VS妖怪井戸端会議
ある日の真夜中。布団に入り目を閉じて意識の消滅を待っていると、耳鳴りがするほどの静寂の中に何かが混じる。
耳を澄ますとそれは女性の話し声のようだ。
しかし、実際はそうではない。これは静寂が作り出した幻聴だ。
幼少期にこれと同じ物を聞いて以来、今に至るまでこの幻聴を聞くことはなかった。
「まったく・・・あ奴らめ、人の迷惑も考えんか・・・」
ノスタルジーに浸っていると別室のドアが開く音がし、ハンガー隠しが文句を言いながら出てきた。そして、その足音は玄関に向かうと、そのまま外に出ていってしまった。
「貴様ら、今何時だと思っておるのだ!静かにせんか!」
しばらくして外からハンガー隠しの声が聞こえると、それまで続いていた話し声がパタリと止んでしまった。
声が消える間際、「すみません。」という声が微かに聞こえた。
気になりはしたが眠気のほうが勝っていたので、俺はそのまま眠りに落ちてしまった。
翌朝、台所に行くとハンガー隠しはいつもと変わらぬ様子で朝食の準備をしていた。
「おお、起きておったか。もうすぐ、朝食が出来るからコーヒーを入れてくれぬか。」
ハンガー隠しは俺を見るなりそう言った。
「ああ、うん。・・・そういえば、昨日の夜のアレ、何?」
戸棚からコーヒーフィルターを取り出しながら昨晩のことを聞く。
「なんじゃ、聞いておったのか・・・あれは井戸端会議といってな。夜中に現れてはまあまあな声量で話し合いをする迷惑な妖怪じゃ。」
「あれも妖怪だったのか・・・」
フィルターをコーヒーメーカーにセットしつつ、昨晩浸ったノスタルジーが
別の物に変貌するのを感じながら呟く。
「まあ、妾が叱っておいたから当分現れることはないじゃろう。ほれ、朝食が出来たぞ。冷めないうちに食べるが良い。」
「お、美味そうじゃねぇか。」
いつの間にいたのか、ペン隠しがテーブルに運ばれた目玉焼きとソーセージに目を輝かせる。
「なんだ、アンタいたのか?」
「そりゃねぇだろ。俺は燃えるゴミを捨てに行ってたんだぜ?」
ペン隠しはそう言って顔をしかめた。
「そりゃ悪かった。ありがとう。」
「ほれほれ、さっさと席に着かぬか。」
こうして賑やかに食卓を囲み一日が始まる。