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聖女レイア 02

 レイアとの結婚から二週間程が過ぎた頃、セルジュは王宮から呼び出しを受けていた。使者の差し出した封書には、王女の印璽が押された封蝋があり、さすがのセルジュも無視することができなかった。


 今年で十一歳になったアンジェリーヌ王女は、セルジュとは従兄弟にあたる。セルジュと同じ、薄い金色の髪と澄んだ空色の瞳をしたこの愛らしい少女は、幼い頃からなぜかセルジュを好んで、懐いていた。


「セルジュ!」


 王女のための大広間にセルジュが姿を現した時、アンジェリーヌは一人掛けのソファから立ちあがり、表情を明るくした。


「アンジェリーヌ殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」


 アンジェリーヌが差し出した手をとって、頭を下げたセルジュが姿勢を正すのを待ってから、アンジェリーヌは待ちかねたようにセルジュに抱きついた。


「会いたかった!」


 ちょうどセルジュの腹部に顔を埋めるようにしてからアンジェリーヌは、驚いたようにその身を離した。


「セルジュ、痩せたわ。体調が悪かったと聞いていたけれど、まだ良くないの?」

「……いいえ、もう大丈夫です」

「顔色も悪いわ。結婚したのでしょう? レイアと。幸せではないの?」

「彼女を、ご存じなのですか」


 「アシュレ家の令嬢」ではなく「レイア」と言われたことにセルジュが反応すると、アンジェリーヌはにっこりとほほえんだ。

 アンジェリーヌはそのままセルジュの体から両腕を放して、彼女のための最高級のソファに戻る。従者がその隣で紅茶を淹れている。セルジュもアンジェリーヌの前のソファに座った。


「もちろん知っているわ。レイアは聖女ですもの。お兄様が騎士団の騎士長に就任してから、ときどき騎士団に遊びに行くの。騎士達は男性ばかりでつまらないから、聖女の皆さんとお話しするのよ。セルジュは騎士団にはちっとも顔を出さないし」


 聖リティリア王国の貴族として、一応はセルジュも騎士に叙任されている。それは第一王子に騎士長の地位が用意されたのと同じで、公爵家の嫡男だからそれなりの地位を与えられているだけのことだ。

 しかしセルジュはアンジェリーヌと違って、用もないのに誰かとおしゃべりをするような性格ではない。レイアと同じ騎士の制服に腕を通した回数も、それ程多くはない。当然、レイアと知り合うこともなかった。


「特に呼ばれないので」

「もう、いつもそれね。お兄様に言いつけておくから」

「それは困りますね」


 とは言いながら、セルジュはさして表情も変えずに、紅茶の入ったティーカップを手に取る。ベルガモットの香りがふわりと漂った。


 アンジェリーヌは怪訝な表情をしながら、セルジュをのぞきこむ。


「ねえ、レイアと結婚したのよね?」

「どうやら、そのようです」


 セルジュがいかにも興味がなさそうに答えると、アンジェリーヌはその大きな瞳でセルジュを咎めるように見つめ、非難の声を上げた。


「セルジュったら、どうせちゃんとお話ししていないんでしょう? ちゃんと向き合って、彼女を見なくては駄目よ」


 まさか十一歳の少女に説教をされるとは思っておらず、セルジュは苦笑した。


「機会があれば、いずれ」


 そんな機会は来ないだろうとセルジュは内心で思っていたのだが、アンジェリーヌは思いのほか食い下がった。


「セルジュ、レイアを悲しませたら許さないから」


 その熱意を不思議に思って、セルジュはティーカップを戻した。


「どうしてそれほど彼女をお気に召したんです。聖女は他にもいるでしょう」


 するとアンジェリーヌは「え!」と声を漏らして、見る間に頬を赤らめたのだ。


「だって、レイアって……。格好良いんだもの!」

「…………」


 思わず眉間に皺が寄った。セルジュのその視線に気づきもせず、アンジェリーヌは両手を頬にあててうっとりとしている。


「レイアって、すてきなのよね。物腰柔らかで爽やかだし。すらっと姿勢が良くて、騎士の制服がとっても似合ってるの。セルジュと一緒だと余計に絵になるわ」

「……まさか、それだけですか」


 信じられないという気持ちを露わにセルジュが言うと、アンジェリーヌははっとして首を横に振った。


「も、もちろん違うわよ! レイアは、聖女としてもすごく優秀なのよ。だからわたくし、お願いがあってセルジュを呼んだの。レイアと、カルタールへ行ってほしいの」

「……は?」

「レイアの力を借りたいの。お願い」


 突然巻き込まれて、訳が分からないと、セルジュは首を横に振る。


「彼女の力を借りるため? 大聖堂に依頼すれば良いでしょう」

「だってわたくしの個人的なお願いだから」

「では彼女に直接頼めば良いでしょう。なぜ私が一緒に?」

「二人には仲良くなってほしいから」

「…………」


 セルジュは、肘置きにあった一方の手をあげ、指先で目元を押さえた。


 このお姫様の我侭を、何と言って断ろうかと思っていると、部屋にノックの音が響き、扉の側に控えていた従者が確認のためにそこを開けた。


「レイア・フランクール様が到着されました」


 従者の声にセルジュは驚き、顔を上げた。信じられない思いでアンジェリーヌを見れば、嬉しそうな顔をして「早く入らせて!」と従者をせかしている。


「アンジェリーヌ殿下、ただいま参りました」


 春風のような爽やかさで現れたレイアは、立ちあがったアンジェリーヌに、親愛を込めて膝を少し折った。

 アンジェリーヌが座ったのを確認してから、レイアはセルジュの方を見て、にこりと笑う。


「セルジュ、久しぶり。顔を会わせるのは三日ぶりかな?」


 ちっと内心で舌打ちをする。すぐにアンジェリーヌが反応した。


「三日ぶりって、どういうこと?」

「彼も私も、それぞれに忙しかったので、すれ違っていたのです。こうして良い機会を与えてくださって、感謝いたします」

「そうだったの。良かったわ!」

「それで、如何いたしましたか」

「あのね、突然なんだけど……。レイア、わたくしのお願いを聞いてくれる?」


 妙な方向に転がりだした話に、セルジュは今一度眉間を押さえ、深く溜息をついた。

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