8.面会
サエラは自分の部屋に戻り、ディックとシェーンが騎士団の今後の対策案について話していると二人の前にフィアナが訪れた。
「こんにちは、ディック隊長。いつも姉さんがお世話になっています」
「おお! フィアナじゃないか久しぶりだな。サエラもそうだがフィアナも会わないうちに随分と綺麗になったじゃあないか! 噂に名高い美女三姉妹もここまで綺麗になれば誰もが放って置かないだろう。どうだ、フィアナもお見合いをしてみないか? 彼氏の一人や二人を作ってもいい年頃だろ!?」
それを横で聞いていたシェーンは顔を引きつかせ、腕をプルプルと震わせていた。
「ディック隊長、フィアナに用でもない事を吹きこまないで下さい」
「用でもないって事はないと思うぞ! シェーンがお見合いを全滅させたとなれば、次はフィアナにお見合いの話が確実に来るだろう。それに数年すればサエラにも来るのは間違いない。その前にこっちから先手を打ってだな!」
自信有りげに説明していると、フィアナが和やかに話しだした。
「心配しなくても大丈夫ですよ。私も姉さまと同じでお相手は自分で探しますから、それに私にも気になる人はいますので、お見合いはいたしません」
ディックは少し驚きの顔を見せ、シェーンは口を開け目が点になった。
「そうか、好きな相手がいたのか? そうかそうか、それならその事を貴族に流せば俺にお見合い話しを持ってくる輩はいなくなるかもしれんな」
ディックが独り言のように話していると、シェーンが慌てだし喋りだした。
「お、男に内向的なお前が、いつの間にそんな相手を見つけたんだ? 私は知らなかったぞ! どこの誰だ? 相手は貴族なのか? もう付き合い始めているのか?」
あたふたするシェーンにフィアナは微笑みながら言った。
「もう、姉さんったら、付き合ってもいないし貴族でもないわよ。それに内向的って言われるほど私は内向じゃないわ、姉さんが心配しすぎなのよ」
「そっ、そうなのか? し、しかしだな、相手と付き合うとなったら私も知っておかないといかないと思ってだな」
それでもシェーンはおどおどと話し続ける。
「もう、姉さんはいつまで私の保護者でいるつもり? 私はいつまでも子どもじゃないし、恋の一つや二つもするわよ」
「そっ、そうなのか? 恋の一つや二つ、って、今まで私の知らない間に付き合った男がいたのか?」
手を頭に当て落ち着きがなくなっているシェーンに、フィアナは会話にならないと溜息をつき、話し相手をディックへと変えた。
「それよりディック隊長。今日の本来の目的は雑談をしに来たのではないのでしょ? お目当てのお相手は二階で不安になりながら首を長くして待っているかもしれませんよ」
「ああー、そうだった。今から会にいくか」
フィアナに言われ、本当に忘れていたのか慌てて席を立った。
「部屋まで案内しますね。姉さんも同席するの?」
「う、うん、そっ、そうだな…… 私も同席する」
シェーンも本来の目的が頭から離れていたのか? フィアナの相手の事で頭が混乱したのか? 声を掛けられると我に返ったかのように戻った。
フィアナは部屋に着くまでに俺の事について話を始めた。
「ディック隊長、今から会う彼の名前はアシルといいます。私は彼と話をしていますが個人の事情については今は何も訊いていません。それでお願いなのですが…… 彼が話したくないことは無理に訊かないでほしいのですが…… ダメでしょうか?」
フィアナは申し訳なさそうに言うと、ディックは微笑み優しく応えた。
「そんなに心配することはないぞ。彼と合うのは任務としてではなく個人の都合だ。もちろん重要な情報があれば上にも報告はするし活用もするつもりだが、言いたくないことを無理に訊こうとは思ってはいない」
「そうですか、お願いします」
ホッとしたフィアナは部屋の前に着くとドアを開け先に入る。そして俺にディック隊長が来ている事を話すと、二人を部屋の中に入れた。
ディックは部屋に入ると俺を見るなり優しい口調で話しかけてきた。
