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 俺の身体を今まで体感したことがないほどの強い倦怠感が襲う。言葉で表現するのが困難な肉体の疲労感を感じながら、視線が動く範囲だけを見渡す。


 土煙の中、赤く融解したクレーターの中心付近に、俺とマーガレット、そして肉体の殆どが弾け飛んだドラゴンの骸が転がっていた。


 指がピクピクと痙攣するが、身体は微塵も動かない。


 文字通り虫の息となった俺は動かない身体と、迫りくる睡魔に抗いつつ、ユニークスキルについてぼっと思考を巡らせた。


 『1日3回ガチャ』なんて珍妙な名前をしているが、結局やっていることは俺の知っているガチャと何ら変わらない。お金を入れた見返りとして、ランダムな景品が貰えるというだけ。


 何を媒介にガチャを回すことが出来ているかは不明だが、何かを消費した結果、景品としてランダムなスキルが手に入るということで間違いないのだろう。


 景品として手に入るスキルは色に分かれており、白、青、そして紫。色に対して取得できたスキルの内容を加味すると、白が一番レア度が低く、紫が一番レア度が高いはず。


 この3種類以上、もしくは以下のレア度が存在するのか分からない、分かっていることはそれだけだった。



「けほっ、けほっ……ケイトさん――ケイトさん!」


 『メテオストライク』の余波を『イージス』で耐えきったのだろう、舞い上がる砂煙にむせながら、マーガレットは俺の名前を呼んだ。


 だが身体は全く動かないため反応もできず、喉に力を籠める元気すら湧かない。


 そんな俺を見つけたのだろう、後生大事に持っていた剣と盾を放り投げて俺の下へと駆けてくる音が聞こえた。


「あぁそんな……大丈夫ですか……」

 うつ伏せになって倒れこんでいるであろう俺を、マーガレットは抱き寄せながら、上半身をゆっくりと抱え上げ、頭を横に倒して太ももの上に乗せてくれていた。


 太ももと言っても、金属でできた防具を身に着けているためか、固くて冷たい感触しか感じられない。


 残念だと思いながら、喉の奥から湧き上がる異物感に俺は反射的にえずいた。


「……カハッ」


 口元から血が吐き出されて地面にべちゃりと付着した。俺は身体の内側からジワジワと広がる痛みや不快感を耐えつつ、吐血するのは想定していたより不味い事態じゃないのかと他人事のように考える。


 吐血を見ていたマーガレットも俺の状態に気づいたのだろう、慌てた様子で俺の身体を触り始めた。


「吐血!? 許容量を大きく超えた魔力を使用した時に発生する症状……ケイトさん、すみません。お腹を――」


 俺の身体を仰向けにしたマーガレットは、俺の着ていたシャツをまくり上げ、腹部を確認しようとする。抵抗することも出来ない俺は、青い空が少しずつ暗くなっていくのを感じながら、マーガレットの驚愕した声を聞いた。


「なっ……紫!?」


 視線をへそ付近に映せば、俺の腹部が真っ青を通り越して紫色のようになっている。なんだこれ――マーガレットの様子を窺っていると、真剣な表情のまま俺の腹部に手を当てて、スキルを使用しているのが見えた。


「――『ヒール』」


 緑色の光が腹部を照らし、温かい何かが身体に送り込まれる。身体中の痛みを癒すようなエネルギーに飲まれるように、俺は意識を落としていった。






 カラカラカラと、乾いた何かが大量にぶつかり合う音で俺は目を覚ました。


 辺りはすっかり暗くなっており、あまり周囲の様子は分からないが、ドラゴンと戦闘をしていた地点からは少なからず離れているようだ。


 視線を真横に移すと、少し勢いの弱い火が基点のたき火が設置されており、隣には先ほど聞こえた音の正体だと思われる大小様々な木の枝がまとめて置かれていた。


「目を覚ましましたか」


 木の枝を集めていたマーガレットがそう尋ねると、近くにあった木の枝をたき火の中に放り投げた。


 木の枝が炎に焼かれて呆気なく消えてゆくのを眺めながら、俺は頷いた。


「えぇ、どうにか。助けてくれてありがとうございます」


「いえ、私の方こそ助かりました」


 マーガレットは追加でもう一つ、二つと大きめの枝をたき火に投げ込むと、傍に置いてあった麻の袋に手を伸ばした。


「あのドラゴンをどうにかするのは私一人では不可能でした。貴方が助けに来てくれなければ……死んでいた、と思います」


 彼女は手に取った袋の中から、手のひら大の干し肉のようなものと、1リットル近くは入れられそうな水筒のようなものを取り出した。


 袋のサイズは決して大きくない、だが中から出てくるのは明らかに内容量を無視したサイズのものばかりだった。


 これもこの世界特有の道具なのだろうか。


「これをどうぞ、魔獣の肉を干したものと、水の魔法から作り出した飲料水です。水筒に保存の魔法印を刻んであるので、水が腐っている心配はありません」


 そう言って、手に持った食料をグイっとこちらに伸ばして渡してくるマーガレットに、俺は感謝しながら横になったままの身体をグイっと起こした。



 ――身体は重い。


 受け取った干し肉と水筒を手に取りながら、『ステータス』と心の中で呼び出す。


 名前:ケイト

 状態:記憶混濁、魔力欠如

 スキル:ファイアボール, ライトニングボルト, メテオストライク

 ユニークスキル:『1日3回ガチャ あと0回』


魔力欠如によって引き起こされた身体の倦怠感、マーガレットは俺が気絶する前に魔力の許容量を越えて引き起こされたもの……という認識だったようだが、正解だったようだ。


 干し肉を噛み切りながら、ステータスをぼうっと眺める。スキルを使用するには魔力が必要なようだが、ライトニングボルトを2回使ってしまうと、俺の体力的にはキツイということが分かった。


 明日以降にも同じように戦いがあると仮定するならば、魔法の使用可能回数が2回なのは非常にまずいのではないだろうか。



「……ケイトさん、幾つか質問をしてよろしいでしょうか?」


「ええ、大丈夫ですよ」


 マーガレットは口元を、綺麗な刺繍がされたハンカチのようなもので拭うと、こちらを改めて見直した。


「ケイトさんは、何者でしょうか?」


「……何者、とは」


 疑問で返す形になったが、質問されるであろうことは何となく予想していた。


 彼女の着ている白い鎧や、剣、そして盾。どれもこの世界で一般的に普及している武器防具だとは到底思えない。


 名前だって『マーガレット・クイン・セレモア』なんて高貴そうな名前をしている。実際高貴かどうか置いても、名前が長いだけで色々と邪推してしまうものだ。


 総評して言えるのは、彼女が――マーガレットがこの世界の一般市民ではない可能性が非常に高いということ。そんな彼女が素性の知れない男である俺を怪しむのは当然とも言えた。


「ケイトさんが眠っている間、ケイトさんの荷物を確認していました。……ですが貴方は魔法道具や武器防具はおろか、魔法の袋すら身に着けていませんでした」


 マーガレットは碧い瞳を細めて、俺に問いかけた。


「つまり武器も防具も食料も無く、着の身着のままこの森付近まで来ていた。おかしいと思いませんか?」


「そう――ですね」


「気を悪くしたならすみません。ですが、成体(アダルト)級のドラゴンを殺傷するほどの大魔法を扱うことが出来る魔法使いはそう多くありません。どこかの国の高名な魔法使いなのですか?」


 どこかの国の高名な魔法使い――そうだと嘘を吐くべきか、それとも少しでも真実を話すべきか。


 困った俺は、右手に握られた水筒を呷るようにして飲んだ。

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