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異界の魔王は人見知りなので 信者を増やさないでほしいと親友の邪神に文句を言いたい

作者: ゆきもち

 酒場の老主人に嫁がされた娘は日々を鬱々した気分で過ごしていた。看板娘として陽気な笑顔を作り接客をこなす彼女は、自身の仕事にやりがいを感じられず死んだように生きている。そんなある日、町に美しい男の旅人があらわれた。男は町の広場で楽器をならし、詩を歌う。その美貌と男が語る物語の珍しさに町の娘たちはみんな虜となり、広場には毎日人が集まった。彼の物語はいつも魔物が主役だったが、人の心を揺さぶる刺激があり誰もが彼の話に聴き入った。


 酒場の娘も彼の物語をすきになり、それを聴くことが生き甲斐となった。


 娘は彼の物語だけを求めるようになり、家に帰ることが怖くなった。彼女の夫である酒場の老主人は酒癖が悪くひどく酔っ払うと彼女を殴ることがあった。普段はそんな素振りを見せないが、店を閉めたあと自分の店の酒を浴びるように飲み、そして凶暴な顔を見せはじめる。かれはまるで娘をおもちゃのように思っているのか、娘がやめてくれと泣く姿にげらげら笑いながら暴力をふるった。聞くに耐えない暴言を吐きながら、むすめを蹴飛ばすこともあった。娘はこんなところから逃げ出してしまいたかった。しかし、行くあてがなかった。両親は自分をここにつれてきた張本人だった。町の友人は女性ひとり匿えるほど生活が豊かではなかった。夫の暴力を取り締まる人間など、この小さな町には存在しなかった。彼女は涙をこらえながら生きるしかなかった。


 ある日の晩、彼女はいつものように夫の暴力に耐えていたときだった。閉店した店の扉を誰かが叩いた。夫が誰だと怒鳴ると、扉の向こうから「酒を買いにきた」と男性の声が聞こえた。彼女はその声が吟遊詩人のものであることがすぐにわかった。彼の声はとても美しく艶やかで、昼間は聞き惚れるばかりの彼女はその声を間違えるわけがなかった。訪ねてきた者が詩人だとわかった瞬間、彼女は急に自分の立場を恥ずかしく思った。彼が語る物語には、勇気をわけあたえてくれるような英雄譚があった。その物語に感動した身として、夫に歯向かわずただ嵐が過ぎ去るのをじっと待ち続けてる自分はなんて情けないことか。憧れの人が扉一枚を隔てて、私が酒を用意するのを待っている。それなのに自分はこんなボロボロでみすぼらしい。

 長年この環境に耐え続け、こころを押し殺していた彼女は、久しぶりに羞恥心を感じた。


 夫は娘に店の奥へ引っ込むように指示した。娘は自分が彼の接客をしたいと服を握ったが、自分の惨めな姿を晒すことが恐ろしく、おとなしく奥の部屋へ移動した。

 夫がにこにこと愛想の良い顔で、吟遊詩人を迎え入れた。娘はその様子を扉を開けた隙間からみていた。酒で赤らんだ夫の顔をみても詩人は嫌な顔をみせず、酒を樽で注文した。夫は手際よく酒を運んできて、詩人にわたした。酒を受け取った詩人は代金を夫には渡さず、その銅貨を近くのテーブルに置いたのだった。銅貨を受け取るはずだった夫の両手は宙に浮いたまま、彼は少し首を傾げた。


「ときに酒場の主人よ。貴方は私のうたう物語を聞いただろうか?」


 早く晩餐を再開したかった夫は、世間話を始めた詩人に少し顔をしかめたが素直に答えた。


「ええ。私が聞いたのは貴方がこの町に来たとき一番初めに話した『人間嫌いの魔王の物語』です。」


 夫の言葉を聞いた詩人は、満足そうに頷いた。そして、背中に背負っていたリュートを下ろし手に抱えた。詩人は静かに構え、楽器を鳴らしてみせた。

 夫は怪訝な顔をして詩人をみていたが、次第にその表情はなくなっていった。




-


 詩人と夫がいた酒場は薄暗く、奏者を照らすには十分な明かりとは云えませんでした。テーブルに置かれた蝋燭だけが光源で、橙色に染められた部屋はなぜか醜く感じました。私は顔をしかめ、それでも2人を覗くことをやめませんでした。


