クロとシロ
クロは、紙袋に駆け寄った。
戦いの最中にアシュラが落としたものだ。
袋を開けて中を見た。
中には、白ねこがいた。
クロは、白ねこを優しく咥えて、引きずりだした。
「君は誰?
大丈夫?
生贄にされるところだったの?」
クロは、矢継ぎ早に質問したが答えは無い。
小さな声で
「ニーニー」
と答えるだけだ。
横から声がする。
「どうやら、その子は喋れないようだね」
クロが声の方を見ると、1匹のトラねこがいた。
さっき、アシュラと戦っていたねこだ。
どうやら、メスねこだったようだ。
トラねこは殺気をまといながら、言い放つ。
「その子を渡しな」
怯えた白ねこは、クロの陰に隠れる。
「おや、あんた、あたいとやろうってのかい?」
トラねこは、クロに向かって戦闘態勢を取る。
「この子は、僕を頼っている。
渡すわけには、いかない」
このトラねこは、アシュラに勝ったやつだ。
クロは、このねこには勝てないと分かっていた。
だが、引かない。
泳ぎの苦手なねこを、躊躇無く水に落とす。
そんな者に、弱ったねこを渡せる訳が無い。
「あんた達、この子をワニに食わせる気だったんだろ。
何その子を守る、みたいなこと言ってんだい」
「袋の中身が何か、知らなかったんだ。
ねこだと知っていれば、ワニには渡さない!」
トラねこは、フッと笑うと言う。
「そこをどかないなら、あんたも水路に落とすよ」
「やれるもんなら、やってみろ!」
そう言いながら、クロは足が震えている。
暫くの間2匹のねこは、にらみ合う。
「勝てない相手と知っても、立ち向かうかい。
良いだろう、その男気に免じて許してやるよ。
あたいは、リンプー。
保身のために、子ねこを犠牲にするような奴らへの反逆者さ」
「僕はクロだ。
ただの黒ねこだ」
「ただの黒ねこが、ヒョウに勝つような相手を前に突っ張るのかい?
笑わせるじゃないか」
そう言うとリンプーは、白ねこに近付こうとした。
白ねこは、クロを障害物にして、リンプーの反対側に回り込む。
「あんた、えらく懐かれてるね。
それとも、あたいが嫌われてるのかな」
「この子が嫌がっている。
無理強いは、止めろ」
クロは、精いっぱい強がった。
リンプーは、あきらめて弛緩して見せた。
「あたいは、敵じゃない。
あんたもこの黒ねこも、傷つけるつもりは無いよ」
そう言われて、やっと白ねこも敵意を解いた。
リンプーは、微笑みながら聞く。
「で、あんたの名前は何ていうんだい?
そうか、喋れないんだったね。
この黒ねこが、クロなんだ。
白ねこのあんたは、シロでいいかい?」
白ねこは「シロ」という名前で文句なさそうだ。
不満を見せなかっただけだが。
ただ、クロがシロをよく見ると、首の横に大きな腫瘍が出来ている。
このせいで、喋れないんだと分かった。
「きれいなメスねこだから、それでかと思っていたよ。
この病気で先が長くないからって、生贄にされたんだね」
リンプーが吐き捨てるように言う。
「何とか治す方法はないのかな?」
クロが聞く。
「人間の獣医に見せれば、治せるんじゃないかな。
こういうのは抗生物質というやつで、治るらしいよ」
「どうやったら、獣医に見せられるの?」
クロは再度聞く。
「そうだねえ。
まずは、この下水道から、外に出ないといけないね。
そして、人間に拾ってもらう必要がある。
さらに、獣医に連れて行ってもらわないといけない」
「なるほど」
「なるほどじゃないよ。
やることが多すぎるし、全て運任せだ。
とても助からないよ」
リンプーが答える。
「分かった。
まず、この地下水路から外に出ればいいんだな」
クロの妙に力強い答えに、リンプーは呆れる。
「ちっとも、分っていないじゃ無いか。
外に出るだけでも、どれだけ遠いと思っているんだい。
境界の怪物、ワニはどうするんだい?」
「僕たちでは、無理なのかもしれない。
でも出来る所まででも、やってあげたいんだ。
病気で、それだけでも辛いのに……
助けるどころか、生贄なんて有り得ない」
シロはそれを聞いて、グッと元気になった。
とても嬉しそうだ。
病気になってから、厄介者扱いしかされていなかった。
この黒ねこは、本当に自分の側に立ってくれている。
たとえ、外へ出れなくてもいい。
一緒にいてくれるだけで、嬉しい。
声が出せたら、感謝の気持ちを伝えたかった。
「全く…………
でも、そういう馬鹿なやつは、嫌いじゃないよ。
そうかい、あたいも付き合ってやるよ」
リンプーは呆れたようだが、にやけている。
「外に出たら、空が見えるんだよね?」
クロはつぶやいた。
「空か? 何年も見てないね。
晴れた日のきれいな空。
シロにも一度見せてやりたいね。
たとえ助からなくても……」
リンプーは、悲しそうに言った。
3匹は、一緒に空を目指す。