魔女の結婚 01
『君を守るように言われた』
初めて会った時、セルジュはにこりともせずにそう言った。
王国の魔女として働くレイアは、交戦国だけでなく、最近は国内の過激派からも命を狙われていた。大聖堂から依頼を受けた前任の騎士が、怪我をして離脱した翌日、新しくレイアの護衛騎士になったのが、セルジュだった。
『……お願いだから、死なないでね』
レイアはぎこちない笑顔を作って言った。自分のために、怪我をしていく騎士を見るのはつらかった。これで誰かが命を落としでもしたら、レイアの精神は持たない。
セルジュはあまり口数が多くなく、どちらかと言えばレイアに優しくはなかった。与えられた任務だから、淡々とこなしているだけ。はじめはそう見えた。だが一緒に過ごすうちに、言葉にも表情にも愛想がないだけで、実はとても心優しい人なのだと知っていく。
ある日、セルジュがレイアを見つめて言った。
『君はつらくないのか。他人の闇を引き受けて』
レイアは小さく笑う。
『つらい時もあるけど、やらなくちゃね。やれることがあることに感謝するようにしてるんだ。何もしないままで、人は生きてはいけない』
そう言いながらも、その時既にレイアは疲弊しきっていた。抱えた闇は重く、自分のせいで騎士は傷つき、戦いに終わりは見えない。守ってもらっている以上、先に弱音を吐くわけにもいかず、魔女としてどうあるべきか相談できる相手もいなかった。
『君は何もかもを背負いすぎだ。本心を隠したまま、無理をするな』
驚いて見れば、セルジュは少し眉根を寄せて、真剣なまなざしでこちらを見ていた。心配しているのだと、その瞳が伝えていた。
『少しくらい、本音を言ったらどうだ』
『……そんなこと、言えない』
『なぜ』
『だって私は魔女だから。魔女はいつも冷静でいなくちゃいけない。感情的な反応をしちゃいけない。私がどれだけ気を付けていても、皆は私を恐れてる。私の力は、命を奪うことができるから。私が戦争に利用され、凶器になってしまわないか、皆不安なんだ』
敵に向かって闇を解放すれば、どれほどの被害をもたらすだろうか。国内の過激派は、はじめはレイアの力を利用しようとしていた。だが言うことをきかないレイアに対して方針を変えた。思い通りにならないのなら、敵の手に落ち利用されてしまう前に、始末したほうが良いと彼等は判断した。今はまだ少数だが、その考えは周囲に影響を及ぼしつつある。危険な力を抱えたレイアをこのまま守って本当に大丈夫なのか、不安と恐怖が騎士達の中でも少しずつ膨らんでいるのを、レイアは感じていた。
『君は利用されないし、凶器にもならない』
『……どうして?』
『俺が守るからだ』
『…………』
その言葉は、レイアの心に強く響いた。レイアは泣きたいような気持ちに胸が苦しくなって、どうしていいのか分からず、困ったような顔をしてセルジュを見ていた。
『あなたは私が怖くないの?』
『君は魔女だが、人間だ。怖いわけがない。つらいならつらいと言え』
『……優しいんだね、セルジュ』
それから、レイアはセルジュの前でだけ、正直な気持ちを吐露するようになった。いつしか二人は、魔女と護衛騎士という関係を越えて、深い絆で結ばれていった。つらい、怖いとレイアが泣けば、セルジュは黙ってレイアを胸に抱き、落ち着くまでずっと側にいてくれた。
レイアにとって、セルジュは心の拠り所となっていた。しかし王国の状況は悪化するばかりで、セルジュはレイアを守って度々負傷した。
何度目かの大怪我をして、肩と胸に包帯を巻いたセルジュが、ベッドで上体を起こしていた。レイアはベッドサイドの丸椅子に座って、唇を噛んで泣くのを堪えていた。だが結局、堪えきれずに涙が頬をつたう。
『泣くな。大したことない』
『……あるよ。もう嫌だ。セルジュが傷つくの、見たくない。騎士をやめて』
『やめれば、君の側にいられなくなる。君を守ると誓った。絶対に離れない』
『このままじゃ、いつか死んでしまう』
恐怖で涙が次々とあふれていく。セルジュは手を伸ばしてそっとレイアの涙を拭ってくれた。
『……君が前に話してくれた、魂は還り、生まれ変わるという話は、本当なのか。魔女はその魂の記憶を、覚えていると』
レイアはそう教わった。遠い昔の記憶を持つ魔女に。大聖堂の聖女達もその教えを信じている。本当にそうなのかどうかは、レイアにはまだ分からない。だが疑ってはいなかった。
レイアがうなずくと、セルジュは小さくほほえんだ。
『もしも命を落としたら、未来では君が見つけてくれ』
美しい瞳でそう言われ、レイアは胸が張り裂けそうになって、首を横に振った。
『セルジュにはもう、私に関わって欲しくない。こんな怪我、してほしくない。もしも未来で記憶があっても、私は離れてセルジュを見守る』
『……俺が君を見つけられなくてもいいのか』
『いいよ』
『君を知らないまま、他の誰かを選んでも?』
『いい。セルジュが幸せならそれでいい』
『…………』
セルジュは大きく溜息をついた。眉間には深い皺。
『……むかつく』
レイアの涙も思わず止まる。セルジュはどうやら本気のようだ。レイアには訳が分からない。
『何で』
『君が本当に俺を好きなのか、疑いたくなる』
そう言ったセルジュはなんだか拗ねているようだった。レイアは泣き笑いになって、ベッドの上にあったセルジュの手に、自分の手を重ねた。
『好きだよ。だから、セルジュに傷ついて欲しくない』
『傷つくのは怖くない』
『私は怖い』
『俺は君と会えない方が、よほど怖い。その気持ちを、無視するのか』
『……だって――』
『君がどんなに離れようとしても、いつかは決められた道に戻ると信じる』
セルジュは重なりあっていたレイアの手に、指を絡めてくる。しっかりと手を繋いだまま、セルジュは体を動かしてレイアに唇を寄せた。
そうしてセルジュは、レイアをまた泣かせるのだ。
『互いに別の人生を歩いていたとしても、最後にはきっと君を好きになる』