 突然、ふっと小さな風が吹いて蝋燭の灯りが消えました。真っ暗になった部屋に窓の外から月明かりが差し込んできます。金のように輝く月が詩人の背後の窓から望めます。

 詩人は月光の下、静かな音を奏でました。その指先が弦を弾くたび、痛く切ない音色が溢れました。胸を掴まれたように苦しくなるような、悲しい音です。しかし、甘い小夜曲でした。詩人は目を伏せ、演奏に集中していました。時折瞼が上がる瞬間に蒼い双眸を覗けます。宝玉のような瞳が夜の闇のなか星のように煌めいています。遠くをみる詩人は曲の情景に想いを馳せ、そっと音にのせいているようでした。

 私は浸かるようにその音楽に聞き惚れていました。その美麗を全身で感じていました。しかし、突然夫が叫びだし、演奏の邪魔をしたのです。


「あ゛ぁ゛あ゛あ゛!」


 口を大きくひらき、言葉ですらない音を発します。暴れるようにその体を揺らし、心臓を抉るように胸を掻いています。


 不愉快でした。

 あんなに美しい演奏を邪魔されたことが、嫌で嫌でたまりませんでした。

 詩人は夫の発狂に演奏の手を止めてしまいました。それが悲しく、悔しく思いました。

 夫はますます声を大きくし、頭を振り回しています。爪を立て掻きむしり、上着はすでに裂けていました。

 夫の迷惑行為はとどまるところを知りません。

 それは、あろうことか詩人に近づこうとしたのです。雑音を放ち不快感ばかりつのるその存在は、足がよろけ詩人の方へつま先をむけたのです。上体がほんの僅か、詩人の方へ傾きました。おぼつかない足取りならさっさと倒れてしまえばいいのに、あろうことかあの美しい領域に踏み込もうとしたのです。不愉快でした。

 それは、詩人のことを認識していないようでした。焦点の合わない目は、美しく目の惹かれる詩人を気に留めなかったのです。不愉快でした。

 それの騒音が汚く、部屋にぶちまけられます。不愉快でした。



 それは、すべてが不愉快でした。



 私は料理場から包丁をもってきて、服が裂け剥き出しになったそれの胸部に突き刺しました。

 幸いなことにそれは抵抗しませんでした。気持ちの悪い音を口からおとし、床に倒れます。しばらくはジタバタと手足を動かし不自然に頭を揺らしていましたが、次第に動きは鈍くなりパタリと四肢を投げ出し止まりました。

 やっと静かになりました。


 そして、自分が人を殺したことに気がつきました。


 驚いたことに私は、夫だったそれを同じ人間だと思えなかったのです。ただ気持ちが悪くて、嫌で、どこかにやってしまおうとおもっただけでした。吟遊詩人の演奏を邪魔したそれが不快で、また演奏を聴くためには対処しなければならないと決意しただけでした。

 それだけの理由でした。

 さらされる暴力に諦念を抱きながらも、憎悪を肥やし、涙をのみながら夫の飯を作る日々。痛くとも逃げられず、耐えるしかないことに絶望すらかんじていました。いつかこのひとは、私に殺されるのだろうと他人ごとのようにおもっていたのです。はちきれた憎しみに、この男は殺されるのだろうとおもっていました。



 ぽろろん、とリュートの音がなりました。詩人はこの場でおきた惨劇に感情の色をみせず、再び演奏をはじめます。その唇は、言の葉に音をのせひとつの物語を紡ぎます。

 それは私が一番好きな「ちいさな魔王の英雄譚」でした。


_絵を描くのが好きな魔物がいました。魔物は木の棒をつかっていつも地面に絵を描いていましたが、意地の悪い他の魔物が地面の絵を踏んで歩きます。魔物は悲しくてたまりませんでしたが、力の弱い魔物は泣くことしかできませんでした。


 ある日、魔物の友人が言いました。

「踏んで消されてしまうなら、踏まれないようにしたらいい」


 魔物は考えて、どうやったら踏まれなくなるか試行錯誤しました。たとえば、あまりにも絵に感動したら消さなくなるだろうと思いました。あと、踏まれても消えない画材で絵を描くのもいいと思いました。それから、絵を踏むようなやつがいたらやっつける方法も考えました。

