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1.見知らぬ場所

「痛ッ……」


 激痛に堪えながら、俺は川辺の大きな岩に背を任せ座っている。

 ここがどこなのか見当がつかない。目を覚めれば体中は怪我を負っていて激しい痛みが駆け巡っていた。何とか立って歩こうとしたが、鉛のように重くなった体は思うように動かず、今に至る。


「ここは何処なんだ?」


 空を見れば満月の青みがかった光が周りの木々を照らし、月の光は木々の薄緑の絨毯じゅうたんいろどり、緩やかな風は傷で火照った顔を優しくなでていた。

 見当がつかないのは場所だけじゃなかった。着ている服も今まで見たことがない。飾り気のない厚手のゆったりとしたあお一色のローブが体を包んでいる。


「何でこんな場所にいるんだ?」


 さっきまで部屋で一緒にいた姉と幼馴染み、それに友人の姿も見当たらない。椅子から立ち上がったとき、立ちくらみをしたまでは覚えているが、その後の記憶が全くない。

 何度も思い出そうとしても、どうやってここに来たのかさっぱりわからない。

 知らない場所で苛立いらだちだけが込み上がってくるが、体が真面に動かないせいもあり行動がとれない。半ば諦めの気持ちで、ローブに付いていたフードを目深に被って呆然ぼうぜんと目の前の川を見つめた。

 静寂な川辺に微かすかに川の流れる音だけが耳に届いてくる。その自然が繰り出す優しいリズムに目蓋を閉じた。


 ジャリッ――。


 その音で目が覚めた。

 どのくらいたったのか、いつの間にか寝ていたことに慌てて目を開けば顔に何かを向けられている。


「動くな! 妙な動きをしたら殺す!」


 声の高さから直すぐに女だとわかったが、フードを目深く被っていたるせいで相手の足元しか見えない。

 だが、それより顔に向けられている物が剣の先端だとわかった俺は、驚いて声も出なかった。何で剣を向けられているんだと思うと再び声を発せられた。


「私はオルシアン王国の騎士だ! ゆっくりと立ち上がってローブを取れ!」


 相手は剣先を向けたまま威勢よく言ってくる。

 オルシアン王国? 何だそれ? 全く言っている意味がわからないが、相手は間を空けず続けざまに言い放なった。


「何をしている。変な行動は起こすな! 抵抗すると判断すれば即座に切り捨てる!」


 動く気配を見せない俺に警戒をしているのか、月光で鋭さを増して見える剣先を更に近づけてきた。

 剣先からゆっくり視線を反らした俺は、力が思うように入らない震える右手でフードを取り、自分の顔を見せると同時に相手の姿も確認した。


「騎士? 女神か?」

「何を可笑しなことを言っている!? さっさと立て!!」


 驚いた、目の前に立っていたのは十七、八歳ぐらいか? 年齢は俺と余り変わらない。

 体には銀色の胸甲きょうこうを身に着け、腰まで真っすぐ伸びた白銀の長髪は月の光に照らされ更に輝きを引き立てていた。

 顔は小さく少女のような可愛らしさと大人びた美しさが混ざり合い、こっちを睨みつけている。警戒の瞳は青く綺麗な水辺のように透き通っていた。まるで戦いの女神が降臨したような女騎士の姿が目の前に立っていた。

