大きく力強い手に安心して、優しく髪を梳く指がないことに絶望した日
『完全幸福論』のヒーロー、超鈍感で難攻不落だったリヒトの幼少期のお話です。
“幸福”ってやつがどんな色をしているのか、どんなカタチをしているのか、どんな匂いがするのか、俺は知らない。
だけど、姉ちゃんが、『きっと優しくてふわふわでじんわり温かいものなんだよ』って笑ったからきっとそうなんだろう。
そんで俺はきっとシアワセってやつを感じてたんだろうと思う。
だってそれはボスに拾われてから、姉ちゃんに抱きしめてもらってから、ボスと姉ちゃんの子どもになってからずっとずっと俺の心のなかにあったから。
だから、俺はたぶん、きっと、すごくシアワセってやつを感じてるんだ。
俺がそう伝えたら姉ちゃんはパチパチと目を瞬いてそのあとすんげー嬉しそうに笑ってくれて、ボスも照れたみたいにそっぽ向きながら俺の頭をくしゃくしゃって撫でてくれて、そしたらもっと胸があったかくなって嬉しくなって、あぁ、シアワセだな。なんて思えて、そんな時間が堪らなく好きで、仕事中のボスの側で俺も姉ちゃんに勉強を見てもらったり、怖い夢を見た時はボスと姉ちゃんのあいだに挟まれて眠ったり、姉ちゃんと悪戯してボスやボスの部下たちに叱られたりするのがなんだか嬉しくて、らしくもなくずっとずっとこんな時間が続けばいいのになんて思ったりして。
なのに、どうして、どうして、みんなそんなに悲しそうな顔してるの?
ボスはどこ?姉ちゃんは?ねぇ、どうしてそんな顔してるの?
『今は会えないのよ』ってなんで?俺、イイ子にしてたよ。
俺がイイ子でお留守番してたら、姉ちゃんもボスも絶対お土産買ってきてくれて、寂しいのを我慢した分いっぱい抱きしめてキスして甘やかしてくれるのに。
ベッタリくっついてみせても仕方ないななんて笑いながら膝に乗せてくれたり頭を撫でてくれたりするのに。
「リヒト」
「ボス、おかえり!!みんな変なこというん………ボス……?」
「大丈夫だ。悪いな、土産ダメにしちまった」
困ったように笑って頭を撫でてくれる大きな手に、抱きついた俺をじんわりと濡らす赤い血に俺はもう何も考えられなかった。
ただぎゅううとボスにしがみついてイヤイヤと首を振る。
なんで?どうして、ボスがそんな怪我してるの?
姉ちゃんは?姉ちゃんは大丈夫なの?
俺のことおいて死んじゃったりしないよね?
俺のことひとりにしたりしないよね?
ボスと姉ちゃんは俺のパパとママだからずっと一緒にいてもいいんでしょ?
一緒にいてくれるよね?俺、俺、もう寒いのも怖いのも寂しいのも嫌だよ。
ボス、ボス、死なないで。
お土産なんていらない。お菓子も、おもちゃも、服もなんにもいらないから、ボスと姉ちゃんが一緒にいてくれるならもうなんでもいいから、だから、俺を置いて遠くにいっちゃわないで。
「大丈夫だ。言っただろ?もうひとりになんかしてやらねぇと」
「ボス」
「アイツもすぐに取り返す。
だから、そんな顔すんな。
男が簡単に泣いてんじゃねぇ」
「…ぅん」
『大丈夫よ。すぐに帰るから』
『きっときっと、すぐに帰るから』
『だから、それまであの人をお願いね』
遠のく意識のなか泣きそうな声で姉ちゃんがそう囁いた気がした。




