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夢の中は現実小説よりも奇なり

「ごめんなさいね、私が取り乱している場合ではなかったわ」



鼻のあたりにハンカチを添えながらお母様が無理に笑む。



「さ、そろそろディナーの時間ですわ。

 私は一度部屋に戻りますから、

 リックを私の代わりに迎えに行ってもらえるかしら」



リック。リカルド=ボールディン。

私の可愛い弟のこと。

ボールディンは、お母様、ミリアージュの旧家名だ。


イクサーブの家名が入っていないのは、

リックがこの家で生活することになった際、

お母様がイクサーブの血が入っていないことを理由に

頑なに名を変えることを拒んだからだという。



当時はそれを許すお父様に反発心が生じた。

途中から、何かお考えがあるのだろうと気にしていなかった事柄。

でもそれは淫魔令嬢の気持ち。

現実世界に生きた私は、改めて反発心というか、不快だ。

リックに選択権があって選んだならいいのだけれど。



「かしこまりました。晩餐の間でリックとお待ちしております」



お母様の肩を改めて軽く抱きしめてから見送る。



化粧直しをしてから来るのだろう。

お母様の後姿が視界から消えると、開け放たれたままだった扉からメイドが入ってきた。

勿論盗み聞きなどしてはいないだろうが(教育はしっかりされている家だ)

きかれた所で困るようなことでもないだろう。

この屋敷に居る者なら、誰もがわかっていることなのだから。



「お嬢様。御髪を…」



お母様の手で少し乱れていたらしい。

横目で化粧台の鏡に小さくうつるベッドに座る自分の姿と、

その横に立ち櫛をさしてくれているメイドを見る。

真剣な表情で丁寧になおしてくれていた。

髪をとかすなんて、面倒な雑用レベルだろうに…。

仕事を真剣にこなす彼女が、とっても素敵だった。



「ありがとう」



髪を梳き終えたメイドに振り返り、

伝える。



メイドは少し驚いたように目を瞠り「勿体無いお言葉です」と口にした。

今日の彼女は、いつもより表情豊かに感じられる。

相変わらず無表情に見えるけれど。



「それでは、リカルド様のお部屋までご一緒させていただきます」



メイドが屋敷を移動する時も後ろにつき従うようになったのは

私がもたらしたR15という呪いが発動して以降だ。

基本的に、家人付きのメイドは、護衛にも対応している。



「ありがとう、行きましょう」



メイドは、また何かに驚いたのか動きを一瞬だけ止めた。

…さっきから何に驚いているのか。



「ねえ、あなた……えっと…」



名を呼んで何に驚いているのか確認しようとしたら。

彼女の名前が記憶のどこにも無いことに気づいた。

そういえば、私、現実世界では「メイドさん」のことを「メイド」なんてよばないよな。

これも淫魔令嬢の感覚ということか。



「はい」



そうだ、ワタシはこのメイドを名で呼んだことがない。

自分の下につく者の役職に「さん」など敬称をつけたことも当然ない。

魔族として上に立つ者として、それが当たり前だと思っていた。


護衛のメイドはいつか命を自分にかけ、

また別なメイドに入れ替わる。

そういう存在だから、自分の意識、世界に住まわせない。

心を惑わせる種にしてはならない。

でも。



「ごめんなさい、あなたお名前はなんといったかしら」



私は、このメイドさんがもっと近い存在に感じる。

自分の仕事を全うする姿も、こうしてちょいちょい心配してくれる事実も。

さっきだって、ワタシの様子がおかしくてお母様に報告に行ってくれたのだろう。

何かあっては大変だと思ったからよね。



「は?」

「覚えていなくてごめんなさい」

「いえ! 私などに頭を垂れるなど……!」



その先は「おやめください」と続けたいところ。

でも目上の人に進言するようなことになるから口には出来ない。

そんな真面目な所が、より心をひきつける。



「いいえ。顔合わせの時に名乗ってくれた筈。

 その時の記憶が曖昧なのもあるのだけれど、

 今あなたの名前が解らないのは私の責任だわ」



そう。

護衛兼任のメイドがついたのって、

ちょうどR18からR15への切り替えタイミングだったから、

記憶のもやが深い深い。



つまり、私が小説を書き直したせいでもあり、

かたくなに彼女の名前を呼ばないようにした

ワタシのせいでもあるのだ。



「とんでもないことでございます」

「改めて、名前を教えてもらえるかしら?」

「は…はい。

 私はリン=マーダーソン。

 マーダーソン家が3女にございます」



マーダーソン…。

え、マーダーソン家って、あれじゃないか?

淫魔令嬢と、小説を書いた私の両方の記憶にある名前。



魔族からも一目おかれている暗殺一家。

依頼があれば、任務全うまでその任を解かず

その手腕は美しさ極まりない。

また、その職業柄、顔と名前を一致させて他家に伝えることは無いとされている。



ということは、顔か名前は嘘なのだろう。

マーダーソンと名乗ってくれたのは…

その名が一つ雇われる際の経歴のようなものだったからだろうか。



「家名まで応えさせてごめんなさいね、リン」

「いえ」



少し頬を染め、はにかんだリン。

顔が嘘だとしたら凄い特殊素材だな、表面化の顔色までうつせるなんて。



「ふふっ。今日はリンの色々な表情が見られて楽しいわ」

「私も、お嬢様の笑顔が沢山見られて嬉しゅうございます」

「あら、普段そんなに笑っていなかった?」

「恐れながら……」



淫魔令嬢は、そうか。

そうだったかも。



それにしても、マーダーソン家とは。

そんな裏設定など考えていないのに、随分なことだと思う。



魔族からも一目おかれる……。

ここでポイントなのは「も」だ。

依頼とあらばどのような残虐非道も辞さない。

その姿勢に、魔族から「も」一目おかれている、

人間の暗殺一家。

それが、マーダーソン家。

改めて、ここまでは淫魔令嬢であるワタシの知識。



そして。

現実世界の私の小説に登場するマーダーソン家は。

次女が勇者の仲間として魔王城に乗り込んでくるということだった。

つまり、ワタシを亡き者に…。



その妹が、私の護衛兼任のメイドさん?

なんの因果だ、これ。



夢の世界の方が、小説の中より難解だ。


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