 そうしていろんな方法を試した魔物はとうとうすべてを実行できる力を得ました。


 魔物が描いた絵は、動きます。絵は消えない塗料で描かれています。そして、とても強かった。


 強大な力をもった魔物はいつしかいろんな生き物に恐れられ、魔王と呼ばれるようになりました。



 詩人は曲を終え、リュートを下ろしました。


「楽しんでもらえたでしょうか」


 そう微笑む彼に、私はこぼれてくる涙をぬぐいながらなんども頷きました。

 なんて素敵な魔物だろうと、何回聞いても思います。好きなもののために行動することがどんなに美しく、綺麗なことか。詩人はその魔王の一途なところがきっと好きなのだろうなとおもいました。だからこんなにも彼の語る魔王は情熱的で努力家で、魅力的なのでしょう。

 そして、私は自分の赤く染まった手を見ました。

 それは、好きだとおもったものを守るために勇敢にもナイフを握った手でした。





 翌日、吟遊詩人は町を出ました。「また来るよ」という言葉を私に残して。

 彼は今、世界を巡って情報を集めているそうです。吟遊詩人というていは彼が旅をするに都合のいい格好だったとおっしゃっていました。

 私が一人で切り盛りすることになった酒場は人手が足りず以前より忙しいです。しかし、その多忙さと裏腹にとてもやりがいをかんじています。以前は被っていた偽りの笑顔も、いまは自然と湧いてくるようにその表情を見せることができます。

 彼は人の多い酒場はいろいろな情報が集まりやすいといっていました。旅人も町人も集まるここは、うわさばなしの溜まり場です。わたしは積極的に客さんの話へ耳を傾けるようになりました。


 吟遊詩人の彼が欲しい情報は、

 「異世界に帰る方法」。


 そんな難しい魔法、このちいさな町じゃ噂すらも入ってこないでしょう。でももしかしたらと考えると、動かずにはいられませんでした。


 町の友人に明るくなったね、といわれました。最近、毎日を楽しいと思うようになりました。きっとそれが原因でしょう。お客さんのうわさばなしのなかに、もしかしたら私たちが欲しい情報があるかもしれないと考えるとワクワクしてくるのです。そして、手に入れた先の未来を想うのです。


 まだ「異世界に渡る方法」はみつかっていません。本当にあるかもわかりません。途方もない夢物語のようです。しかし、生きれてればいつか見つかるかもしれません。吟遊詩人の語った物語のように、いつかその方法を自分の手で掴むのかもしれません。



 私は、今日も元気に酒場で働きます。

 絵画を鑑賞する遠い日を夢にみて。

 好きなもののために行動する勇気にふるいたつのです。







-


 旅をする吟遊詩人は馬車に揺られながらリュートを弾いていた。ぽろんぽろんととりとめもなく音をこぼし、流れる景色を流れていた。


「あんちゃん、吟遊詩人なんだろ。なんか聞かせてくれねぇか」


 馬車を引いている行商人が吟遊詩人に話しかけてきた。それに、是とこたえ弾き語りをはじめる。



 吟遊詩人のバラバッドは異世界から転移してきた邪神だった。知り合いの魔導師の実験に付き合ったら、魔法陣が暴走しこの世界に飛ばされていた。研究者という存在はどこか頭のネジが10本20本はずれているもので、彼が起こす騒動は魔王領を毎日混乱させる。魔物たちを統べる魔王は気の弱く他人にでかく出れるようなやつではなかった。研究者はどれほどまわりに迷惑かけても気にしない。魔王もそれを止めない。横暴が助長した結果が、今の自分の状況だった。


 バラバッドは親友である魔王のことをおもう。

 彼は魔王と呼べぬほど心根の良い奴だ。ちょっと強い力をえてしまったせいで、有象無象に担ぎ上げられ不遇にも王冠をかぶらざるをえなかった普通の魔物だ。重責だとか、王の仕事だとか、そういったもので潰れてしまわないか自分はいつも心配している。ときどき、メンタルが死にそうになってたら息抜きをさせてやる。かれが生きやすいように融通してやるのが、親友である自分の役目だった。それなのに、とうぶん元の世界には帰れないことにバラバッドはため息がでる。


