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花の記憶  作者: 真向香緒
本編
3/7

 シュリエラが軟禁されて十日目のこと。

 ミアナが息を切らせてシュリエラの元へやってきた。


「どうしたの? そんなに急いで来なくても、わたしは部屋から出ないわよ」


 シュリエラはつっけんどんにミアナを迎え入れた。

 このように軟禁生活に入るまで、誰よりもシュリエラを思い尽くしてくれたミアナも、今はアルダとエレイアの息が掛かった存在であり、シュリエラにとっては敵のようなものになってしまったのだ。

 窓辺に置いた椅子に座っていたシュリエラは、少しだけミアナをその視界に入れると、すぐに窓の外へと視線を移す。

 その瞳は何を捉えるでもなく、ただ力なく宙を見ているだけ。


「シュリ様……」


 ミアナはシュリエラの元へ歩み寄り、最小限に絞った声で話しかけた。

 シュリエラは話を聞く素振りなど見せない。

 しかし、ミアナは小声で続ける。


「サファラス様のところへ参りましょう」


 シュリエラの肩がピクリと動いた。


「旦那様にも奥様にもばれないように馬車を用意する手立てを整えました。ですから、今すぐ参りましょう?」

「ミアナ、お前……何を言っているの?」


 シュリエラはその眉根に皺を寄せてミアナを見る。

 今まで忠実にアルダやエレイアの言いつけを守り、自分を軟禁してきたミアナの言葉をシュリエラはよく理解できなかった。


「シュリ様、ミアナはいつでもあなた様のお味方ですよ。今までは指示に従う振りをしてずっと機会をうかがっていたのです。わたくしがシュリ様を裏切れるわけないでしょう?」


 ミアナはシュリエラにウインクをして見せた。


「ミアナ……」


 シュリエラの表情は軟らかくなっていく。


「さぁ、シュリ様、参りましょう。時間はそんなにありませんから。旦那様も奥様も今は出かけていますが、夕方にはお戻りです。ですからその間に………」

「待って、ミアナ………」


 シュリエラの手を引いて歩き始めようとしたミアナをシュリエラが止める。


「もし……もし、こんなことがばれたらあなたは………」


 不意に一抹の不安がよぎったシュリエラは再びその表情をこわばらせていた。


「まぁ……ばれたらお手討ちかもしれませんね。でも、良いんです。それでも良いんですよ。シュリ様がサファラス様にお会いになれるなら、ミアナはそれで十分です」


 ミアナは迷いのない目でシュリエラを見つめた。


「でも、ミアナ…………」

「シュリ様、チャンスは一度きりかもしれません。迷っては駄目です」


 ミアナはシュリエラの言葉を遮った。そして、シュリエラの両手を自らのそれでぎゅっと握りしめる。


「ありがとう……ありがとうミアナ」


 シュリエラは溢れ来る涙をこらえながら、ミアナをしっかりと抱きしめた。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 あれからすぐシュリエラはミアナの手引きにより、屋敷の裏口からミアナが用意した馬車に乗り込んだ。

