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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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All Nothing Need

作者: 香月日向

 乾き、冷えた手を擦りながら部屋に入ると、小さな羽虫を見つけた。どこから入ってきたのか、畳の上のゴミにも見えるそれは、確かに虫であるらしい。針金のさらに十分の一ほど細い脚が六本、これまた鉛筆の芯みたいに細い体から突き出ている。体の割に大きな羽はトンボにも似ている。どちらかというと恰好の悪い、人によっては不快にさえ思うようなみすぼらしい虫が、畳の上にいた。

 

 ああ、これは昔見たあの虫か。私の脳裏には、畳の上で羽を震わす羽虫と同じ姿の虫が現れる。羽虫はゆらりゆらりと風に巻かれ、飛んでいるというより飛ばされていると言ったほうが正しいくらいのあり様だった。羽虫はよろよろと高度を下げ、地面の凹凸に辛うじて引っかかるように着地する。何ともなしに、私は一歩大きく踏み出す。すると、丁度足を下ろすだろう場所の隣に、その羽虫がいるのだ。私は少しだけ足を下ろす位置をずらす。一瞬のうちに、羽虫は私の靴の裏に付いた汚れに変わった。せっかくの羽も役に立たぬ、ゴミか何かの一つにしか見えない小さな虫を殺した。石ころを蹴飛ばした時よりもさらに小さな快感を玩ぶ。私はしばらくそれを玩んだが、すぐに口腔に苦みが生じていることに気づいた。何ら悪さをしていない命を、こうも何ともなしに奪うとは、何たる悪か。私はこのことを悔い、以来虫でも殺さないようにしていた。家に迷い込んだ虫も、できるだけ外に逃がすようしていた。

 

 そうだ、これはあの時の羽虫と同じだ。この羽虫を家族の誰かが見つければ、きっと気味悪がって殺すだろう。見た目が不快だからと言って殺すのは、あまりにも可哀そうじゃないか。

 

 私は羽虫の弱々しい羽をそっとつまむ。羽虫は激しく羽を振るい、必死に私の手から逃れんとする。羽虫が自らの力で羽を千切ってしまわぬうちに逃がさなくては。私は急いで窓際まで行き、窓を開けて羽虫を外に出してやる。ほとんど風にさらわれるようにしながら、羽虫は私の視界から消えた。

 

 これでまた一つ、命を救った。私はその事実を頭の中で転がして楽しんだ。ころころ脳内で転がり、頭蓋の内壁に当たっては鈴のような音と快感が走る。私はしばらくそれを玩んだ。

 

 一思いに踏みつぶされるのと、寒さに凍えながら飢え死にするのと、どっちが楽かな。窓から吹き込んだ風が私に問いかけてきた。冷たく乾燥した風は、私の唇を斬り付けた。

 

 鮮烈な刺激が唇に生じる。舌でなぞれば、鉄の味がする。

 

 口腔には、苦みが広がっていた。(The E)


病んでる時に書いたヤツの供養です。たぶん私は「生きてたの?」「死んでると思った」以前に認知されてません。

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