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「魔物や野盗が結構出るのかという話ですが、敵対的な魔物が出ることは多くあります」
「敵対的、というのは友好的な魔物もいるということですか?」
マーガレットは左の腰部分にあるベルトに取り付けられた剣の持ち手付近を撫でながら、首を横に振った。
「敵対的ではないだけで友好的でもない魔物、というのが存在します。例えば……そう、スライム。液体と固体の中間のような不定形な魔物ですが、彼らは空気中の魔力を糧に成長をするので、基本的に生物を襲うようなことはしません」
「スライム……」
青いゲルのようなゼリー状の存在が浮かんだが、彼女の説明を聞いている限りではそんなに間違ったイメージでもないのだろうか。
「とは言ってもスライムが安全かと言えばそういうわけではありません。スライムは地域や環境によって、姿かたちや特性を大きく変化させます。中には幼体級のドラゴンを捕食するスライムが現れることだってあるんですよ」
「マーガレットさんが言っている幼体級とか、成体級というのはどういったものなんですか?」
片眉をピクリと上げたマーガレットはこちらに顔を向けて、何とも言えない不服そうな表情をしていた。
「……さん、は不要ですよ。マーガレットと呼んでください」
「……マーガレット?」
「はい。話を元に戻して、魔物の階級制度についてお話します」
マーガレットは笑みを浮かべて嬉しそうに頷き、すぐに話を続けるために口を開いた。
「私たち人間や、人間に友好的な種族の間で定められた魔物の階級制度というものが存在します。先ほど話していた幼体級、成体級。この2つは主に魔物の成長度合いを示します。昨日戦った赤い鱗を持つドラゴン……これですね」
彼女は袋を取り出して中をごそごそと漁り、少しして袋の中から赤褐色の鱗を取り出した。
言っている通り、あのドラゴンの鱗だと思うが、俺が気絶している間に見つけていたのだろうか?
「火竜……一般的にファイアドラゴンとも呼ばれています。幼体と成体の明確な違いは炎を吐けるか否か。ある程度研究が進んでいて、ファイアドラゴンのブレスは魔法に近いものとされているので、成体になるにつれてちゃんとした炎を吐けるように成長していくようです」
ドラゴンの研究というのがされていることの方が驚くが、別に不思議でもないのかもしれない。
魔物なんて危険な存在が町を出たらすぐに会敵してしまうのだ。そう思えば当たり前とすら思えた。
「そして階級制度の中でも上位存在として指定されている上位級、そして 支配者級。大体この4種類で魔物の階級を区分けしています」
「その上位2種はやっぱり強いとか?」
「上位級の魔物は単純な成体級と比較しても強く、賢く、何より言葉を解する存在です。この近辺では上位級のゴブリンやオークに壊滅させられた村も存在しています」
ゴブリン、オーク。よりいっそうファンタジーな世界だなと実感してしまう。
魔物としてそう言った存在がいるのなら、吸血鬼とか幽霊みたいなものも存在しているのかもしれない。暇があれば調べてみたい気もする。
「そして最も危険なのは支配者級の魔物です。このレベルになると、同じ種族でも生物としての強さは天と地ほどの差があります。魔法も知恵も巧みに使いますし、徒党を組むといった理性的な行動も見せます」
「支配者級が出現することは滅多にありませんが、もし見つけても絶対に近寄らないでくださいね」
マーガレットは袋の中に鱗を仕舞いながらそんなことを言った。
彼女が言うには支配者級の魔物と邂逅することは、ドラゴンに襲われるより珍しいという。
つい昨日ドラゴンに襲われた奴が話すことではないなと思いつつ、ただただ縦に首を振るばかりだった。
結構歩いただろうか、ずっと背後にあった森も既に見えなくなっており、ある程度舗装された道がずっと先に続いている。
地形は草原のように広がっており、膝下から太ももを隠すほど草が伸びている。
道を沿った先には石壁が建てられており、壁の内側には目的であるジリーアという町があるのだろう。
あとちょっとという所で、マーガレットが左手をサッと伸ばして俺を制止した。
「止まってください。 魔物です」
マーガレットはそのまま左の腰に備え付けていた鞘から剣を引き抜き、左手の甲に身に着けている盾を油断なく構えた。
「魔物……その中でも動物に類似した魔物の事を魔獣と呼びます。彼らは魔物と比較して圧倒的に数が多く、群れで行動するのが殆どです――来ますよ」
彼女の言葉に釣られるように、左右の長く伸びた草の中から灰色の体毛を持つ狼が飛び掛かってきた。
俺がスキルを使用しようとした瞬間、マーガレットが地面に向けられた剣を右から左へと大きく扇状に振り回す。
風を切るような音と共に、掬い上げた剣の先端が右手から飛び掛かってきた狼の顎を砕き、そのまま勢いよく降り降ろされた剣が、左手から飛んできた狼の頭部を叩き割った。
鳴き声すら上げずに即死した狼を一瞥し、マーガレットは左右をチラリと確認した。
「2匹だけ、これはまだ来ますね……」
警戒止まぬ内に、四方八方からガサガサと草を掻きわける音が慌ただしく聞こえる。直後、狼が前方から突撃してくるのが見えた。
「――『ホーリースマイト』」
彼女の凛とした声に呼応するように左手に持った盾が青白く光る。そして盾を前方にスッと構えて、90度ほど一気に腕を振りぬいた。
振りぬいた腕の軌跡を追うように、青白い光の線が空中に描かれる。それからほんの一瞬の間を置いて、線の軌跡が一気に炸裂し、衝撃波となって前方へと撃ち出された。
前方から来ていた数匹の狼を巻き込みながら衝撃波が数メートル先へと広がっていった。
噛みつかんと飛び込んできていた狼たちは牙ごと衝撃波に飲み込まれたため、口元が粉々に砕けている。
一気に5匹以上の狼を捌いたマーガレットは、危なげない表情で一息ついた。
「ふぅ。怪我はありませんか、ケイトさ――」
『ファイアボール』
彼女の言葉を待たずして俺はスキルを発動した。伸ばした右手の先から、握りこぶしくらいの火球が射出される。
火球はマーガレットの若干右側を横切り、背後に迫っていた最後の狼を飲み込んだ。
火球との衝突によって空中でひっくり返った狼は炎の中でしばらくのた打ち回り、そして死んでいった。
「あ、ありがとうございます。ケイトさん」
「俺の事もケイト、で良いですよ」
そんな軽口を叩きながら、俺は自分自身の手のひらをまじまじと見た。
見慣れた手のひらだ。きっと記憶が無くなる前と違いがないから、見慣れた……なんて感想が出るのだろう。
魔物とは言え狼、動物を間接的に殺してしまった。
その事実に何とも言えない不快感を味わいながらも、あまり心情的に葛藤がないことに自分自身驚いていた。
「狼の類……きっと森の付近を通ったときから私たちを狙っていたんですね」
「一人だと外に出て何かするにも一苦労しそうだな……」
マーガレットはチラっとこちらを見て頷く。
「そうですね、一人は危ないので基本的に二人以上のパーティーで行動するのが無難です」
「なら何故マーガレットは一人でドラゴンと戦おうとしてたんだ?」
俺の言葉にハッとした顔になったマーガレットは恥ずかしそうに頬を染め、俺に背を向けた。
「……私だって人付き合いが得意なわけではないんです」
そういって早足で進んでいくマーガレット。俺は慌てて謝りながら、彼女を追いかけることにした。