闇に溶けて消える者、闇にまぎれて生きる者
大きなお屋敷に入ってから驚くくらいに敵が現れなくなった。
ジオは物凄く気持ち悪そうな顔をしてずっとしかめっ面をしている。
ボスも眉間に刻まれた皺が深くなった。
俺もなんだか嫌な予感がしてもぞもぞとボスの腕の中で身じろいだ。
お屋敷までの道のりではあんなにたくさん襲われたのにお屋敷に入ってからそればピタッとやんだら気味悪く思うのは当たり前だ。
不安を紛らわせるようにボスにぎゅうっとしがみついた時、コツリと俺たち以外の足音が静かな廊下に響いた。
「お待ちしておりました」
突然現れた人はよく知ってる人だった。
俺と姉ちゃんの世話をよくしてくれたメイドのお姉さん。
「テメェがネズミか」
「はい。ルナ様のお部屋に案内致します」
ジオの低い声もボスの鋭すぎる眼光も物ともせずにお姉さんは微笑んだ。
俺はその張りつけた仮面みたいな笑顔が怖かった。
だって、あのお姉さん一緒にお茶をしてる時はもっと柔らかく笑ってたから。
あの優しい表情は全部嘘だったの?それともコッチの怖い笑顔が嘘なの?
「リヒト」
「……だいじょうぶ」
そう返したものの、俺はボスの肩に顔を埋めたままぎゅうっとボスにしがみつく力を強めた。
ボスはなにも言わずに一度俺の背中を優しく叩いてくれた。ジオも俺の頭をポンポンと撫でてくれる。
俺は溢れそうになる涙をむりやり引っ込めてもう一度だけぎゅっとボスに抱きつくと顔をあげた。
お姉さんと目が合う。お姉さんはちょっとだけ居心地が悪そうに微笑んだ。
俺は何も言わなかった。言えなかった。
「こちらにございます」
ドアを開けてお姉さんは静かに頭を下げた。
そしてどこか安心したように笑った。
「お姉さん、」
助けてって言えば良いのに。そしたらきっとボスとジオは助けてくれるのに。
そしたらそんなに悲しい顔しなくてもいいのに。そんなに苦しい顔をしなくてもいいのに。
ごめんなさいってちゃんと謝ったらきっと姉ちゃんは許してくれるのに。
だけど俺の言いたいことを読みとったようにお姉さんは小さく首を振った。
ボスとジオは何も言わなかった。
ただ俺がお姉さんからの拒絶を読みとって次の声をあげる前に開かれた扉に足を踏み入れた。
ボスの肩越しに見たお姉さんは最後まで笑っていた。強くて悲しい笑顔だった。
これがボスの、俺の大好きな人たちの生きる世界。
大好きな姉ちゃんに続く真っ暗な道。