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空中で『ライトニングボルト』を使用することに成功はしたが、空中制御が出来ずに地上へと落下していく。
しかし俺の身体能力はとても高いらしく、5メートル以上の高さから落下したにも関わらず綺麗な3点着地に成功する。
「だ、大丈夫ですか!?」
着地地点の右隣には、先ほどからドラゴンと対峙していた騎士がいる。雷撃が撃ち込まれて巻き上がった砂煙の奥にいるドラゴンに視線が注がれており、油断なく剣と盾を構えている。
「ええ、どうにか」
それだけ返して横顔をチラリと確認する。
恐ろしく整った容姿、そう形容するしかない。
人の顔に関する記憶が殆どない俺ですら息を飲む美しさを持っている。金色の髪をたなびかせながら、荒い息を吐いて前方を見据えている。
「このドラゴン――アダルト級のようです。知能も高く、非常に――危険」
「ォォォ――」
こちらを睨みつける双眼が砂煙の中から現れる。その瞳からは敵意も闘志も、欠片として失われている様子はない。
蛇に睨まれた蛙のような気持ちのまま、乾いた喉から声を絞り出す。
「……逃げませんか」
異世界に放り込まれて、ユニークスキルとやらを手に入れて、少しばかり調子に乗っていた俺にとってドラゴンとの闘いは恐怖でしかない。
驕っているつもりはない。
――この強大な赤褐色のドラゴンに人間は勝ち得ない。
今この場を逃げ出したって誰も怒らないだろう。
いや、ドラゴンのブレスを受け止めて、ドラゴンに一撃当てて怯ませる。そんな英雄のようなことすら成しえた俺たちを誰もが褒めたたえるだろう。
だが彼女は。碧い瞳を持つ騎士は首を振った。
「貴方だけでも逃げてください。私は……逃げるわけにはいかない」
そして龍のブレスが放たれる。
先ほどよりも更に一段階勢いの強い炎がドラゴンの口腔から放たれる。もはや逃げ出すことすら叶わないだろう。
「――『イージス』」
美しい音を奏でるように一つの言葉を紡ぐ。そしてそれに呼応するように、彼女の持っている盾が一際強く輝き、周囲を覆っていく。
そして完成した魔法の盾は、前方からの炎を完全に防ぐ形で半透明のバリアを作り出した。
「このスキルを使いこなすには私は未だ力不足……そう長く持ちません。今のうちに逃げてください」
「それは――」
「私は白の騎士。このままドラゴンが進んだ先にあるのは、私が守るべき人々とその街です。ここで退くわけにはいきません」
悠然とあるがままに答えると、右手に持った剣を思いきり横に振るう。それと同時に青い剣閃が剣から出現し、炎を切り裂きながらドラゴンの頭部に向かって飛んで行く。
軽やかに放たれた青い剣閃はドラゴンの頭部をあっさりと切り裂き、鮮血を周囲にまき散らした。
深くはない、しかし浅くもない。確かなダメージだった。だがドラゴンは殆ど怯まず、キュっと引き締まった瞳が怒りで燃えたまま俺たちを睨みつけている。
「さぁ、今がチャンスです! 逃げて!」
「――いや、俺も賭けるよ」
炎は一時的に止んだが、すぐに放たれるだろう。攻撃のチャンスは間違いなく今だった。
握りしめていた拳から稲妻が走る。
「何を馬鹿なことをッ!」
彼女の怒声が響くがもう全て遅い。サイドスローの要領で振るわれた拳の先から先ほどよりも強い閃光が生み出され――雷撃となって放出された。
『ライトニングボルト』、スキルの使い方は何となく掴めた。ステータス上には変わらず残っているため、使用しても消えるといった訳ではなさそうだ。
雷撃が制御を失い地面を何度か抉りながらも、ドラゴンの鼻先に完全に直撃した。
人間だったら炭化してもおかしくない威力、致命傷とは行かずとも浅くない傷になるハズ――――
一瞬の間を経て、地面に衝突した雷撃によって巻き上がった煙の中から、殆ど傷のないドラゴンが姿を現した。
「うそ……だろ」
ポツリと声が漏れる。そして俺の驚愕は彼女の叫びによって引き戻される。
「ドラゴンは魔法に対して非常に強い耐性を持っています! 早く下がって!」
反射的に後ろに飛びのくと、元々俺たちがいた場所を薙ぐようにドラゴンの前足が振るわれている。
信じられないほどの速度で放たれた前足の攻撃を奇跡的に躱すことに成功していたと気付くのに、一泊の間を要した。
2メートルほど後ろに後退した俺たちを見下ろすように、ドラゴンは長い首を上げてこちらを睨む。
「ォ――――ォォォォォォ!!!」
耳をつんざくような咆哮に、俺は慌てて両手で耳を塞ぐ。チラリと見れば彼女も耐えられず耳を塞いだようだった。
心臓がバクバクと音を立てている、この興奮は恐怖から引き起こされるものだということを強く認識する。そして死が間近に迫っている中、俺は自身のステータス画面を見直した。
名前:ケイト
状態:記憶混濁、恐慌
スキル:ファイアボール, ライトニングボルト
ユニークスキル:『1日3回ガチャ あと1回』