 ミアナは馬車に乗ったシュリエラに必ず一刻で戻るようにと言い添えた。

 都合上、ミアナは屋敷に残ることにした。そうすれば、不測の事態が起こった時でも、皆の目を欺き少しは時間稼ぎができるはずだと思ったから。

 シュリエラははやる気持ちを抑えながら、馬車がアムスレット家に着くのを待った。

 屋敷に着いてすぐ、シュリエラはアムスレット家の使用人にサファラスに取り次いでくれるよう頼んだ。

 しばらくして出てきたのはレナンシュアだ。


「レナ、久しぶりね。しばらく来られなくてごめんなさい」


 シュリエラは久しぶりに会うレナンシュアに笑いかける。

 しかし、それとは対照的にレナンシュアの表情はこわばっていた。

 いつものレナンシュアであれば、シュリエラの顔を見ると優しく微笑んでくれるのに、今日はその表情をピクリとも動かさない。


「サファラスは? 部屋にいる? 行っても良いかしら?」


 言いながら、シュリエラはサファラスの部屋の方角へとつま先を向ける。


 しかし、


「なりません。シュリエラ様」


 低く落ち着いた声でレナンシュアはシュリエラを止めた。

 シュリエラは振り返る。


「シュリエラ様、申し訳ございませんがお帰りください」


 レナンシュアは深く頭を下げる。


「サファラス……寝ているの? 別にそれでも構わないわ。顔さえ見られ………」

「お帰りください、シュリエラ様」


 レナンシュアはシュリエラの言葉を鋭く遮った。


「サファラス様はシュリエラ様にはお会いになりません。ですから、お帰りください」

「何……で? サファラス……そんなに悪いの? ねぇ!?」


 シュリエラはその表情を硬くして、レナンシュアの両肩を掴む。


「そうではございません。ただ、サファラス様がシュリエラ様にはお会いにならない、と……そう仰っているだけです」

「サファラス……が? 嘘よ……サファラスがそんなこと………。あ、もしかして……あの話をサファラスも聞いたのね? そうなんでしょう?」


 シュリエラはレナンシュアの体を揺すりながら尋ねた。

 レナンシュアは決してシュリエラと視線を合わせようとはしない。


「あれは違うの、レナ。お父様とお母様が勝手に言ってるだけ。わたしは……わたしはサファラスのお嫁さんになるの。レナだって知ってるでしょう? わたしはサファラスの婚約者よ?」


 レナンシュアはシュリエラの言葉が途切れると、一度だけ小さく息を吐いた。

 そして、シュリエラの目を見る。


「とにかく、サファラス様は今後二度と、シュリエラ様にお会いになるつもりはないと仰っています。ですから……お帰りください」

「二度と……? 何を言ってるの? 嫌……嫌よ。何で? だったら……だったら理由を話してよ。王太子殿下との話は……嘘だって言ってるじゃない。なのに、どうして会ってくれないのよ!!」


 完全に取り乱したシュリエラがレナンシュアの肩を痛いほどに掴んだその時だった。


「騒々しいね、何事だ?」


 上から振ってきた声に、シュリエラはその視線を持ち上げる。

 見れば、階段の踊り場には夜着の上からガウンを羽織ったサファラスの姿があった。

 シュリエラはサファラスをその視界に納めながらわずかにその顔をほころばせる。


「サファ……」

「サファラス様!!」


 シュリエラの声を遮り、その場を掛けだしたのはレナンシュアだった。

 レナンシュアはすぐにサファラスの元まで走っていき、彼の体を甲斐甲斐しく支える。


「大丈夫だよ、レナ。なんだ……シュリが来てたのか」


 サファラスはレナンシュアに支えられながらシュリエラを見た。


「サファラス……ずっと、ずっと会いに来られなくてごめんなさい」


 シュリエラは瞬きも忘れてサファラスを見つめていた。

 たった十日見ていなかっただけなのに、サファラスはずいぶんとやつれたような気がする。


「わたしずっとサファラスに会いたかった。毎日毎日、あなたのことばかり考えていたの。あなたに会えなくて気が変になりそうだったわ」


 シュリエラは溜めていたものをはき出すように、サファラスへの思いを伝える。

 優しいサファラスならきっと分かってくれる、彼ならきっとあんな噂信じない、彼が自分に会いたくないなどと言うわけがない……そう信じて。


 そして、いつものように、


『シュリ、おいで』


 と暖かみのある声で笑いながら言ってくれるとシュリエラは信じていた。


 しかし、


「シュリ……君には会いたくないと、レナから聞かなかったのか?」


 暖かさのかけらもない冷め切った声がシュリエラの耳に飛び込んできた。


(サファ……ラス?)


 あまりの驚きに、シュリエラはその場に縫い止められたように動けなくなる。


「こんなところに何しに来たんだい? シュリ。君はもうここには来ないと君のお父上から聞いているんだけど……」


 サファラスは無表情のまま続ける。


「こんなところに来ている暇があったら、さっさと王太子殿下の元へ上がる準備でもしたらいいだろう?」

「サファラス……それは違…………」

「何が違うんだい? 君はお城に上がる……何も違わないだろう? すばらしいことじゃないか。国母になれるかもしれないんだぞ? 私のことなど気にせず、王太子殿下の元へ行けばいい」


 レナンシュアはサファラスの体がいつの間にか小刻みに震え始めたことに気づいていた。

 そして、その額には脂汗が滲み出ているということも。

 レナンシュアはそんな主人に力を分け与えるように、彼の体を支える手にキュッと力を込める。


「それは……違うの。お願い聞いて? わたしは……わたしはサファラスの…………」

「もういいよ」


 震える声で必死に訴えようとするシュリエラをサファラスは冷たく遮る。


「優しい君のことだから病んだ私を捨てて行くのは忍びないとか、きっとそんなことを思っているんだろう? でも、気にしなくていい。全てはもう終わったんだよ。さぁ……用が済んだら帰ってくれ。私はもう君には二度と会いたくない」


 サファラスはそれだけ言うと、レナンシュアに体を支えられながら階段を昇っていった。


(何が……何が終わったって言うの…………?)


 シュリエラはその言葉を声に出すことができず、ただ涙に歪む視界でサファラスの背中を見ていた。

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