 しかし、楽観的で基本自由人なバラバッドはポジティブにこの世界を楽しむことにした。

 歌うことが大好きな彼はまず楽器屋でリュートを買った。この世界にきて初・入手品はリュートだった。そして、弾き語りをするようになった。物語の内容はバラバッドと親友の思い出だ。「私の親友はすごくいい奴です」といろんな人間に自慢してまわった。人間たちは楽しそうにきいてくれるので、バラバッドはますますこの世界にいるのが楽しくなった。町の広場で歌えば、いろんな人間が自分の物語のために足を止めた。なかには親友の良さを理解し、心底感動してくれるものもいる。元の世界に帰るとき、彼らもつれていこうとおもっている。もしかしたら、親友の友達になってくれるかもしれない。親友は友だちが少ない。

 そういうわけで、バラバッドは吟遊詩人として魔王崇拝の布教をすすめていた。


 「あんたの話、おもしれぇな。一体何処の神さまの話なんだ?」


 バラバッドの話を聴き終えた商人が、声をはりあげて話しかけてくる。その感想に満足し、質問にこたえる。


「ちがう世界の神さまさ」


 バラバッドはわらってリュートをはじいた。ぽんと軽快な音がなる。がたがた音を鳴らす馬車は草原を渡る。遠くから初めて聞いた鳥の声が響く。風になびく草の葉が擦れて、ざわざわと合唱する。


 「なあ、商人。この先の村には何がある?」


 行き先をきめず馬車に飛び乗るばかりのバラバッドは、向かう先の村の名前を知らない。遠くにみえてきたぞ、とかえす御者の声でバラバッドは馬車から頭をだした。

 木で建てられた門がみえる。門番は立っていない、小さな村だった。


「あそこは小さな農村だ。交易なんてほとんどねえ自給自足で自立してる。

 でもまあ、『はじまりの村』つって。ついこのあいだ魔王を倒した勇者さまの故郷てんで、有名なんだぜ」


 誇らしげに言った行商人は、勇者さまを支持しているようだった。鼻をならしたバラバッドは、目を細める。

 「勇者」という称号を久しぶりにきいた。バラバッドの世界にも勇者はいたが、親友の魔王に挑むようなバカはいなかった。平和主義の親友は人の国と不可侵条約をむすび、互いに干渉し合わないことが常だった。それは人間たちにとっても都合が良かった。なにせ、邪神の加護をうけた魔王など到底人間がかなう存在ではなかったからだ。


「運がよければ、勇者さまに会えるかもしれねえなあ」


 楽しそうに声をはずませる商人は、バラバッドのことなど気にしていなかった。ただもしかしたらだけを考えていて、よく村へ目を凝らしていた。


「そうかもな」


 素っ気なく呟いたバラバッドは、リュートをかまえ、力強く弦を弾いた。馬車が鳴らす騒音に負けぬよう、陽気な音色で演奏する。

 上機嫌な商人が、合いの手を入れてくる。一団は騒がしい合唱団となり、村へとすすむ。楽しげに鳴るリュートが、バラバッドの機嫌をあらわしている。


 歌うたいの邪神は、歌と親友の絵が大好きだ。それ以外、かれに興味のあるものなんてなかった。


 たとえ勇者があらわれても、彼の瞳にその姿が映ることなどないのだろう。



 村へついた邪神は考える。

 「今日は、なにを語ろうか。」

 それ以外に考えることなどなかった。


酒場の娘

「好きなもの(いきがい)」をみつけた。会ったことはないけど魔王さまの配下(信者)になった。

笑顔がかわいい町のアイドル(狂気)。



吟遊詩人

魔王の親友。愉快犯。

歌を歌うことと、魔王の絵をみることが好き。気がついたら異世界転移してしまったが自分の身は心配していない。引きこもりな魔王が知らぬうちに自室で干からびてるんじゃないかと気にしてる。

わりと邪神。



お絵描き大好き魔王

親友が、自分と親友の思い出をかってに神話にして信者を増やしていることに大変気を揉んでいる。一人にしてほしい。けど、面白がってる親友が実は自分のメンタルを心配して共感者を増やそうとしていることにも気づいている。気の合う友達は何人いてもいい、といわれたような気分。

しかし、親友が8割面白がっていることも知っている。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  吟遊詩人による演奏と歌。そこに秘められた理由。檻の中に閉じこめられたような酒場の娘にとっては、救いだったのでしょう。そうした情感が物語前半で漂っていました。丁寧な布石になっています。  …
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