恐慌の状態異常が自身の精神状態を激しく乱している原因のようだが、改善をする術はない。しかしその中で俺は迷いなく次のユニークスキルを起動した。
カプセルマシンからは紫色の光が漏れ出し、腹部にポッカリと空いた穴から勢いよく光の球体が排出される。
紫色――派手な配色でふと気づいたが、最初のユニークスキル起動時にガチャから出たのは白い球体で、中身は『ファイアボール』のスキル。2つ目は焦っていたためあまり覚えていないが、確か青色の光を放った球体が出てきた筈。
「スーパーレア、ってところかな」
「っ、な……なにを言っているのですか……?」
彼女は身に着けていた鎧の重さに耐えかねるように片膝を地面につけて、初めて俺のことをしっかりと見た。
横から見ても前から見ても変わらない美しさに息を呑み、そして俺は首を振るった。
「……いや、なんでも」
「そう、ですか。……貴方が先ほどから使用しているのは魔法は『ライトニングボルト』かと思いますが、動ける体力や魔力は残っているのですか?」
「魔力っていうのは良く分からないけど、身体は全然大丈夫――っ!?」
身体が重い。
アドレナリンと恐怖によって感覚が麻痺していたせいだろうか、意識してみれば確かに身体が重く感じる。
ほんの少し前まで羽が生えたような軽さだったはずが、今では重りを付けられて数十キロ走らされた後のような倦怠感だけが残っていた。
「やはり……『神の怒り』を模倣するだけあって魔力消耗も激しいようですね。であれば次に同じ魔法を撃つのは不可能――ですか」
『ライトニングボルト』を使用することが出来るか否か。不可能ではないだろうと俺は判断したが、ステータス画面が半透明から、警告を示す鮮やかな橙色に変化しているのが見えた。
ステータス画面は彼女には見えていないし、ユニークスキルも同じく見えないのだろう。
この『ステータス』という概念は俺の意志をある程度汲んでくれているようで、ユニークスキルがスムーズに使えるのも、ライトニングボルトを使用するか考えた時に警告色に変わるのも全て『ステータス』のお陰に他ならない。
次に『ライトニングボルト』を使うとどうなるのか。気絶、吐血、それとも死だろうか。
俺は答えを濁して答える。
「撃てなくはない――と思います。俺が使えたとして何か勝算はありますか?」
「……厳しいですね。私の持つスキルは攻撃がメインのものはそう多くないですし、それに決定打に欠けます」
ドラゴンの様子を窺えば、咆哮も終え、未だに彼女のスキル『イージス』によって張られた守りの壁に向かって炎を吐き続けている。
熱風が肌をチリチリと焦がし、喉が乾いていく。
「……あなたの名前は?」
『イージス』を張ったままこちらを見つめ、彼女は名前を訪ねてきた。まるでお見合いみたいで、少し笑ってしまう。
俺が笑ってしまったのを見たのだろう、何か言い直そうとしたのか口を開くが、それを遮るようにして俺は自己紹介をした。
「ケイトです。よろしく」
「よろしくって……ケイトさん、貴方は……いえ、何でも。私の名前はマーガレット……マーガレット・クイン・セレモアです――よろしくお願いします」
ドラゴンのブレスを浴びながら、自己紹介を済ませた俺たちは笑い合う。
そしてしばしの時間を経てから俺は立ちあがった。
「何を……? 『イージス』は完全な守りの壁を作り上げますが、長くは持ちませんよ」
「完全な守りの壁……ね」
ユニークスキルで最後に出たスキル。それを使用するという意志を決めた途端、ステータス画面が橙色を通り越し、真っ赤に染まった。つまり使用することは非常に危険だという証左だった。
右手に紫色の光が宿り、徐々に強くなっていく。
「な、これは――!」
「後のことは頼みました、マーガレットさん」
面倒な思考は全て放り投げた俺はスキルの発動を開始する。しかしすぐには発動せず、ほんの少しチャージが必要らしい。身体全体から俺の生命力が搾り取られるような感覚に陥るが、必死に耐える。
「この魔力量――こんな魔法を使っては……!」
マーガレットの言葉もドラゴンのブレスも、全てを無視して手のひらを大空に翳す。
紫の光が天高く打ち上げられて空へと消えていく。その光景に俺もマーガレットもドラゴンも、一同全員が空を見上げる。
紫の光を飲み込んだ空はおぞましい赤紫の空模様へと瞬時に空模様を書き換えた。
「スキル名は『メテオストライク』だとよ。魔法耐性が何だとか良く分からないが――隕石は耐えるのか?」
雲が割れ、空が割れ、亀裂の隙間から紫炎を帯びた赤黒い物体が俺たち目掛けて降ってくる。
赤黒い物体が迫るにつれて影が大きくなっていき、俺たちの影も飲み込まれる。その正体はスキル名『メテオストライク』という名前に相応しい隕石である。
ドラゴンは『イージス』への攻撃をとっくに停止させ、逃げようと翼を羽ばたかせたが、逃走の選択を取るには遅すぎた。
破壊を具現化したような十数メートル級の隕石がドラゴンに直撃し、辺り周囲一帯の全てを飲み込んだ。