3.三姉妹
「お帰りなさいませ。シェーンお嬢様」
「ただいまセーレ。最近、朝帰りが多くてすまないね」
朝、人々が日々の活動を始める頃、騎士団の徹夜明けで屋敷に帰ったシェーンは疲れた様子を見せることはなく正装姿のまま、踊り場で中年のメイドに出迎えられていた。
「今日も支度が整い次第、出られますか?」
「いや、私の緊急配備は終わったよ。不本意だが今日から休暇になった。昼食は家で食べるから頼む」
「そうですか、わかりました」
シェーンはこの一週間近く、緊急警戒で家にはまともに帰っていなかった。帰ってきたとしても、簡単な身支度をして直ぐに国境の警備に出ていたのだ。
そんな慌ただしい警戒配備からも離れ、気が楽になったのか、メイドの問い掛けにシェーンは笑顔で答えていた。メイドもまた、ホッとしたのか笑みを溢す。
「ところで、フィアナはどうしている?」
「はい、今もお嬢様が連れ帰ってきた男性の看病でお部屋におられます」
「そうか、なら私も様子を見るとするか」
「お嬢様、お着替えは?」
「後で仮眠を取るつもりだ。そのときで良い」
「かしこまりました」
メイドが一礼をして下がり、シェーンは二階へ向かおうとすると、階段の最上段から歓喜の声で呼ぶ声があった。
「お姉様!!」
幅広い階段の端から、一人の女の子が軽やかな駆け足で降りてくると、シェーンの前で立ち止まった。
「お帰りなさい。お姉様」
お姉様と呼ぶ女の子は笑顔で挨拶をした。髪はシェーンと同じ銀髪で、背中まで伸びている髪はツインテールで纏めている。そのせいか、顔つきは整いる綺麗さもあるが、幼い雰囲気を醸し出していた。
その少女は、スタイルのバランスも均等に整っていて、後三、四年すれば周りの男性がほっておかないくらいの美人になるだろうと身近にいる者は誰もがそう思っていた。
「ただいま、サエラ」
「お姉様、また直ぐに出掛けるの?」
最初の笑顔から少し寂しそうに聞くサエラに、シェーンは優しく微笑み彼女の頭を撫でた。
「いや、暫く休暇をもらったよ」
「ホントに! それなら一緒に買い物に行きましょうよ。お姉様と一緒に行くのを楽しみにしてたの!」
「あぁ、勿論良いよ。一緒に出掛けるのは久しぶりになるな、買い物でも何でも付き合うよ」
「本当に? 良かった。それなら今日の昼食も一緒に食べましょう?」
「あぁ、良いとも、それより今から出掛けるのかい?」
サエラが学院の登校以外に朝早くから出掛けるのが珍しく、シェーンは不思議そうに右手の指先を顎に当てながら訊いた。
「そうよ! フィアナ姉さんに頼まれたの、今から誰かさんが連れて帰ってきた怪我人の薬を買いに行くのよ。まったく朝から人騒がせな怪我人だわ!」
「そ、それは、すまなかったね」
嫌みを込めて頰を膨らませながら怒るサエラに、シェーンは自分が事の原因を作ったのだとわかり苦笑いで返事をした。
「この埋め合わせはしてもらうからねー」
「わかった、わかった。だからそう邪険にするな」
サエラにも迷惑かけたと思ったシェーンは、反論するわけもなく諦めた口調で言った。
「それじゃー、行ってきます」
「あぁ、気を付けて行くんだぞ!」
「はーい」
サエラは小走りに手を振りながら、玄関先に迎えに来ていた馬車へと乗り込み、シェーンは二階に上がると来客用の一室へと向かった。
「あら、お帰りなさい。姉さん」
椅子に座りながらベットの横で本を読んでいた女の子が、部屋に入ってきたシェーンに気づき声を掛けた。
「ただいまフィアナ、あれから彼の様子はどうだい?」
シェーンの問いにフィアナは本を閉じて立ち上がると、ベットで寝ている男の子を見ながら微笑みを浮かべた。
歳はシェーンより二歳年下だが服装から落ち着いた雰囲気があり、綺麗な顔立ちに優しげな目元、スタイルから大人の雰囲気が出ている。長い金髪を両手で搔き上げると、寝ている男の子の額に手を当てた。
