怖いものなんてもうないよ!
姉ちゃんまであと少しというところでボスに向けられていた銃口がこちらを向いた。
それに気付いた姉ちゃんが短い悲鳴を上げる。
俺は仕方なく足を止めて両手をあげて男の方に向き直った。
ボスの顔が僅かに歪む。ジオは今にも飛び出してきそうなのを必死に堪えているようだった。
俺もいつものならとっくに泣き喚いている状況なのに、涙さえ出てこないのは、まっすぐに男を睨んでいられるのは、きっと姉ちゃんが怯えているにも関わらず銃口をこちらに向けているからだ。
あと少し、ほんの少しだけ狙いをそらせば簡単に姉ちゃんをも撃てる位置に男は銃を構えている。
「突然喋りだしたかと思えば子どもを使うなんて随分だね。
その坊やのことを可愛がってたんじゃないのかい?」
どうする?どうすればいい?
ボスは銃口が俺と姉ちゃんの方を向いている限りあの男を撃てない。
俺たちが撃たれるかもしれないという危険を冒してまで自分から攻撃を仕掛けたりはしない。
だけど、アイツは?アイツはきっとその気になりさえすれば簡単に撃つ。
姉ちゃんが怪我をしようと、姉ちゃんにトラウマを植え付けることになろうと、簡単に姉ちゃんの目の前で俺を殺す。
「アンタ、なにがしたいの?姉ちゃんをどうしたいの?」
「愛してるんだ。彼女を。とてもね」
その言葉に俺はゾッとした。
俺がボスや姉ちゃんに言う言葉と、俺がボスや姉ちゃんから貰う言葉と同じものとはとても思えないナニカがそこには確かに含まれていた。
「だったらどうして姉ちゃんまで危ない目にあわせるの」
「君にはまだ分からないよ坊や。
さぁ、大事なお姉ちゃんを傷つけたくなかったら彼女から離れろ。
もちろん、あなたもその物騒なものを降ろしてください」
俺はボスを見た。
ボスはぐっと眉間にしわを寄せる。
だけど、その目はしっかり俺を見ていた。
俺はゴクリと息を飲んでできるだけゆっくりと足を動かす。
時間を稼ぐように、男の苛立ちを煽るように、男の隙ができるように。
慎重に足を動かす俺に苛立ったように男は姉ちゃんに声をかけた。
「ルナ、こちらへおいで。その方が早い」
姉ちゃんの身体が小さく震えた。
恐怖と緊張に強張ったその顔は真っ青で今にも倒れてしまいそうだった。
その姿をみた瞬間俺の中で何かがキレる音がした。
「ダメ!!姉ちゃん、ソイツのとこに行っちゃだめだ!!」
「え?で、でも、」
「姉ちゃん!!
俺のこと覚えてなくていいから、忘れてても良いから、ソイツのとこに行かないで!!」
銃口が向けられてるとか、殺されるかもしれないとか、そんなのは全部吹き飛んでいた。
ただ戸惑う姉ちゃんに届くように声を張り上げる。
途中で本当に鉛玉が飛び出してきて、頬に鋭い痛みが走り焼けるような熱を訴えたけど俺はそれさえも無視して姉ちゃんに手を伸ばす。
「ルナ。来い」
姉ちゃんはボスの低い命令にピクリと肩を跳ねさせたけれど、真っ青な顔で俺たちとにっこり目が全く笑っていない笑みを張りつけた男を見比べるだけで動かない、動けない。
「姉ちゃん……!!」
俺の声に涙が混じった時はじめて姉ちゃんは俺の方に足を踏み出した。
姉ちゃん自身がビックリした顔をしていたからきっと無意識というか子どもが泣いているのを放っておけない姉ちゃんの反射による行動なんだろう。
姉ちゃんが俺の方へと足を踏み出した瞬間舌を打つ音と引き金が引かれる気配と、顔を歪めたくなるような硝煙の匂いが充満する。
けれど銃弾は俺と姉ちゃんの方には飛んでこなかった。
どうしてかなんて考える余裕もなく悲鳴を上げて立ち止まろうとする姉ちゃんの手を引っ張って足を動かす。
劈くような銃声を何度か聞いたあと力強い腕が半ば放り投げるように俺と姉ちゃんを引っ張った。
目の前には大きな背中が二つ。
「……俺やお前を覚えていようがいまいがコイツはお前のママだ。守れるな?」
俺と姉ちゃんを守るように立ちはだかった大きな背中越しに聞こえた声に俺は涙でぐちゃぐちゃになった顔をあげて力強く頷いた。
怖いものなんてもうないよ!
だってボスとジオがいるもん。
絶対に負けないし、俺と姉ちゃんを守ってくれる。
そうでしょう?




