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靭(つよ)くて、硬い。

ガチの鉱物マニアの方からは「なんじゃそりゃあぁ!!」と思われてしまうかもしれませんが……。本各種とネットと首っ引きで頑張って書きました! よろしければご賞味ください! 

「もうじき、僕らもダイヤになるね」


 はめごろしの(おお)きな窓ごしの光を浴びて、ひとりの青年がささやいた。耳もとで小さく告げられて、となりに座る、青年と(うり)二つの少女が黙ってうなずいた。


 青年は窓からゆるりと下る人工の緑の丘を(のぞ)んで、丘にたたずむ宝石たちを見渡した。紅玉(ルビィ)緑柱石(ベリル)紫水晶(アメシスト)……。


 魔族の一種である、宝石質の生き物たちはそれぞれに窓ごしの光を浴びて、色とりどりに輝いている。人の形をとりながら、明らかに人間ではない、美しい生き物たちの群れ。


「半年前に人間に捕まった時は嫌だった。体を砕かれ、物言わぬ宝石にされるなんてさ……」


 ディアマンと言う名のダイヤ質の青年は、虹色のきらめきを放ちながらとなりの少女に微笑(わら)いかける。これも全身から虹の光を放ちつつ、アマンと言う名の少女は困ったように微笑い返した。


「でもここで毎日綺麗な音楽を聴き、一緒に捕まった君とずうっと過ごしていると……。君と同じ種の宝石になって、いつまでも一緒にいられるのも悪くないかって思えてきてさ」


 アマンがはかなげな笑みを浮かべて、(かぶり)をふるようにうなずいた。ディアマンはぐりぐりとダイヤの少女の頭を撫でて、ふふっとあきらめたようにはにかんだ。


「僕ね、この研究所の人間たちにお願いしたんだ! 僕と君とが砕かれて、透明なダイヤになったらさ! 僕と君とを互い違いにはめ込んで、うんと豪華な宝冠(ティアラ)にしてくださいって!」


 淋しい希望に照れ笑うディアマンの表情(かお)を見て、アマンは(はじ)かれたように顔を上げた。それからゆっくり首をふり、泣き出しそうに微笑んだ。


「……それは無理だわ、ディアマン。あなたとわたしじゃランクが違うの」

「……ランク?」

「最上級の宝石になれるあなたと違って、わたしは何段も格が下なの。宝石になれるレベルじゃない。だからわたしは……もうじき粉々に砕かれて、あなたの(けん)()(ざい)になるの。あなたが美しい宝石になれるように、粉になってあなたを(みが)く役目なの」


 何もかも知っているダイヤの少女は、崩れ落ちそうな笑みを浮かべた。彼女はあまりにおとなしいから、人間たちも安心して――その実は内心で軽く見て――いろいろな事実を話していたのだ。


 そう、アマンはすべてを知っている。夜となく昼となくこの偽りの丘に流れる音楽は、宝石にとって麻薬のような効果があると。限りなく穏やかでありながら、内に()(おん)をはらむ調べ。


 ……宝石たちは知らぬ間に、耳から音に侵食されて、いつの間にか「機会があれば逃げ出そう」という考えもぐずぐずに溶かされ、家畜のようになってしまうと。


 そうしてすべてを知るアマンすら、中身を耳から崩されて、もう逃げ出すような精神は胸の奥底で(ちぢ)こまったままなのだ。


「……でも良いの。美しいあなたをより美しくするために、この体が使われれば本望よ」


 目を見開いて黙り込んでいたディアマンが、ふうっとまばたいて虹の目でじっとアマンを見つめた。心なしかわずかにくすんでいたその瞳が、(いく)()もまばたきする内に、怖いくらいにきらめいてきた。


「――いやだ」

「……え?」

「いやだ、嫌だよ、そんなのは! 粉になるって? 僕を磨くために使われる? そんなのごめんだ、砕かれた後も君と一緒にいれないなんて! ――『砕かれる』? そんなのそもそもごめんだよ!!」


 叫ぶディアマンの声が響き、丘の宝石たちがきらきらとこちらへ目を向ける。わずかな異変を感じたのか、見えない場所に取り付けられたスピーカーから流れる音量が明らかに高くなりだした。きんっと悲鳴を上げたディアマンが、耳をふさいでまた叫ぶ。


「あああ、うるさい! この音が鳴ると、いつも頭が(にぶ)くなる! この音楽が……この音が!!」


 目を見張るアマンの耳を甘く裂き、ディアマンが()(てき)のようにきぃんと鳴り渡る声を発した。声は一瞬忌まわしい音楽をかき消して、丘の宝石たちはふうっと我に返ったように身じろぎした。


 ……ダイヤ質の青年は、はっと何かに気づいた風に他の宝石たちを見つめた。その口もとにじわじわと自信に満ちた微笑が浮かぶ。


「……そうか、この音楽か……これが原因だったのか!」


 ディアマンが確信に満ちた声でこぶしを突き上げ、快哉(かいさい)のようにきぃんと叫ぶ。それから一層きらきらと声を張り上げて、美しい歌を歌い出した。


 それは宝石質の魔族たちに代々伝わる、一族を誇る伝統の歌。歌いながら(うなが)され、決意した表情(かお)で微笑ったアマンも甘い声音で歌い出す。ひらひらと丘の上の宝石たちも口を開き、見る間に全員が伝統の歌を口ずさみ出した。スピーカーから流れる麻薬の音楽は、もうかき消されて聞こえない。