「峠は越えたわ、今は落ち着いてよく寝ているわよ。この様子なら怪我は二、三か月で治ると思うけど、どういうわけか魔力の回復がとても遅いのよ。このままだと魔法を使えなくなる可能性があるわね」
額に手を当てたまま、浮かべていた微笑みから不安な顔になっていた。
「そうか、あの翼の負傷なら魔法が使えなくなる可能性もあるのか? それで、目は覚ましたのか?」
「まだ一度も目を覚ましていないわ、峠を越えてもそろそろ目を覚ましてくれないと今度は衰弱で命に関わるのだけど、姉さんが私の所に連れて来たのは正解だったかもしれないわね。国立病院まで運んでいたら、多分、彼の命は途中で亡くなっていたと思う」
フィアナは寝ている男の子の顔を見つめたまま話す。
「そうだったのか? 治療と考えたら神聖魔法の分野を知っているフィアナしか思いつかなくて慌てて連れ帰って来ただけだが、そこまで命が危なかったとは思ってなかったな?」
「彼を連れ帰ってきたときの姉さんの慌てぶりも凄かったわね」
フィアナは何かを思い出したかのように、右手を軽く口に当て、クスクスと笑い出した。
「おい、助けたい一心で運んできたんだぞ! 笑うことはないだろう」
「ごめんなさい。あんな落ち着きのなかった姉さんを見たのは久しぶりだったから」
フィアナは舌を出してお茶目な顔で誤魔化した。
「彼のことはフィアナに任せる。私は昼まで仮眠を取るが、もし目が覚めたら教えてくれ訊きたいことが色々とあるからな」
「えぇ、わかったわ。でも寝起きの病人にいきなり質問攻めは良くないわね。彼が起きたら私が少し話をするから、その後にしてくれない?」
「そこは任せた」
シェーンは一言いうと部屋を出て自室へと戻った。フィアナは椅子に座ると、閉じた本を再び開いて読書を再開した。
空は雲一つなく晴れ渡り、太陽が高い位置に上る頃、シェーンは外出から戻ってきたサエラに昼食だと叩き起こされ、白い寝衣のまま右手で眠い顔を擦りながら食堂へと足を運んだ。
「もう、お姉様ったらはしたない! 着替えくらいすればいいのに」
「別にかまわないだろ、身内しかいないんだし」
注意を促すサエラは普段着でも身支度はしっかりとしているが、シェーンは口をモゴモゴさせながら、どうでもいいかのように椅子へ座った。その姿は騎士のときとは明らかに凜々しさがなく、どこにでもいるような少女のようだった。
「お姉様は私の憧れなの! 私も立派な魔法騎士になって、お姉様のように王宮騎士団に入ることを目指しているの! なのに…… こんなお姉様なんて見たくもないわ」
「あぁー、何だ? 私はそんなに立派な人間じゃないぞ、それに騎士団に入っても気を使って疲れるだけだ。サエラならもっと別の道があるだろう?」
サエラはシェーンに憧れている。小さいときから何でもやりこなすシェーンを見ては、自分も追いつこうとできることを頑張っていた。その努力はシェーンも知っていたが、自分自身を目指すよりも、サエラは他にやりたい事があるだろうと、シェーンは思っていた。
「いいんです。とにかく今の目標はお姉様なの! 近いうちに驚かせてあげるもんねーだ!」
「それは威勢のいいことを言うな、それなら楽しみに待っているとしよう」
口をイーっとさせながら意地を張るサエラに、笑い流すシェーンは、テーブルの上に置かれていたディナーベルを鳴らしてメイドのセーレを呼んだ。
「セーレ、すまないが寝起きであまり食べられない。昼食は軽い物にしてくれないか?」
「わかりました」
シェーンの言うことに素直に聞き入れるメイドのセーレだったが、お辞儀をした後に言葉を返してきた。
「ところでお嬢様、屋敷といえども身支度はしっかりとなさって下さい。クレスタ家の現当主が昼食に寝衣などと有ってはなりません。もっと日頃から気構えをしてもらわないと困ります」
