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恐ろしい呪いの犯人

意識が少し遠くにいってしまっていたらしい。



「まあ、もしかしてあなた…側妃選びの儀が不安なの?」


身を起こした私に向かって、お母様が歩み寄ってきた。

そのまま、ベッドに腰を下ろして私の頭を撫でる。



「大丈夫よ、あなたは本当に美しいわ。

 当日には、その魅力を最大限に活かせるドレスを用意しましょうね」



正直、もうそうやって頭を撫でられる年齢では無い気もするけれど、

そのひんやりした手が気持ちよくて、そのままにしてしまった。



「けれど、どうして突然おかしなものを食べようだなんて考えたの?」

「それは…」



なんとも説明しがたい。

腐ったように見える豆は、お母様が言ったように本来は本当に腐り豆だし。

日本の記憶なんて突然伝えても訳がわからないだろうし。



言葉が浮かばず、見つめる瞳の美しさに耐えられなくなって下を向いて黙っていると、

お母様の方から鼻をすする音がきこえた。

ハッと顔を向けると、その瞳からはほろりと涙が零れ落ちる。



「お、お母様…?」

「やっぱり、やっぱり、何か打開策を考えていたのね? こんなことになってしまったから…」

「こんなこと?」

「どこかの文献に書いてあった食べ物なのかしら。あなた、読書が好きだから…。でも、流石に身体を壊しそうなものは良くないわ」

「あの、お母様…」



胸元に入れておいたハンカチを出してお母様の頬に添える。

よくわからないがしくしくと泣き出してしまった母の背中に手を回し、撫で。

なんだかおかしなことに気がついた。



記憶の中の母は、とってもグラマラスだった。

ぼん、きゅっ、ぼん。

まさにそんな感じの、わかりやすいお色気あふれる身体。



けれど、今腕の中にいるのは、全体的にストンとした清楚系美女だ。

そこに翳りある雰囲気がアクセントになって、色気を感じるけれど。

むせ返るようなお色気とは違っている。



いつから、こんなに痩せてしまった、というか体型が変わってしまったのだろう。

思い出はあるはずなのに、もやがかかっているようで

所々はっきりしない。

そのもやも、濃くところどころ渦が巻いたり真っ暗になっているような、なんと表現していいのかわからない感じだ。



「おかしなことは考えないで。

 あなたは今の姿でも本当に美しいわよ。

 成長が止まったその少女のような身体だって、

 魔王様のお気に召すかもしれないわ」



成長が止まった?



ちらりと自分の胸元を見る。

確かに淫魔令嬢のイメージは、華奢だけど出る所は出ている体型だったはず。

けれど、そこにはささやかなふくらみがあるだけ。

え?



「本当は私が性気をたっぷり分けてあげられたら良かったのだけれど。

 人間界にあなたを連れて行って、私が人間の男と髯ー驛ィ繧定?繧∝粋縺」縺ヲしているのを見せられたら」

「え?」

「髯ー驛ィ繧定?……。ああ、まただわ。そうよね…」



私は魔王后候補にすべく育てられた娘だ。

魔族の娘は、基本的には性的に奔放。

だからこそ、身体に価値を付けるため、

娘が生まれたらまっさらな身体を売りにしようと先々代から家訓が追加された。


それこそ、もっと性に奔放な魔王が、

淫魔というだけの付加価値では一族の者を選ばなくなってきたための苦肉の策だった。



そこで、私は自分自身の働きで性気を吸引することが出来ず。

ひな鳥よろしく、他の淫魔が性気を吸引する現場についていって、

見学することで閨事を覚えつつ、その性気を分けてもらって成長していった。

ひな鳥よりもっと良い言葉で例えるなら、高級で有名なバイオリンだ。

一晩夫婦の寝室に置いておいて、色気のある音色が出るようにする、みたいな。



だから、寝台の上で行われていることに詳しい筈……なのに。

こちらの記憶にもかなり端的にもやがかかっていて、思い出せない。



何より、お母様の口から出た言葉が理解できない。

むしろ言葉になっていただろうか。

無音のようで、雑音のようで、けれど何らかの言葉が発せられているのはわかる奇妙な感覚。



試しに、お母様の言葉を口にしてみようとする。



「髯ー驛ィ繧定?繧∝……なんで?」

「一体、いつまでこの呪いは続くのかしら」

「お母様……」

「このままじゃ永遠に??ー??ィ????????出来ないわっ。旦那様とだって、YaK?Lpコ0?~p0??ヤ0W0_0Dしたいのに!!」



お母様は、意味を紡がない言葉が口から漏れるたびに、喉に指を添えて苦しそうにし

今度こそわっと泣き出してしまった。



淫魔のお母様が私のために人間の男としたいこと。

そしてなによりお父様としたいことといえば。



え。

それってもしかして、淫魔のアイデンティティーというか

娯楽であり、なにより性気をチャージするのに必要な閨事のことだよね?

そういった言葉が全部ぐちゃぐちゃに…

そう、文字化するなら文字化けのようになってしまっている?



おそるおそる、18禁なんじゃという言葉を口にしてみる。



「裣ꇣ膪鏣膨…?」



あ、決定打じゃないかな、これ。



「もう、ずっとこんな状態なのよ…っ。これじゃあ満足に性気も奪えないわっ」

「お、お母様……」

「う、うぅ。あなたを元気付けたかったのに、ごめんなさい。でも、でも…。どうしてこんなことになってしまったの。突然、突然言葉にすることも、行為自体も出来なくなってしまって。このままじゃ淫魔一族は滅びてしまう……っ」

「そう、そうよね…」



どんどん活力が抜けるはずだ。

淫魔が力を得る行為自体が出来なくなっているのだから。

お母様の体型の変化は、そこから生じているはず。



「ある日突然起こった呪いのはずなのに、

 いつ始まったかも思い出せない。

 どんなに調査しても進展は無いし…。

 まるで性欲を満たす行動が許されない聖域にでも幽閉された気分だわ」



本当に酷い呪いだ。

家族を、一族をそこまで苦しめるなんて…。

だからこそ私は魔王様の側妃に選ばれなければいけない。

そして、ゆくゆくは魔王后に。



――力を失ってゆく一族を支えねばならないのだから。



淫魔令嬢の記憶が、私をそう駆り立てた。



けれど、魔王が好むのは豊満な身体だと、小説には書いてしまった気がする。

どの章でそれを書いたのか思い出せないけれど。

果たして今の身体で、魔王を落とせるだろうか…。



まずは、そのこのよく分からない呪いを解くことが先決なのでは?

そうしたら、私の身体も成長するはずだ。

お母様の言う、性欲を満たす行動が許されない聖域なんてぶち壊せたら良いのに。



ん?



性的行動が許されない?

性的な言葉が使えない?

それって……。

それって…………!?



絶対零度で足元がバリバリバリと凍っていく感覚。



R18だった世界を、R15に書き直したのは。

淫魔に呪いをかけたのは。

私だ。

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