撃退
クロのまわりに、黒い霧のようなものが纏わりついている。
クロがなんだか大きくなったように見える。
アシュラは、クロの方には一瞥もくれずに、シロの方を見る。
「後は、その白ねこだな。
殺してもいいな。
しかし、生贄としては生きたままが良いんだろうな。
ただ、事故っていうのは起こるもんだ。
ここで死んでも、運んでる途中で死んでも、変わりあるまい」
シロに飛びかかろうとしたアシュラの後ろから、強い声が響く。
「待て! シロに手を出すな!」
「何だ、クロ。
あの一撃を喰らって生きていたのか。
いや、何だお前、様子がおかしいぞ」
黒ヒョウのような雰囲気を纏ったクロが呪文のようにつぶやく。
「黒ヒョウ形態
ヴィールヒ」
※ ヴィールヒ:ロシア語でつむじ風の意味。
クロが黒い霧を纏ったまま突進する。
クロの体当たりに、アシュラが吹っ飛ばされた。
ダメージを受けながら着地したアシュラが驚きの声をあげる。
「どういうことだ?
この俺がクロごときに弾き飛ばされるなんて」
クロはアシュラを一瞥すると、また呪文のようにつぶやく。
「ウラガーン」
※ ウラガーン:ロシア語で暴風の意味。
黒い霧を纏った、強力なねこパンチがアシュラに炸裂する。
大型の肉食獣の一撃だ。
アシュラは吹っ飛んだ。
恐らく、骨折している。
ショックで気を失ったようだ。
アシュラは動かなくなった。
アシュラが連れてきた数匹の若いねこ達が叫ぶ。
「クロ! コミュニティに敵対する気か?
直ぐに追っ手がかかるぞ。
クレイトス様も出張ってくるぞ」
クロが3匹の方を向いてつぶやく。
「タルナーダ」
※ タルナーダ:ロシア語で竜巻の意味。
黒い霧に包まれたクロが、ジャンプする。
高速回転しながら、次々と大型肉食獣の一撃を喰らわせる。
3匹は、もんどりうって倒れた。
動く気配は全くない。
水路から這い上がってきたリンプーが叫ぶ。
「クロッ! あんた、一体何者なんだ?!
こんな戦い方、普通のねこに出来るもんじゃないよ!」
もうクロの周りに黒い霧は無い。
「ハハッ。
僕は化け物になってしまったみたいだ。
でも、シロを守れるんなら構わないさ」
「クロ、あんた……」
「友達だと思っていたアシュラを、やっつけちゃったよ」
クロは悲しそうに言った。
「攻撃してきたのは奴の方じゃないか。
気にすることは無いよ」
リンプーは、慰めようと元気のないクロに近寄っていく
「リンプーは無事だったんだね。
水路に落ちたから、ダメかと思った」
「あたいは、泳げるからね。
それよりあんた、大丈夫かい?」
クロの体は、大丈夫そうだ。
でも、かなりショックを受けているように見える。
「あの3匹も、僕と一緒に育ってきたねこ達なんだ。
暗い水路しかないところで、一緒に……
もう帰る所が無くなっちゃったから、進むしかないね」
クロは絞り出すように言った。
さっきの戦いで、首筋をアシュラに食い破られた。
その首の傷が、ほとんどふさがっている。
回復力も上がっているのだろう。
シロが愛おしむように、クロの首の傷を舐めた。
「ありがとう、シロ。
助かるよ。
まだ、かなり痛いけど、もう大丈夫みたいだ。
さあ、行こう!」
クロは、3匹のうち1匹が咥えていたナイフを拾った。
それを咥えて歩き出した。
(僕の知っている小さな世界は、全て敵だらけになった。
もう戻れない。
僕には、進んでいく以外の道は無い)
クロ達が去った後、アシュラはよろよろと立ち上がった。
「クロのやつ。
俺にとどめを刺さなかったことを、後悔させてやるぜ」