5
カラカラに乾いた喉を水で潤した俺は口元から水筒を離し、そしてマーガレットに改めて向き合った。
何を言おうかとごちゃごちゃ考えた結果、俺は殆ど全ての真実を話すことにした。
後々で何かボロが出たら面倒なことになりかねないなと考えれば、下手な嘘を話すのはメリットにはならないと踏んだのだ。
気付けば上空から落下していたこと、上空落下前の記憶が曖昧なこと、時々スキルなどのことを思い出すこと。
手札として隠しておきたいユニークスキルについては話さず、思い出した魔法だけ使えるということで話を通した。
「……なるほど。正直信じ難い話ですが、嘘は吐いていないようですね」
マーガレットは暫く口元に手を置いて何か考え事をした後に、ふっと顔を上げた。
「ケイトさん、もしよろしければ明日は一緒に町まで向かって、そこで一緒に行動をしませんか?」
「いいんですか?」
俺は彼女の嬉しい申し出に対して、一つトーンを上げて返答をした。明日以降の生活が完全に不透明だったため、何をするかを考えていた所だったのだ。
事情を理解してくれているマーガレットにくっ付いていけば、明日からの飯のタネを比較的楽に手に入れることが出来るんじゃないかという思いもあった。
まだ少なからず俺を怪しんではいるのかもしれないが、そのまま俺を放っておくよりはいいと判断でもしたのだろう。どうにせよ、俺にとっては渡りに船というだけだった。
「はい。魔法の袋や魔力などを知らないとなると、一般常識に関する記憶が多く抜けているようなので、このまま放っておくと野垂れ死にしかねないと思いました」
同情というか、憐みの籠った瞳で見られることにむず痒くなった俺は、手に持ったままの干し肉を口の中に放り込んだ。
塩辛い味に頭がチカチカするような感覚になりながらも、咀嚼して硬い干し肉をかみ砕いていく。
「ケイトさん、最後に一つだけいいですか?」
「はい? どうしましたか?」
「最後に使用したあの魔法、『メテオストライク』と言いましたか。あれは――できれば使用しないでください」
申し訳なさそうに瞳を伏せて、しばし間を置いてから話を続ける。
「あの魔法は……ケイトさん自身に膨大な負荷が掛かる魔法です。どれくらいの負荷――魔力の消費量かと言えば、直前に使用されていた『ライトニングボルト』の魔法のおよそ数百倍。あれは本来、個人で使用する魔法ではなく、大規模な儀式によって成り立つ魔法です」
「そこまで、ですか」
「はい。あの時は奇跡的にケイトさんの身体が残っていましたが、魔力を過剰に使用した代償として肉体が弾け飛んだ……なんて話は事欠きません」
そんな話を聞かされて、俺結構強いんじゃないのか? なんて考えは一瞬で吹き飛んだ。
そもそも魔法を使っただけで身体が弾け飛ぶってなんだよ、風船か何かか?