 一瞬、コスプレしながらサバイバル系のゲームでもしているのかと思ったが、こっちはそれどころじゃない。


「助けてください。怪我をして体が動かない。救急車を呼んでもらえますか?」

「何を訳のわからないことを言っている!?」


 女は俺の言葉を訊き入れず、更に剣先を喉元のどもとに向けた。


「ゆっくり立ち上がり、ローブを取れ!」

「何かのゲームに付き合えるほど、余裕はないんだ。お願いします」

「お前はさっきから何を言っているんだ? 私に指図する理由はない、さっさと立て!」


 こっちの話しなど全く訊こうとはしない感じだ。話しにならないと思いながらも、騎士と名乗る女の言うことに従って、体に走る激痛に耐えながら重い体をゆっくりと起こした。

 女騎士は剣を向けたまま、こっちを睨みつける。俺はふらつきながらもまとっていたローブを取り足元に落とすように置いた。

 その俺の姿を改めて見た女騎士は、警戒のまな差しから驚き表情に変わり、俺を見つめ直していた。

 着ている服は破れ、体のいたる所には打ち身や傷が多く散在し、そこから化膿した傷が幾つもある。

 フードを被っていたせいで最初は分からなかったと思うが、俺の顔は生気もなく血の気もないように見えるのだろう。酷怪我を注意深く見ていた女は、それでも警戒を怠らず厳しい眼差しで剣先を向け話してきた。


「その怪我はどうした? 何があった?」

「わ、わからない…… 覚えていないんだ。目が覚めたら…… 怪我をしていたんだ」


 自分でも驚いた、声がまともに出ていない。返答した声は小さく弱々しかった。


「わからないとはどう言うことだ? それだけの怪我をしていて覚えていないのは可笑しいだろう!?」


 女の声は激怒の声に変わり、更に警戒の眼差しを向けてきた。

 さっきから話が合わない。相手も何で俺に剣を向けて警戒しているのか理由も見当もつない。それでも事情を話せば開放助して助けてくれると思い。女に正直に話した。


「自分の部屋で…… いきなり目まいに襲われて、気がついたら…… ここにいたんだ。ここがどこかも…… 知らない…… ただ迷惑なら他に行くよ。だから……剣を納めてくれないかな?」


 細々と何とか話した俺は、ローブを拾い上げ重くなった脚を引きずりながら、この場を去ろうとしたが、女騎士は俺の前に立ちはだかり剣を向けると再び行く手を妨げた。


「待て! 賊の一部が国境周辺まで来ている情報があるんだ。素直には行かせられないな」

「はっ? 賊? ……さっきから何を言っているんだ?」


 賊と言われて俺は訊き返したが、女は冷静な顔つきを向け言い返してきた。


「見れば、その体の傷には魔法攻撃による怪我もあるな、万が一の場合も考えて一緒に来てもらおう」

「魔法?」


 何を可笑しなことを言っているんだと思い、さすがの俺も馬鹿馬鹿しくなり言い放った。


「俺は…… 賊じゃない、コスプレゲームに…… 付き合っている余裕もないんだ。一緒にいた友達も…… 心配だ。助ける気がないのなら…… これ以上構わないでくれ、自分で何とか…… するから」


「駄目だな! 今は事態が事態だしな、一緒に来てもらおうか!」


 それでも女騎士は全く訊く耳を持たない。少しでも事情を話せば何とかなるだろうと期待したものの、そんなに甘くはなかったか。


「俺は…… 姉さんや…… みんなを探したいんだ…… いい加減に……してくれ!」


 こんな話も通用しない相手に構っていられるかと怒りながら言い放つと、突然背中に激痛が走った。


「貴様、やはり魔法使いか!!」


 女騎士は剣を両手で握りしめ、攻撃態勢へと入る。何が起きたんだと背中の痛みに耐えていると、体が淡い蒼色の光のようなものに包まれ、痛みの走った背中からは光と同じ青色の翼が現れた。

 だが、その翼はむごいものだった。左右の中翼四枚も骨が折れ、垂れているのと途中から千切れて原型になっていない。本来、何枚あるのか分からない翼は大翼たいよくたいよく一枚と小翼二枚の三枚だけがまともに開いていた。

 女騎士も俺の翼を見るなり何かに気づいたのか説得をしてきた。


「そんな翼の状態で立ち向かってきても私には勝てないぞ! 素直に一緒に来い!」


「俺は…… ただ……」

「その状態で魔力を解放し続けたらたら死ぬぞ! 止めるんだ!!」

「みんなを…… さが……」

「駄目だ! やめろ!!」


 女騎士が次に叫んだ瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。目の前が霧にかかったかのようになり、女の声も遠のいていく感覚に襲われた。


「しっ……ろ」


 女の声が消失していくかのように俺は意識を失った。

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