「初めましてアシル君。私はディック・スタントンだ。この国では騎士団長を務めていてシェーンの上官でもある。キミとは是非とも話しがしたくてね。怪我が治っていないときで申し訳ないが、目が覚めたと聞いて半ば強引にお願いしていたんだよ。色々と訊きたい事もあるんだが、話しの途中で言いたくない事があったら無理に話さなくてもいいから宜しく頼むよ」
「あなたのことは聞いています。俺も助けてもらって何も出来ない分、情報提供ぐらいはしますよ」
「そうか、前向きな意見で助かる」
ディックは喜び、俺も緊張気味に微笑んだ。だが、ここに運ばれて来てフィアナと話しているうちに曖昧な記憶がいくつもハッキリとしてきた。会話の中でキッカケとなる言葉が出れば記憶が浮び上がる感じだと実感した。
実際、フィアナから渡された何冊かの本に目を通したら、最初は読めなかった文字が自然に読めるようになり、知るはずのないこっちの世界の生活習慣が覚えていたかの様に頭に入った。
もっとアシルの記憶を確実に思い出すには、色々と見たり話しを聞くのが一番手っ取り早いと俺なりの判断でもあった。
「そしたら私は外に出ます。内密な話しになるのでしょ? もし何かあったら呼んで下さい」
隊長との軽い挨拶が終わると、フィアナは不安そうな顔をしながら部屋から出ようとした。
「出て行くのか? 別に気にしないぞ! 逆にアシル君のためにも居た方が良いと思うのだが? さっきも言ったが、今回の私は個人の都合で来たんだ。仮に内密な話になっても、ここだけの会話にしにしておけば良いだけの話しだろう。アシル君も彼女には居てもらった方が良いのだろ?」
ディック隊長がフィアナを止めると俺の方を向き、二人姉妹に気づかれないように右目をウインクして合図を送ってきる。
「あっ、えっとー、俺もフィアナに居てもらった方が助かるけど…… ダメかな?」
ディック隊長の合図に俺も合わせて対応した。ここに運ばれて来てからまともに話した相手はフィアナだけだ。俺自身もフィアナには正直、居ていてほしかった。
「私もかまわないぞ、今いなくても後で話すつもりだからな。だったら最初から居た方が良いだろう」
シェーンも同意権を言うと、フィアナは照れながら頭をかく。
「それなら、居るね」
「よしっ、そうと決まれば話しを進めようか、アシル君には伝える事もあるしな」
仕切り直しをしたディック隊長は、横の椅子に座るとシェーンとフィアナは椅子の後ろへと立った。
「最初に訊きたいのは、アシル君はどうやってここまで来たのかと言うのと、そして、どういう経路で来たのか知りたい。教えてもらえるかい?」
ディックは真剣な眼差しで訊いてくるが案の定、一番記憶にない事を訊かれてしまい頭の中が真っ白だ。
「えっと、ですね……」
言葉に詰まっていると分かっていたか助け船が入ってきた。
「すいません。今の彼は一部記憶を無くしていると言うか、記憶が所々途切れています。無理に追及するのは止めて下さい」
不安そうな顔つきで話してくるフィアナ、それを察してディックも分かったのか素直に身を引いた。
「そっか、そいつはすまなかった。まだ会いに来るには早かったか……」
「すいません。覚えている事があまりにも少なくて…… 何かのキッカケで思い出す事が多いのですが……」
「キッカケかー、そう言われても俺にはわからんなー、せめてここまで来た経路だけは知っておきたかったのだが、まさか創魔機で来たってことはないか?」
「そう…… まき……?」
その言葉で頭の中である記憶が甦った。
人型の機体を操縦しているアシル、その機体ごと崖から落ちていく記憶。
「ダメだ!!」
記憶の一部が頭に過ぎり思わず大声で叫んだ。
「おい! 大丈夫か?」
「アシル、大丈夫!!」
ディックが声を掛けたと同時にフィアナが横に歩みより、摩るように俺の背中に手を当ててきた。甦った記憶に冷や汗が額に滲み出る。
「そう…… まき…… 確か…… 創魔機を使ってここまで来た…… 壊れてれ動かなくなって…… 後は歩いて来たと言うより…… 途中で川に流されて川辺に何とか這い上がって、横になっていた所を助けられたと言った方が正しいのか?」
「何!? やはり創魔機で移動していたのか!! 創魔機乗りだとしたらキミはダロウィン騎士団の一員じゃないのか?」
