黒ねこのクロ
とてもとても深い地下水路。
その一角に、一匹の黒ねこがいる。
名前はクロ。
全身まっ黒の黒ねこという以外、とりたてて特徴は無い。
厳しい環境の地下水路で生き残るため、ねこ達はコミュニティを作っていた。
そのコミュニティの中でも、クロが目立つようなことは無かった。
クロはその日も、特にやることもなく昼寝していた。
いつも何もせず、一日一日生き延びられたことが、最大の喜びだった。
この地下水路は、昔人間が作ったらしい。
陽の光も殆ど差し込まない、暗い地下の空間。
所々に、点滅する蛍光灯が付いている。
しかし、それは本当に所々で、しかも消えている時間の方が長い。
明かりのある場所は、本当に限られていた。
長い長い梯子を登れば地上に出られるが、ねこには無理だ。
もし空を見たいなら、下水の流れる水路に沿って、果てしなく続く道を進んでいくしかない。
だから、そこに住むねこ達は誰も、空を見ようなんて考えなかった。
それは、クロも同じだ。
その日が来るまで、空を見ようだなんて、考えたこともなかった。
地下水路の最も奥に、ねこ達の崇める祭壇があった。
25年前にあった大地震の時、動物園から猛獣たちが逃げ込んだ。
その時、無敵と言われたヒョウが力尽きた場所。
そのヒョウの頭蓋骨が安置されている。
地下水路のねこ達のコミュニティの長は、この祭壇にいる。
特に強いわけでは無いが、リーダーとして君臨している。
無敵のヒョウのカリスマに頼っているのだ。
名前をアンゴラという。
彼は、もう長いこと、この祭壇から外へ出ていない。
有能な部下たちに仕事を任せていることもあるが、衰えてきているのだ。
一匹の大きなねこが、地下水路のコンクリートの上をゆっくり歩く。
アシュラ、ヒョウ柄のねこだ。
祭壇に祀られているヒョウの血を引く、と言われている。
そのためか、純粋なねこ達に比べて体も大きい。
体長はクロの2倍以上あるだろう。
まだ若いが、その戦闘能力は地下水路のねこ達の中でも、最高位にある。
アシュラが、昼寝をしているクロの所へやって来た。
この辺りは、パイプ穴から蒸気が噴き出していて、少し暖かい。
クロのお気に入りの場所だ。
アシュラは、クロの背中を前足でつついた。
「クロ、昼寝している場合じゃないぞ。
アンゴラが呼んでいる。
何か大事な用が、あるらしい。
行ってみようぜ」
アシュラは、いつもクロを気にかけている。
体の大きさは違うが、年が近く親近感が湧くのだろうか。
アシュラは、クロを従えるとアンゴラのいる祭壇に向かった。
祭壇に向かって、しばらく歩く。
ふと気づくと、クロがいない。
また、どこかで道草を食っているようだ。
「まったく、クロのやつ。
本当に、俺がいないとダメダメなんだからな」
アシュラは呆れたように言うと、クロを探しに道を戻った。
祭壇の手前に「ねこ達の墓場」と呼ばれる場所がある。
クロは導かれるように、そこに入っていた。
この場所には、25年前に逃げてきた黒ヒョウが眠っていると、聞いたことがある。
「小さきものよ。
お前は力を求めるか?」
クロは、誰かに話しかけられた気がした。
周りには誰もいない。
見回してみたが、自分しかいなかった。
ZZZZZZ
「おい、クロ、起きろよ。
本当にお前は、いつでもどこででも昼寝するんだな」
アシュラが、あきれるように言った。
「僕は……
いつの間にか寝ていたのか。
それも、こんなところで」
そこには、ねこ達の屍が散らばっていた。
「おいおいクロ。
お前、デカい骨の上で寝ていたんだな。
これ、黒ヒョウの屍なんじゃないか?」
「本当だ。
でも、そのせいかな?
なんだか、黒ヒョウに話しかけられる夢を見ていた気がする」
「馬鹿なことを言ってないで、さっさとアンゴラのとこに行くぞ」
アシュラに連れられて、クロは「ねこ達の墓場」を出た。