 宝石たちは連れ立って丘を下り、ひとり残らず丘を閉じる扉を破って逃げ出した。あわてて止める研究所の人間たちを硬質の手でふり払い、鉱物の足で蹴散(けち)らして、なお声高く歌いに歌う。


 ……やがて人間たちはあまりの音に()(まく)を破られ、全員が意識を失い大理石の床に倒れた。


 宝石たちは美しくきらめく群れとなり、麻薬の音楽の音源を踏みつけて壊したのちに、きらきらと輝きながら出口を求めて進んでいく。


 やがて彼らは、冗談のように美しいルース造りの扉の前に行き着いた。ほんのりと青みがかった透ける扉は、狂気にも似た(せい)()なカッティングを(ほどこ)され、幻想のように外界の風景を透かしている。


 声もなく進み出た青い宝石の青年が、扉へそっと手をついて、つぶやくように皆に告げた。


「この扉……疑いもなく青玉(サファイア)製だ。おそらくは合成されたものだが、同属だからはっきり分かる……」


 扉と同質の青年は、物言いたげにディアマンとアマンの顔を見やった。


 サファイアの「傷のつきにくさ」を示す数字は「(こう)()9」、たいがいの宝石では太刀打ちできない。もちろん同じサファイアである青くきらめく青年にも、この巨大な扉を破れるほどの能力(ちから)はない。


 しかし、サファイアにはもう一つの強みがある。衝撃に対する(つよ)さ、「靭性(じんせい)」ならば最大の8。靭性7.5のダイヤモンドより上なのだ。サファイアの青年は青いきらめきを放ちつつ、さらさらと扉を軽く撫で回した。


「……この扉、だいぶ長い期間、ずっと使用していたらしい。全体にごくごく小さな傷がついている。ぼくが初めに扉を思いきり打ち据えれば、わずかな亀裂が走るだろう。そこを狙って、君たちダイヤがうまく力を加えてくれれば、あるいは……」


 ()(りょ)深げに言葉を選び、ささやくようにサファイアが告げる。あらゆる宝石の内で最強の硬度を誇る「宝石の王」、硬度10のダイヤ属なら、最後の活路が(ひら)かれる可能性はある。


 アマンがわずかにうろたえて、迷うそぶりでディアマンの虹の瞳を見つめた。


 きわどい賭けだ。

 硬い宝石として知られるダイヤには、実は「割れやすい方向」がある。ほんのわずかに叩く場所、叩く方向を間違えれば、扉ではなくこちらが欠けることになる。


 ディアマンはアマンの虹色の瞳を見返して、黙ったままで力強くうなずいた。アマンの気弱げな瞳から迷いが少しずつ抜けていき、ダイヤの少女はきらりと微笑み、こくりと大きくうなずき返した。


 ディアマンとアマンはしっかりと、硬質の手をつないで進み出た。その前でサファイアが右手をかかげ、ひゅっとのどを鳴らして無言で扉に叩きつけた。


 ――ぱきん、と微かな音がして、サファイアの手のひらからわずかな欠片がこぼれ落ちる。皆が落胆のどよめきを洩らす中、サファイアは口の()で小さく微笑い、手のひらで扉をひらと示した。


 ほんのりと青みを帯びた扉には、ささやかだがはっきりと、小さな()(れつ)が走っていた。落胆のどよめきがさわさわと喜びのそれに変じていく。


 その中でディアマンとアマンは手をつないだまま歩みを進めた。つなぎ合わせた手をかかげ、硬く握り合い、確かな意志を互いに込めて――。


『――っはっっ!!』

 ふり下ろしてぶつけた手から、扉の破損が大きくなる。亀裂は見る間にぴしぴし音を立てて広がり、甘い悪夢の終わりのように、ばらばらに崩れ落ちてまっさらの外界が姿を見せた。


 宝石たちは声もなく(かっ)(さい)を上げ、靴の下で踏みしめるサファイアの欠片(かけら)の音を気にしながら、初夏の青くさい風の吹く外界へ足を踏み出した。とたんに白と黄の紙吹雪があたり一面に舞い飛んだ。


 (いな)、祝福の紙吹雪と見えたのは、乱れ飛ぶ()(ちょう)の群れだった。宝石たちは息を呑み、しばし飛び去る蝶々の嵐を眺めていた。


「……ねえ。これから、どうしよう?」


 見た目では一番年若い、黄水晶(シトリン)の少女がツインテールを揺らして誰にともなく問いかけた。生まれ変わったようにさっぱりとした顔をして、ディアマンがさらりこう(こた)える。


「結局こうなっちゃったのはさ、この世界が『人間がメイン』の世界だからだろ? 僕らみたいな生き物が当たり前に生きていて、人間の方がかえってずっと珍しい、そういう世界に僕らが行けばこんな悲劇も起こらないだろ?」


 ダイヤ質の青年は、アマンと手をつないだままで、その手をぐっとふり上げた。


「――みんなで行こうよ、一族の伝説の『桃源郷(アルカーディ)』! あるかないかも分からないけど、僕らの先祖の故郷(ふるさと)だっていう、僕らにとっての理想郷!」


 宝石たちがきぃんと響く声を上げ、いっせいに腕をふり上げた。


 綺麗すぎるから、不幸になる。そんな世界は捨ててしまえ。(みな)みなそれぞれに手をつないで、どこにだって行ってしまおう。


 紅玉(ルビィ)(さん)()(しん)(じゅ)金剛石(ダイヤ)


 それぞれがそれぞれのきらめきを放ち、(つよ)くて硬い、その(きずな)で――。


 きらきらときらめきながら歩んでゆく一団を、最上の宝石のような光を放ち、初夏の太陽が照らしていた。


(了)

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