「騎士団? いや、俺は騎士団じゃない創魔機の正式な乗り手でもない」
「創魔機の乗り手じゃない?」
俺の言った事にディックは不審な顔つきになった。
「俺は…… 何で乗っていたんだ?」
「そうなのか? 乗り手じゃないのか? まあ、そう焦ることはない。その事は後にして、アシル君、キミがダロウィンから来たとすると、この国に辿り着いたのがあまりにも早いのだよ。ここまで来た経路は思い出せるかい? 」
「経路……?」
さすがにそこまでは思い出すことはできなかった。
「すいません。思い出せません」
「そうか……」
ディックは腕を組み溜息をつくとシェーンが訊いてきた。
「創魔機で移動して来たのなら山脈越えをしていないか?」
「山脈越え?」
その質問に答えたのは俺ではなくディック隊長だった。
「はい、私はダロウィンに何回か行った事があります。その時に訓練の一環でテレスト山脈を越えています。通常の道で迂回するよりも創魔機で山脈越えをした方が早く辿り着くのは確かです」
「そうだが、お前は雪の無い時に山脈越えをしたのだろう? だが、この季節だとあの山脈は多くの雪が残っている。それでも創魔機で越えるのは可能なのか?」
「そう言われると危険度は高くなり、超えるのは無謀かもしれません」
「だろうな」
振り出しに戻り悩む二人をみていると、微かな記憶が浮かんだ。
「山脈越え…… 洞窟…… あっ、洞窟を通って来た」
「洞窟? あの山脈にそんな洞窟があるのか? 今まで聞いたこともなかった。どこにあるんだ?」
ディックは俺の言った事に驚いていた。
「場所は……」
思い出せない。何故か記憶が拒絶しているかのように感じる。口から出た洞窟も本当にあるのかどうかも俺でさえ疑問だ。そんな事を知らない二人は次に出る俺の言葉を待っているが、もう一人は心配したのか間に入って来た。
「ディック隊長、今日はここまででも良いですか?」
俺以上に不安そうな顔でディックに話し掛けるフィアナ。その表情にディックも押されたのか、右手で頭を掻き出した。
「記憶が戻っていないのなら、無理してもいけない。今日はここまでにしておくか」
椅子から立ったディックは別れの挨拶に手を伸ばしてきたが、何かを思い出したのか明るい顔つきになった。
「そうだ! キミは魔法使いでもあるのだろ。翼はかなりのダメージをおって原型がないと聞いたが、翼の色は蒼で間違いないのだろ?」
「えー、間違いないですよ」
翼に関しては、はっきりとした記憶があった。
ディックは翼を再確認すると更に笑みを溢す。
「そうかそうか、実は俺も蒼の翼で十枚持ちなのだが、アシル君は何枚なんだい? 八枚ってところかな?」
「いえ、十二枚ですけど」
「……えっ!?」
ディックは驚き言葉が詰まったが、後ろに立っていたシェーンとフィアナも驚きの表情をしていた。
「本当に十二枚なのか?」
「えー、そうですけど、何か変な事でも言ったかな?」
「い、いや変な事は言ってはいないぞ…… そっ、そうだ! アシル君、ダロウィンの状況を知りたくはないか?」
動揺を隠せないディックは話しをそらしたが、ダロウィンと言われ、俺の顔は真剣になった。その表情を見たディックも真剣な眼差しで俺を見る。
「わかっている事はまだ少ないが、生き残ったダロウィンの国民が避難をしてアリスト王朝と、この国、オルシアン王国に流れて来ている。もちろん両国は難民救助として受け入れ態勢に入った。まだ空いている地域を開放して移住区を作る決定も出たところだよ。それでアシル君、キミも難民としての扱いになるのだが、怪我が治ったら新しくできる移住区に移動してもらう事になるが良いかな?」
「俺のことはどういう扱いでもいいです。何も出来なかったのだから」
何故か悔しさが込み上り両手でシーツを握りしめた。その姿を見る三人も気持ちが伝わるのか辛い表情となっていた。
少しの間、沈黙が続いたが最初に口を開いたのはフィアナだった。
「少し休ませてもいいですか?」
「うん、そうだな。俺も席を外すとしよう。シェーン、一緒に来てくれ。フィアナはアシル君と一緒にいるのだろ?」
フィアナは頷く。
「そうか」
一言いうとディックはシェーンと部屋を後にした。