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2.シェーン・アリオ・クレスタ

「報告は以上です」


 腰まで伸びている長く真っすぐな銀髪の女騎士は、川辺で身に着けていた胸甲の姿から、白を主体とする銀のラインが入った騎士団の正装に姿を変え立っていた。

 向かい側には両肘を机の上にのせ、手を組みながら椅子に座っている男がいる。

 その男に女騎士は国境近辺で起きた出来事の報告終えたところだった。


「御苦労だったな、シェーン」


 言葉を返す男は二十歳後半だろうか、女騎士を『シェーン』と呼び、同じ正装の姿で右胸には部隊長クラスの紋章を付けている。

 机上に置いてある書類を手に取ると、それを見ながら紺青こんじょうの髪の頭をポリポリと搔きながら、やる気のない溜め息をついて口を開いた。


「それとな、今しがたアリスト王朝から連絡が入って来たのだが、例の賊は討伐したと報告があった。向こうの連絡通り賊が全員討伐されたとしてだ、今の報告と照らし合わせると少年と賊は無関係になるのだが…… 疑問が残るな」

「賊とは無関係で他に何の疑問が残るのですか?」


 シェーンが訊き返すと隊長は再びため息をつき、壁に飾ってある大陸地図に顔を向け話しだした。


「いいかぁ、簡単に考えても重傷を負った身元不明の魔法使いが国境にいるのが不自然だ。警戒には他の部隊も当たっていた。探知結界魔法もしてある。それなのに、このオルシアン王国にどうやって入った? そう簡単には入れんと思うぞ! 他に考えられるとしたら、以前から国内にいたことになるのだが…… 傷を負っていたとなると……」


 隊長はシェーンに顔を戻し改めてき直した。


「他に何かなかったのか? 少年が言っていた仲間とか、他に誰かいなかったのか?」

「周辺をくまなく捜索をしましたが、人っ子一人見つかりませんでした」


 きっぱりと答えたシェーンに隊長は頷ずいた。


「わかった! この件に関しては襲撃があったダロウィン王国の避難民として上層部に通達をして意見を仰ぐとしよう。少年はお前の家で治療を受けているのだろ? 意識が戻ったら連絡をくれ、少年と直接話がしたい。俺の知り合いにも少年の情報収集の依頼もするつもりだ。その情報と少年の話を訊けば少しは状況がわかるだろう」


 そして、隊長はもう一枚の書類を取ると、シェーンに手渡した。それを取ったのを確認すると話を続けた。


「それともう一つ、アリスト王朝から別件で連絡が来てな。正直、こっちの方が難問なんだが……」


 書類に目を通し始めたシェーン。


「賊と同時期に漆黒の十六枚の翼を持った魔導師が現れたそうだ。こっちは見つけ次第、捕獲に身柄引き渡しときた」

「漆黒の翼ですか?」


 書類に目を通していたシェーンは、驚いた顔で隊長を見た。隊長も半信半疑の顔でヤル気のない口調で言う。


「そうだ、伝説上にしか存在しない漆黒の翼だとさ。だが、仮に見つけたとしても捕獲は無理だろうな…… 混沌や破戒とも伝わる翼を持った魔導師に、捕獲以前に勝てるとは到底思えない。アリストの騎士団連中が翼の色を見間違えたに違いないと言っている部下もいるくらいだ。向こう側も捕獲には期待してないと思うから無理するつもりはない」


 最後の方は呆れ顔で言っていたが、シェーンは真剣な眼差しで聞き返した。


「しかし、それが事実だとして国内に入られたら危険なことにはなりませんか?」

「そこなんだが、見つけようにも情報は漆黒の翼のみ、この情報だけを頼りに動くとしたら国境近辺の警備を強化する程度しかないな」

「それなら私も準備が整い次第すぐに国境警備に戻ります」


 書類を返して、一礼してから急ぎ部屋を出ようとするシェーンに隊長は笑顔を浮かべながら出て行くのを止めた。


「待てシェーン。今からお前の任務は少年の看病と護衛になる。国境から連れて帰ってきた怪我人の責任は取れよ。これは俺からの命令だ!」


 その言葉にシェーンは血相を変え、ドンッっと両手机上を叩き猛反対してきた。


「警備の方はどうするのですか!?」


 声を張り上げて反論するシェーンに、予想通りの反応だと隊長は楽しんでいるかのように答えてきた。


「国境警備には他の部隊が増援に行ったから心配はするな。それより最近のお前は仕事をしすぎだ。少しは休んだらどうだ?」

「私のことは心配しなくても大丈夫です。自分のことは ジ・ブ・ン が良く知っていますから」


 優しく言った隊長だが嫌味を込めて言い返すシェーン。

 隊長はそんな反応にも笑みを浮かべて机の引き出しから三十枚あるだろう肖像画付きの書類を机の上に出した。


「な、何ですかこれは?」

「見ての通り、お前宛のお見合い書類だな」


 顔が引きつるシェーンに、笑いを堪えながら隊長は続けて言った。


「そう露骨に嫌な顔をするな。元はと言えばだな、お前に何通も届いた見合い話しを断りもしないで、今のいままで無視してきた結果がこうなったんだぞ、お陰で見合い話しが俺の方に回ってきてだな。上層部からも『お見合いだけでもさせろ!』と、うるさくてかなわん」