「それに――見てください。『メテオストライク』の破壊力を」
マーガレットがスッと指を指し示したずっと先には、凄まじい範囲のクレーターと、衝突時の余波でありとあらゆる木々や自然が消し飛んだ不毛の大地だけが残っていた。
「なんだよこれ……」
全てが破壊された後の地形を見ていると、クレーターや抉れた地面の周囲を、キラキラと光る粒子のようなものが飛んでいることに気づいた。
真夜中、暗闇の中を光の粒子が照らし、破壊の跡地に集うようにゆっくりと動いている……ように見える。そしてそれは間違いではないようだ。
「『イージス』によって奇跡的に私たちは生き延びることが出来ましたが、周囲は『メテオストライク』の衝撃で自然ごと吹き飛びました。そして何よりあの光の集合体……あれは精霊です」
「精霊、ですか」
「はい。魔力濃度が非常に高い地域で発生する現象です。精霊が現れ、魔物が現れ、自然が回復する。一連のサイクルを集まった精霊たちが行うとされています」
自然が回復するという現象は、生き物が元来持っている自然治癒のようなものにも思える。
大規模なクレーターが発生したり、木々が消し飛んだりしても怒ったり焦ったりしていないのはこの現象があったからなのだろうか。
「支配者級の魔物ですら、この精霊が発生する現象を引き起こせるほどの魔法を使用することが出来る存在はそう多くありません。だからこそ、貴方が特異な存在であるということなんですよ」
彼女はそれだけ言うと、魔法の袋から新たに取り出したもう一つの水筒を取り出すと、ぐっと飲み始めた。
それを見て、俺も手に持っていた水筒を傾けると、ひんやりとした水が勢いよく喉に落ちていく。
お互いが水を飲みあう時間が続く。
それから少しして、お互いに話したいことはあるが、身体を休ませることも大事だと眠ることになった。
先ほどチラリと話していた魔物が出るという話は、マーガレットが『聖域』というものを設置しているため問題無いという。
スキル、魔法の袋、聞きたいことは多くあるが、横になると一気に訪れた眠気に抗えず意識が遠のいていく。
「準備は出来ました。そちらの片づけは大丈夫ですか?」
マーガレットが荷物を袋にしまい込み、鎧や剣、盾のメンテナンスを終えて立ち上がった。
早朝。昨日よりも強い風が吹き、彼女の金色の髪がさらさらと揺れた。俺はそれから視線を逸らすように地面をジロリと見た。
たき火を消し終えて、昨日の間に四方に設置されていた『聖域』という名前の石を4つ回収したのを再確認し、俺は頷いた。
「ありがとうございます。では行きましょう」
彼女に『聖域』の石を渡して、横並びになる形で町へと向かって歩き始めた。
「ここからでも見えるあの石の壁で守られた町はジリーアという名前で、周辺にある幾つかの町の中では王国の次に発展している町です」
「周辺地域には多くの村々があり、多種多様な薬草が取れる森が存在し、行商人や旅人、ワーカーを狙った魔物や野盗が発生しています」
「ワーカーに魔物……野党」
「ワーカーと言うのはギルドに所属する者たちの総称で、市民や町、村などから斡旋された様々な依頼を受けて、それを対価にお金を稼ぐ人々を指します」
「何でも屋、というよりは雑用みたいな?」
「ワーカーの中でもランクの低い者たちはそう呼ばれることもあります。ワーカーたちにも、銅級、銀級、金級と言ったランクという区分けがされています」
銅に銀に金。てっきりAとかBとか言うのかと思ったが、実際の所そうでもないようだ。視線をチラリと彼女の顔に移すと、すっかり話すのが楽しくなったのか、饒舌に話しているマーガレットの美しい横顔が見えた。
「銀級や金級というのは、その人に依頼する際に必要となる硬貨の単位です。銀級に依頼を頼むには最低銀貨1枚から、金級に頼むには金貨1枚から、と言った具合ですね」
「ワーカー達のやる仕事は、荷物運び、店番、掃除と言った雑用から、野党の討伐や薬草採集、魔物の討伐と言った少なからず命の危険が発生する仕事もあります」
「結構、魔物や野盗は出るんですか?」
俺がそう尋ねると、彼女の腕がスッと上がり、道を挟むようにして存在する森に指が伸びていく。
「あそこ、狼の魔物がこちらを覗いています」
指を指した方向へと目を向ければ、俺たちの視線に反応したのかスッと消えていく黒い影が確かに見えた。
「あれは斥候のようなもので、私たちが1人だった場合や弱そうな場合は、襲われる可能性がありますので気をつけてください」
……全然気づかなかった。
俺は命の危険が近づいていたという事実に少なからず緊張するが、マーガレットは別に当たり前のことのように話すだけで、見つけたことを自慢しているようには見えなかった。
この世界の住人は、あんな隠れた魔物を簡単に探し出す特技でも持っているのだろうか。改めてこの異世界が末恐ろしく感じた。