聖女の祝福 02
セルジュの苛立ちは、騎士団に到着してからも続いた。
「セルジュ、お前も出ろ」
「……は?」
会った瞬間に、ジェラルドにそう告げられ、セルジュは思わず眉間に皺を寄せた。
「クィンは毎年レイアを指名する。お前は自分以外の男に、レイアの口づけを許すのか」
「……クィンは辞退すると」
「それではつまらんだろう。辞退など許さん。お前が出て、阻止しろ」
「…………」
ジェラルドは完全に面白がっていた。それが分かるから、セルジュの顔には、おそらく隠しきれない感情が滲み出ていただろう。それを嬉しそうに、ジェラルドはにやにやと笑って眺めている。
「お前もたまには本気を出せばいい」
「……分かりました」
ジェラルドがこういう顔をして言い出したら、どうやっても逃れることはできないとセルジュは経験上知っている。おもちゃ扱いされることに対する怒りは視線で伝えてから、セルジュは踵を返した。
手続きに向かえば、既にジェラルドから連絡がきていると言われ、セルジュは思わず舌打ちをする。不機嫌な顔を間近で見せられて、手続きを担当する騎士二人は青ざめて息を呑んでいた。
闘技会は、騎士団の屋外修練場を使って行われる。細かい雪がちらちらと舞う中、初戦から四回戦までは、修練場をいくつかの区画に分け、複数の試合を同時に進行していった。
六十人以上の参加騎士達の中、初戦から淡々と勝ち上がったセルジュは、三戦目でテオフィルと当たった。対戦表を見ていなかったのかテオフィルは、セルジュを見て目を丸くしていた。
動揺するテオフィルには構わず、試合開始の号令と共にセルジュはテオフィルに斬りかかった。テオフィルも身のこなしは素早かったが、それを上回り、かつ彼より身長の高いセルジュの間合いに入れずに苦心していた。ある程度テオフィルの動きに慣れてからセルジュは、迷いなくテオフィルとの距離を詰めて、彼の頸動脈へサーベルをぴたりと寄せた。
試合終了の声が掛けられ、セルジュはテオフィルから離れ、一度会釈をしてからその場を去る。テオフィルは呆然としていて動かなかった。
次の試合まで待機するために、用意された休憩場所へ向かう途中、レイアが青い顔をしてセルジュの道を塞いだ。
「セルジュ、何で出てるの」
「……殿下の気まぐれだ。拒否権はない」
「…………」
ジェラルドの指示だと分かって、レイアもそれ以上は何も言えなくなったようだ。
「……テオを見るつもりが、セルジュが出てきたから、心臓が止まるかと思った」
テオフィルと同じで、レイアも対戦相手までは確認していなかったらしい。
「テオもショックを受けたみたいだったし」
「……君もテオフィルも、俺が戦えないとでも思っていたのか」
少々苛立ちを込めてそう言えば、レイアは困ったように少し笑う。
「そういうわけじゃないけど。テオも去年はもっと良い成績だったんだよ? セルジュは今まで一度も出たことがなかったのに」
「……望んだわけではないが、出るからには勝つ」
溜息と共にそう答えて、セルジュがレイアの横を通り過ぎようとすれば、レイアが慌ててセルジュの腕を取った。
「セルジュ。絶対に無理はしないで」
見れば、レイアは小さく眉根を寄せて、思いつめた様子でセルジュを見つめていた。その表情から、セルジュを本気で心配している様子が伝わる。
「……分かった」
そう答えると、レイアはセルジュの腕からその手を離した。それ以上は何も言わなかったが、レイアの表情は、晴れることはなかった。
そのままレイアとは別れ、その後もさらに一試合に勝利して、セルジュは準決勝を迎える。相手はクィンだった。
「殿下からお声が掛かったとレイア様から伺いましたが。正直、意外でした」
セルジュを前にして、クィンはさらりと言う。
「ここまで勝ち上がる程お強いのなら、なぜ今まで出場されなかったのです」
「……趣味じゃないからだ」
「この闘技会は、訓練も兼ねていることはご存じでしょう。強い者が模範とならねば」
「悪いが俺は、君ほど真面目ではない」
セルジュはそう言って、審判員を務める騎士に視線を送る。
「おしゃべりは終わりだ。さっさと始めろ」
号令が掛かると、クィンはサーベルを真一文字に構える。セルジュは遠慮せずに斬りかかった。
クィンは正面を向いたまま一歩ひき下がり、刃の中央でそれを受け、力任せに押し返してきた。腕力では圧倒的にクィンに分があった。押し返されてバランスを崩した瞬間、上方でぶわ、と風を斬る音。はっとして避ければ、振り下ろされたクィンのサーベルが、地面に叩きつけられていた。
間一髪で避けたセルジュを見て、クィンは口元に笑みを浮かべていた。セルジュの血が、沸騰するように熱くなる。単純な闘争心に火がつく。
クィンのサーベルがしなるようにして再び目の前に振り下ろされた。セルジュは反射的に右腕を動かし、サーベルの腹で受け止めた。クィンは軽く地を蹴ってセルジュから離れる。
攻撃を防いだ右手に、痺れが走った。セルジュは舌打ちをして、走り出す。両手で持ったサーベルの先が地を這い、間合いに入ったところで天に向かって流れるような弧を描いた。
クィンのサーベルがそれを受け、激しく金属音が響く。続いて何度も刃がぶつかり合う。セルジュよりも大きな体をしているくせに、クィンは打ち合うたびにスピードを上げた。
やがてクィンの一撃が、セルジュを捉えた。防ごうとしたが、予測よりも速く、それはセルジュの右脇腹を激しく打った。
真剣なら、肉が断たれていた。だがその代わりに、骨と内臓にまで衝撃がくる。一瞬姿勢を崩したセルジュは、すぐに体勢を立て直してサーベルを構えたが、審判員を務める騎士が声を上げ、それを止めた。
この闘技会の目的はあくまで士気向上や鍛錬であり、戦闘不能になるまで戦うものではない。仕方がなくセルジュは右腕を下ろした。
腹の底からこみあげる感情を抑え、クィンから距離をとり、終了の礼をとる。顔を上げれば、クィンの目には喜びが満ちていた。
「良い戦いでした。またやりましょう」
「……断る」
忌々しげに答えてから、セルジュは背中を向けた。
屋外修練場から離れ、人気のない回廊に来たところで、セルジュは立ち止まった。屈辱感が、重く疼く。セルジュは石壁に、こぶしの側面を思い切り叩きつけていた。