「わ、わかったよ。次からは気を付けるとしよう」
無表情に話すセーレにシェーンは顔を引き攣かせながら答えた。
セーレはシェーンの幼いころから専属でお世話をしているメイドで、シェーンのことは大抵知りつくしている。今では屋敷の中でも信頼度は厚く、シェーンも頭が上がらないときがあった。
セーレが隣室に戻ると緊張が解けたのか、溜め息をつくシェーン。それを見たサエラは片手を口に当てクスクスと笑い出した。
「相変わらずセーレには頭が上がらないのね」
「まーね。以前よりも厳しくなった気がするよ。私が一家の主ともなると、そんなに大変なのかね?」
そんな話をしながら二人は昼食を取り始めた。暫くすると、フィアナも二人のいる食堂へとやって来た。
「あら、二人ともまだ昼食を終わらせていなかったの?」
「シェーン姉様と話すのが久しぶりだったから、時間がたつのをついつい忘れちゃって!」
サエラは嬉しそうに言うように、昼食を始めてから時間はだいぶ過ぎていた。
「それよりフィアナは食事をとったのか?」
「部屋で軽く食べたわ、それで紅茶でも貰おうかと思ってきたのだけど…… 私も一緒に良いかしら?」
「遠慮することはないだろう。今、サエラの学院の話を訊いていたんだ。なかなか面白いぞ!」
「学院の話し、私も聞きたいわね」
「へへぇー、三人で食事を囲むなんて久しぶりだね。なんか嬉しいなー」
サエラは嬉しくて二人の顔を見渡す。二人もまた嬉しそうにサエラを見ていた。
「そうだった!」
「何かあったか?」
突然何かを思い出したのか、両手を軽く合わせるフィアナにシェーンが少し驚いた。
「サエラにお礼を言うのを忘れていたわ。ごめんねー、朝から街まで薬を取ってきてもらったのに忘れていたなんて、ありがとうサエラ。貰ってきた薬で彼の体調も大丈夫よ。目を覚ますのも時間の問題だと思うわ」
お礼を言うフィアナだったが、サエラの表情は笑顔から堅くなった。
「それで何なのよ、あの怪我人は? 何で家うちに連れて来て面倒をみているのよ!? いったい誰なの!?」
ムッとした顔からムキになって話すサエラに、シェーンはふと思い出した。
「あっ! 二人には話していなかったかな……? 彼は多分、ダロウィンの生き残りだよ。国境で発見したのはいいが、重症だったのでな、そのまま連れて来た」
「えっ!?」
「はぁー!?」
普通に話すシェーンだったが、フィアナとサエラは驚いた。
「ダッ、ダロウィンって、あの大規模な襲撃があったダロウィン王国のこと?」
「そうだが?」
サエラが唖然としながら訊くが、シェーンは何事もなかったかのように単調に話す。
「何でそんな重要なことを早く言わなかったのよ! 私はてっきりお姉様の騎士団の人が怪我したかと思っていたわ!」
サエラが呆れた口調で言った。
「そんなに重要なことだったのか?」
「「当たり前でしょ!」」
フィアナとサエラは同時に言い放つと同時に、どっと疲れが出たかのように二人は溜め息をついた。
「お姉様の真面目っぷりは天然なのか相変わらずダメね」
「そうね、いつになったら何が重要なのか、わかってくれるのかしら?」
「どうした二人して? 私が何かしたのか?」
「「 はぁー 」」
シェーンは何もわかってないのか二人の行動を見て疑問な顔をしていた。
その顔を見た二人は、再び同時に溜め息をついた。
「それで、怪我が治ったら彼はどうなるの?」
訊いてきたのはフィアナだった。治療をしていたこともあって今後のことが気になったのであろう。
「そのことについては上層部が決めると思う。その前に彼から話しを聞かないことには、どうしようもないのだが」
「わかったわ! 私は彼の寝ている部屋に戻るわね。目が覚めたら教えるから」
フィアナは話が終わると部屋へと戻った。シェーンとサエラもまた、昼食を終わらせると自分部屋へと戻った。