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ステータスに更新が掛かり、元々何もなかったスキル欄に『ファイアボール』という新たなスキルが出現した。
しかし、ユニークスキル『1日3回ガチャ あと3回』の項目も、『1日3回ガチャ あと2回』と書き換わっており、文字をそのまま読み解くとなると、1日3回ガチャが出来て、日が変わればガチャ回数がリセットされる。
このスキルが期限付きなのか、それとも恒久的に使い続けられるのか、という点は未だ不明だ。
そしてそれら全ては置いておいて、俺はこの新たに覚えたスキルを使ってみたいという思いに駆られていた。
『ファイアボール』という名前から、魔法のようなものだと推測できる。そして不思議な事に、俺はこのスキル――『ファイアボール』の使い方を知っている。
スキルとして覚えていれば使い方も自ずと知っている。普通は逆だと思うが、そういうルールなんだと分かれば、受け入れる余地も生まれる。
まるで中途半端なゲームの世界に放り込まれたようで、少し恐ろしくもあり、それでいて期待している自分もいる。俺の肉体や精神はどうなってしまったのだろうか。
改めてステータス欄を確認してみれば、先ほどからチラチラと見えていて知らないフリをしていたものも見えてくる。
状態の項目に表示されている記憶混濁という文字。これによって、俺は俺自身の事を殆ど覚えていないのだ。
過去の自分の事も、なぜここにいるのかも、知っているようで知らないことばかり。
背筋を伝うような恐怖を振り払うように、俺は今いる場所から歩き出すことにした。少なくとも、ここにいても何も解決しないことだけは確かで、今はこの世界を少しでも知ることが必要だった。
森の中が意外と歩きやすい、そんな事を思いながらドンドンと奥へ奥へ進んでいく。
俺のイメージだと、鬱蒼とした森の中は植物が大量に生えていて、木の根っこに引っ掛かったり、毒草でもあるようなイメージだったが、この森の中はそうでもない。
地面には軽く草が生えている程度で、枯れ葉などはそこまで落ちていない。
木々もガッシリと生えているが、根っこが浮き上がっているようなものは少なく、下をあまり見ずに歩いていても引っ掛かるといったことは多くなさそうだ。
そして驚くべきは俺自身の体力だ。
平たい場所と違って流石に歩きづらい森の中を難なく進み、全然疲れることがない。
1日中とは言わないが、半日歩き回っても全然大丈夫そうだ、という漠然とした感覚がある。
そして精神力。過去の俺を覚えていないが、あんな雲より高い場所から落ちた後、何も知らない場所に放り出されても何も辛いと思っていないのだ。
どちらかと言うと、湧き上がる恐怖心は『記憶混濁』という状態の異常に対して存在している。
「これは……」
森の中を進んでいる最中、木々が開けた場所にたどり着いた。
右と左へ続くように小さな石などで舗装された道のようなものが出来ており、向かい側には先ほどと同じような森が続いている。
ここは誰かがよく使っている道なのだろう。この道に沿って歩いていけば、最低限文化的な生活をしている誰かに遭遇できるかもしれない。
しかし右と左、どっちに行くべきだろうか。
空から落ちてきた時のことを考えてみる。あの時落下中に、石か何かで出来た壁で覆われた街を確認していた。あれは城塞都市のようなものだろうと勝手に解釈している。
一番近い街はあそこだろう。俺は少し考えてから、左の道に沿って歩くことにした。ここは地面が少し高い丘のため、街を見つけられないのだと思って、左の道をある程度進んで、街が発見できないようであれば、戻って右に行こうと考えていた。
とは思いながらも、結局は何か考えているわけでもない。ただ何となく、そんな理由だった。
そして道半ば、街が全く見えないことが分かってしまった。全然真逆の方に進んでいるんじゃないかと思って、俺は空を見上げた。
太陽――なのか。煌々と俺を照らしている太陽が、ちょうど真上辺りにある。
もう昼頃か。暗くなるまでにあとどれくらい時間があるのか、俺には判断が付けられない。そもそも太陽のようなアレも、実際時間とリンクしているのかすら不明だ。
引き返すべきか。そう悩んでいた俺の意識を引き戻すような、おぞましい咆哮が俺の耳にたたきつけられた。
『――――――!!!!!!!!』
言葉として成立していない、まるで心臓を鷲づかみにされるような恐怖を生み出す咆哮は、到底人が発することのできるものとは思えない。そしてその咆哮の主は、俺が進んでいる道の更に先にいた。
――ドラゴン。
赤褐色に似た鱗で覆われた、巨大な翼の生えたトカゲ。縦に長い黒目を持ち、長い尾がゆらゆらと揺れている。
は虫類に似た姿かたちをしているが、恐ろしく鋭い牙を持ち合わせ、口元からチリチリと火のようなものが漏れている。
そんな存在が俺の今いる数百メートル先で、道を塞ぐようにして俺の方を向きながら威嚇のような体勢に入っている。
いや、俺を見ているのではない。
ドラゴンの目の前に立っている、恐らく人間と対峙していた。
騎士か戦士だろうか。ガッシリとした鎧を身に纏い、青白く輝く長剣と、同じく青白く輝く盾を身に着けている。兜は付けておらず、金色の長髪が風に揺れているのが見えた。
鎧で身体の線は見えないが、後ろ姿からは女性だろうと判断できる。
どうなるのか、俺は身体を隠しながら様子を窺った。もし戦いが始まったら助けに行くべきか、だが俺が助けに入って何か意味があるのか。
そんな考えは尽きず、そしてついに戦闘がが始まった。
ドラゴンの獰猛な口元が開かれて、金髪の騎士に向かって真っ赤な炎が吐き出される。
いったいどういう原理で出しているのか、ドラゴンの炎は地面を焦がしながら騎士の身体を飲み込んだ。
死んだのか、そう思った瞬間。火炎放射のような勢いで放出される炎の隙間から、盾を構えて耐えている騎士の姿が見えた。
何かスキルのようなもので防いでいるのか、どれだけ耐えられるのか。
そう思ったときに既に俺はノータイムで駆け出していた。
緩やかな下り坂を一気に駆け下りて二者に向かっていくと、炎の息吹を吐いているドラゴンが俺に気づいた。
黒々とした蛇のような瞳がチラリと俺を見て、そこから一気に炎の火力を上げて騎士を襲う。
まずい、まずいと焦りながらユニークスキル『1日3回ガチャ』を使用して、すぐさま転がり落ちた青い光の球体を握りつぶした。
「ス、ステータス!」
スキル、スキル。何か現状を打破できるスキルを――
そして俺は一気にジャンプした。
やれるとは思っていたけれど、自分の身長の3倍近い高さをジャンプできることに驚きつつも戦闘中の二人を確認する。
碧い瞳が驚愕したように開かれて、上空にいる俺を見やる。ドラゴンは恐ろしく冷静に俺を見て、更なる勢いで炎を吹きかけようとしている。
俺は跳躍の最中、右手をドラゴン目掛けて突き出して叫んだ。
「『ライトニングボルト』!」
声が出た瞬間、右手から光が漏れ出して視界いっぱいを埋め尽くす。騎士も炎もドラゴンも、全てが塗りつぶされる光の中でただ唯一。ドラゴンの持つ蛇の瞳が大きく開かれた。
刹那、手の内側から爆音と共に巨大な雷撃がドラゴンの頭部に向かって放たれた。