔をしてた。
俺の知ってる、俺の大好きな姉ちゃんと同じ顔をしてたのに、その目だけが俺の知らないものだった。
優しく温かな黒い瞳が俺を不思議そうに見てる。
まるで知らない人をみるみたいに。
混乱する中でボスが息を飲む音を聞いた。
「あの、どちらさまですか?」
ちょっぴり困ったような姉ちゃんの声がいやに大きく響いた。
足元からガラガラと崩れ落ちて行くような気さえした。
どうしてボスとジオがそんなにしっかりと立っていられるのかわからなくなるくらいに。
俺がどうしてボスたちと同じように自分の足で立って姉ちゃんを見つめていられるのか不思議なくらいに。
目の前が真っ白になって身体がガクガクと震えた。
姉ちゃんは、真っ白に染まってた。
何も知らない、純粋無垢な、汚れ一つないこの部屋のように真白でどこまでも真白になっていた。
俺のこともボスのこともジオのことも全部忘れて、全部白く塗りつぶされていた。
「ルナ、」
途方に暮れたボスの声が静かな部屋に響く。
姉ちゃんはどうして自分の名前を知っているんだろうという顔で俺たちをじっと見つめていた。
「思ったよりずっと早かったらビックリしたよ。
流石はこの国で最も高貴で気高い血をひく者、夜の支配者、とでも言っておこうか」
クスリと不愉快な笑い声が静寂を破った。
出入り口は俺たちが入ってきたひとつしかないはずなのに、その男は姉ちゃんのすぐ隣で愉しそうな笑みを浮かべて俺たちを―――ボスを見ていた。
憎しみを隠しもしない、ボスが苦しむのを心の底から喜んでいるような、ものすごく嫌な目でまっすぐに。
「……した。そいつに、何をした!!」
ボスの咆哮に空気がビリビリと振動する。
俺はジオに押し付けるようにしてボスの背中に隠された。
大きくそびえたその背からは煮えたぎるような怒りが発散されて、俺は思わずギュッとジオのズボンを掴んだ。
宥めるようにジオの大きな手が俺の手を包む。そしてジオは俺の手を引っ張って一歩下がった。
ジオの剣のような鋭い目はボスと同じ怒りと、少しの期待に輝いてた。
ニヤリとジオの唇が弧を描く。
「……キレやがったな。ボスのやつ」
息が苦しくなるくらいに張り詰められた空気の中で、ビリビリと肌を刺すような痛みを感じる殺気の中で俺は、俺と同じかそれ以上に困惑と恐怖と不安に歪んだ姉ちゃんをじっと見ていた。
何度見てもその瞳はやっぱり俺たちを知らない人として映していた。
それが悔しくて苦しくて悲しくて、きっと俺が姉ちゃんの横にいる男を睨みつける目も、あの男がボスを見る目に負けないくらいに憎悪に染まっているのだろう。
泣きそうな姉ちゃんの顔を見ながらどこか切り離された思考の渦の中でぼんやりとそう思った。
返せよ!
姉ちゃんを、俺たちの姉ちゃんを返せ!!