乗りゆくカゴ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こーちゃんは毎日、安心して眠りにつくことができるだろうか。
僕は正直なところ、怖いと思っている。眠っている間って、こちらが何も反応できないからさ。
知らぬ間にあれやこれやをされてるんじゃないか。朝起きた時、そこは夜寝た時の場所と同じなのだろうか……考えれば考えるほど、不安が高まっていくばかりだ。
いまじゃ、2時間おきくらいに目が覚めるようになってきている。もちろん、泥棒とかに入られることはごめんだけど、たとえ何かあったときでも、取り返しのつくうちに気づいておきたくてさ。
――どうしていきなり、そう思うようになったか?
いや、友達から聞いた話に、ちょっと影響されちゃってね。心が張っている状態というか。自分に何が起こっているのか、正確に把握しておきたいというか。
え? 聞いてみたい?
まあ、こーちゃんの好きそうな話だし、構わないけど。
友達の小さかったころの話だ。
友達は「早寝早起きしなさい」という親の言いつけを素直に守る子で、朝6時には目を覚まし、夜9時には布団に入る、規則正しい生活を送っていたらしい。
身体がまだできあがってないせいもあるのか、友達が夜中に目を覚ますことはめったになく、朝まで熟睡することがほとんどだったという。その分、途中で覚醒したときの記憶が、印象に残りやすいのかもしれない。
その友達が小学校にあがる前後でよく体験した、夢ともつかない出来事がある。
身体を揺さぶられて目覚めてみると、自分は車に乗っていた。自家用車よりも、遊園地の乗り物などで用意されている、観覧車のカゴを思わせるつくり。それでいて窓ガラスははまっておらず、左右とも「?」の字に開いたすき間から、どんどんと外気が入り込んでくる。
外は霧がかかっている。白と灰色が絶妙に調和した、ほこりを思わせるもこもこを背景に、ときおり窓の近くを黒い色をしたもやが、想像以上の速さで通り過ぎていった。
この乗り物、走っている。
幼い友達にも、すぐわかった。わずかに揺れる車体の中、立ち上がって窓に近寄るも、不可解なことに十分なすき間はあれど、顔を外へ出すことができない。枠のところまでくると、向こうから見えない手のひらで、ぎゅううっと中へ押し込まれるような錯覚があるんだ。
しかもその感触は、眠気を運んでくるような温さつきときている。友達は押し出されるまま、流されるままに腰を下ろしてしまい、うとうとしてしまう。
そうしてぼんやりしていると、ふわりと頭上から肩をかすめて、舞い散ってくる感触がひとつだけ。見るとそれは、絶えず外を覆っているもやと、よく似た色をした一枚の鳥の羽毛……。
そこではっと、友達は目を覚ます。
時刻は午前6時の少し前。いつも起きるくらいの時間だ。「夢だったのかな」と布団をのけようとして、ふわりと肩から落ちるものがある。
それは夢で見たのと同じ、白と灰が混じったほこりを思わせる羽毛。ひらりひらりと舞い、敷布団の脇にある畳へこぼれるや、ふっと姿を消してしまったのだとか。
両親に話しても、やはり夢だと思われて、まともに取り合ってもらえなかった。けれども、それからたびたび、同じようなものに友達は寝ている間で出くわした。
夢とは思えなかったと、友達自身は思っている。たとえ動こうとじっとしていようと、あの温く、見えない手のひらが自分の身体を、ぎゅっと押してくる感触があるんだ。そして自分の枕もとにはまた、あっという間に消えてしまう、ほこりのような色合いをした羽毛が一枚……。
散った羽毛は、いくら部屋を掃除しようと見つかることはなかった。畳をむしってもひっくり返しても、目にすることはできなかったんだ。
そしてあの体験で見ている景色にも、変化が見えてくる。外を覆う、羽毛と同じもやたちが、どんどん薄くなっていくんだ。そうして晴れていった先は、たいていが真っ暗闇なのだけど、カゴからのぞき込める眼下の部分には、点々と建物の明かりらしきものが見える。
――もしかして、ものすごく高いところを走っている?
そう友達が感じるや、カゴ全体が大きく揺れた。
見ると、あのもやの残りがどんどん、どんどんカゴの中へ入り込んでくるんだ。
相変わらず、窓からは体のどこを逃がすこともできない。あのぎゅっと押さえつけてくる手の感触も今回はなく、代わりに次々と押し寄せるもやが、ところ狭しとカゴの中を埋め尽くしていって……。
また目覚めたとき、友達はおののいた。
自分の横になっている部屋中が、同じようにあのもやたちで埋め尽くされている。たいして間を置かずに、消えてしまうのはあの羽毛と同じだけど、友達はその短い時間で、確かに強い圧を感じたんだ。
ぎゅっと、狭いところに押し込められて、身動きが取れなくなる感触。あのもやたちは確かに、形も重さもともなって、ここに存在していたんだ。
次の晩。友達はとうとう、親の言いつけを破った。
9時に明かりを消すのは守るも、眠りはしない。押し寄せてくる眠気を、こっそりゲームをやることで跳ねのけ、親たちが部屋に戻る物音を聞くや、階下の台所へ避難。玄関を開けると音が立つから、その勝手口からこっそり、家の裏手に出たんだ。
空にはわずかな雲もかからず、月がこうこうとあたりの星をかき消しながら、浮かぶだけ。先ほどまでずっと我慢していたためか、友達は立ったまま、壁に寄りかかりながらにもかかわらず、うつらうつらとし始めてしまい……。
どん、と家の外にいてもわかるくらいの振動が、壁を通して背中へ伝わる。
家の中でにわかに人が起きだす気配がして、友達はとっさに自分の部屋が面する、二階のベランダを見やった。
音にやや遅れて、締めきってあるはずの窓方面から、大きくほこりらしきものが待ったんだ。人のくしゃみの飛沫にも似たそれは、友達がこれまでさんざん見てきた、あの羽毛やもやと瓜二つのものだった。
でも、今度は消えはしない。それどころか屋内からさらに色濃くにじみ出ると、空中で瞬く間に姿を変えていく。
クマにワシの羽が生えたような生き物。友達はそう感じたらしい。
そのクマワシを成すもやは、かすかに羽をはためかせつつ、すうっと家々の屋根を越えて消えて行ってしまったんだ。
戻った家の中、自分の部屋の前には親たちの姿があった。最初こそ、寝ていないことをとがめられたけど、屋内の様子を見ては、かえって不幸中の幸いと思うよりなかった。
床も壁も天井にも、大小さまざまな亀裂が走っているばかりか、四角かった部屋が、楕円形に近い形に歪んでしまっていたんだ。部屋をはじけさせかねないほどの大きな質量が、この空間にとどまっていたということ。
もしこの中にいれば、友達はそれにつぶされて、生きてはいなかったかもしれない。