 そんな見合いの書類から隊長は一枚の肖像画を取ると満面の笑顔で言いだす。


「コイツなんてどうだ? 上層部が推薦する将軍の長男だぞ! 貴族の伯爵で文武両道、性格も温厚で優しい、顔も良いときた。それに将来性も有る優良物件だ。女性からも人気があって見合い話しもたくさん来ているようだが、それでも相手側は、お前に会いたいらしくて見合い話しがこうやって来ている。この際どうだ? 上層部の顔を立てると言うことで一度お見合いをしてみないか?」

「お断りします、興味ありませんので!」


 冷たい目線で即答するシェーン。隊長は笑顔から苦悩する顔つきに変わり、お互いの言葉も上司・部下の立場から親しい仲間で交わす会話になっていった。


「頼むよ、シェーン! 俺の立場も考えてくれ。上がうるさくてたまらん」


 両手を合わせて頼み込む隊長。


「ディック隊長の立場などわかりません。どうせ上層部は自分の家柄か、王国のイメージアップに私を使うのが目的なのでしょうねっ!? そうなれば、好きでもない相手に振り回されるこっちが迷惑です。会いたいのなら直接来れば良いじゃないですか!」


 ディックは、ため息をついた。シェーンは自分がどんな立場にいるのか理解していないと思ったからだ。


「シェーン…… お前の家系のクレスタ家三姉妹は、このオルシアン王国でも美女三姉妹として人気が高く、有名なのは知っているよな? 貴族だけじゃない。平民からも幅広く人気もある。特にお前はずば抜けて人気が高いんだ。その状況下で貴族が突然会いに行ってみろ。周りから節操なしとか、貴族の恥とか言われ立場が危うくなるのだぞ! だからこうして段取りを踏んで見合い話しが来ているんじゃないか」


「立場を気にするだけの根性なしですね!」


 シェーンは見下しながら勝ち誇った顔で言った。ディックは半ば諦める雰囲気になってきていた。


「もちろん、俺としてはお見合いよりも自由恋愛で相手を見つけてほしいと思っているよ。だが、お前の周りには浮いた話も出てきやしない。もしかしてアレか? 男嫌いだったか? それとも、まさかだと思ったがシェーンの性格は男っぽいからな、もしかして…… 女性に気があったのか?」


 隊長が真顔で訊くとシェーンは顔を真っ赤にしながら大声を出し遮った。


「そ、そんなわけないでしょ!!」


 一瞬、ハッとしたシェーンは我に返り、頰を赤くしながら落ち着きを取り戻した。


「だ、大丈夫です。相手を見つけたいときは自分で探しますから、それに直ぐに相手が見つかるとは思っていません。焦らずに行きます」


 小声で、俯きながら照れくさい顔で答えるシェーンに、ディックは笑みを溢す。


「その様子なら大丈夫そうだな? お見合いの件、断るならちゃんと断れよ。さもないと今度は上層部が直々に動くかもしれないからな、そうなったら俺は庇いきれないぞ」

「はい…… わかりました」


 笑みを浮かべながらも半分脅しのように言うディックに、シェーンは素直に返事をした。


「では、次の指示があるまで家で少年の警護と言う名目で休暇をしろ。そうだなぁー、緊急以外は暫く命令を出さないから、近くの街にでも行って気分転換でもしてこい。そこで彼氏作りに専念しても良いぞぉー!」

「しません! もう帰ります!」


 茶化すディックに、ムッとした顔つきでブツブツ言いながら部屋を出ようとするシェーンは、退室するときの敬礼など忘れてドアに手を掛ける。


「少年の件は頼んだぞぉ!」

「何度も言われなくても、わかってますよ!」


 後ろ姿のまま返事をして、ムッとした顔つきのままシェーンは部屋を後にした。その閉まったドアを眺めながらディックは言葉をもらす。


「相変わらずカラかい甲斐のあるやつだな! しかし、なんだなー。真面目な性格も良いのだが、真面目過ぎるのもなんだな…… 少しは丸くなっても良いと思うが、一様、俺も心配しているのだが」


 そんな思いも知らずにシェーンはディックの部屋から出た顔つきのまま、早足で騎士団棟を後にした。

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