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俺は誰かの話を聞いていた。それはきっと重要で、それでいて自身に関わる重大な話を。
「う、うおおおあああああ!」
一瞬の眩暈と凄まじい風圧に、一瞬で意識が引き戻される。
何が起きたとか何を考えていたとか、もうどうにでも良くなるくらい絶体絶命の現実が己に突き付けられていることに気づいてしまった。
俺は今、超高度から落下している。
「なんなんだよおおお!!」
騒げど叫べど落ちているという現実は変わらない。空気を切り裂くような速度で落下しているのだけが辛うじて理解できた。
青い空を流れ星の如く落ちて行き、何度か雲を貫いて、大地が見えた。大きな草原と森、そして遠くには街――見たこともないような城塞都市だ。
気付けば俺は奇妙な言葉を口走っていた。普段の俺なら絶対に言わないような、そんな言葉。
「ス、ステータス!」
ゲームの世界か――なんて自嘲してしまいたいような単語をキーとして、視界の端に半透明なウィンドウが出現した。
名前:ケイト
状態:記憶混濁、保護魔法
スキル:なし
ユニークスキル:『1日3回ガチャ あと3回』
たったそれだけ書かれた半透明の板に、ほんの少し意識が割かれる。だがそれだけだった。
何にも変わらない、ただ落ちていくだけだ。
「一体何が起きて、俺はどうなってるんだ……?」
もう地上が近づくにつれて、少し思考も冴えてきた。分からないことは分からない、取り敢えず今この落ちていく事象を解決しなければ、後の事なんてどうなっても変わらないのだから。
ステータス、その単語を発したことによって出現した半透明の板を再度確認してみる。見るだけならすぐに終わる、たった4行の文字だけが浮いている。
「スキル、ユニークスキル……いや、それよりも――」
状態、保護魔法。期待できるのはこれだけだった。
もう幾ばくも無く地面にぶつかってしまう。下を見れば木々が生い茂る森の中だったが、速度がこのままで落下していけば、身体が四散するどころか、クレーターが出来上がるだろう。
しかし、俺の心境は少し前と比べても落ち着いているのは確かだった。
確証も何もないが、ステータスの中に表示されている『保護魔法』というものが、もしかしたら俺を守ってくれるかもしれない。
というより現在進行形で守ってくれているのだろう。
この抵抗なしで人間が落下しているというのに、空気の圧がそこまで強く感じない。それに目を開いていても辛くないというのだから、何か特別な状態にあることは理解できた。
そしてその時は来た。
メキメキという音を立てて幾つかの木々を粉砕しながら、俺は大地へと直撃する。
身体中に少なくない衝撃が走り、痛みに顔をしかめた。
「い……った……」
四肢を襲う尋常ではない痺れと、周囲を覆う砂ぼこりの中で俺は蹲っていた。
だが生きている。
本当にたまたま体勢が良かっただけかもしれないが、頭部や尾てい骨なんかに衝撃が集中しないような状態で落下したため、比較的早く起き上がることが出来た。
砂ぼこりによって咽ながらも、五体満足で大地に着地することが出来た事実に俺は感動している。そしてステータスの部分も若干変わっているのに気づいた。
名前:ケイト
状態:記憶混濁
スキル:なし
ユニークスキル『1日3回ガチャ あと3回』
保護魔法が消えている。誰が掛けてくれたのか分からないが、この保護魔法のお陰で俺は確実に命が救われたわけだ。
視界が晴れると、そこには自身を中心としたクレーターがポッカリと出来上がっていた。
衝撃の凄まじさと、その衝撃を殆ど無効化した『保護魔法』に二重の意味で驚かされる。痺れも程々までに収まる頃には、クレーターの中から這い出ることが出来ており、自分が今どこにいるかというのを少なからず理解した。
「森……そうだ、落下途中に見えた森だ」
周囲は木々で覆われており、見慣れない紫色の植物がゆらゆらと揺れている。
近づいて確認してみれば、ツンとしたミントのような香りが紫色の葉から漂っており、少し触れるのを躊躇した。
よく考えてみれば、植物にだって毒があるし、この紫色の野草が毒を持っていない証拠は存在しない。あまりむやみやたらに触るものではないかなと手を伸ばすのを止めたのだった。
見慣れない自然に意識を向けていたが、気にするべき点はもっと多くある。ステータスという概念と、ユニークスキルという言葉。
再度ステータス画面を覗いて見ると、あいも変わらずユニークスキルという枠に『1日3回ガチャ あと3回』とだけ書かれた項目が存在している。
スキルという項目には『なし』とだけ書かれているので、俺はスキルを持っていないというので概ね間違いないのだろう。
しかしユニークスキルの方を使おうとしても、うんともすんとも言わない。かっこよく手をかざしてみたり、ユニークスキルの名前を読み上げてみたりしたが、特に何か変化が起きる様子はない。
すこしユニークスキルと格闘していると、ユニークスキルの使い方というのが脳内に浮かび上がってきた。それは新しくユニークスキルの使い方を今覚えた、と言うより、元々覚えていたものを思い出した。そう形容するべきだろう。
「(ユニークスキル、発動)」
そう念じれば、突如、虚空からポン、と記憶の中で思い描いていたガチャをするための機械。……いわゆるカプセルマシンが出現した。
あまりにも呆気なく出現したユニークスキルに驚きが半分、そして何で今まで出来なかったのか、という呆れが半分あった。
カプセルマシンは青色を基調としたシンプルなデザインをしていて、お金を入れるような部分もなく、ただ中央部分に回転する取っ手が付いているのみ。
取っ手の部分を掴んで右側に回そうとしてみると、少しの抵抗感を感じながらもしっかりと回る。
カチカチカチと音を立てて何度か回転した後、取っ手の下に空いている穴から、白く光る球体が転がり落ちてきた。
「白い球体が……光って――る?」
ガチャから出現した光る白い球体を手に取り、まじまじと見てみるが特に変化は見られない。
固さでも調べようかとギュッと力を込めると、薄いガラスを砕くようにパリンと割れた。
「あ……」
しまった――と感じたのも一瞬で、砕けた球体は溶け込むように俺の胸へと吸い込まれて消えていく。
なんだ、簡単じゃないか。
ステータスを覗けばほら……新たな変化がステータス画面に起こっていた。
名前:ケイト
状態:記憶混濁
スキル:ファイアボール
ユニークスキル『1日3回ガチャ あと2回』