気づいてしまった
窓枠を掴んだ指から力が抜ける。
どうしてコッチ側、魔族側での夢なのだろうか。
物語の中の人間側のキャラだったら。
青く澄み切った空の下での生活だった。
ほのかに甘い香りが広がる小さな白とピンクの花畑がっていて。
虹が年中かかる滝の小さな湖で水遊びが出来る。
ただし、主人公陣営の一員だったら嫌だ。
大抵初期のうちに痛い目とか悲しい目にあい、それからひたすら苦難の道を歩むのだ。
魔王討伐のその日まで。
ほのぼの出来るシーンは、戦いと戦いの合間の短い時間くらい。
ハッピーエンドになれば平和な日常を送れるだろうけれど、
そもそも、この小説は完結していない。
なので、被害の少なそうな場所にある村の脇役が楽しそうだし幸せそうだ。
魔族の世界なんて暗いし、ろくな奴がいない。
そもそも人間を苦しめる根源なのだ。
まあ今回この魔族令嬢になった夢をみている理由なんて
ひとえに、そのビジュアルになってみたかっただけな気がしなくもない。
それに、この少女がする悪事なんてたかが知れているし。
高い地位に位置する彼女は、勿論貴族。
魔族として気高く、自分の立場をよく理解している。
彼女の仕事は、18歳を迎えたその年に魔王に見初められることだ。
魔族といえば、様々な種族があるけれど、
彼女は淫魔族だ。
そして彼女の家系は、一族の中でも一番位が高い。
人間からエクスタシーを吸引して美しく咲き誇る一族。
魔族からでも、性気(精気)を吸収することは出来るけれど、
人間は魔族と比べるとピュアな分、性気の力は強い。
イメージとしては、お酒を飲む感覚に近いだろうか。
魔族からの性気というのは、度数の低いジュースに近いお酒が大量に用意されているが、結局酔い切れないイメージ。
人間からの性気は、アルコール度数が高く簡単に酔うことが出来るが、ほんの少量で無くなってしまうイメージだ。味は、その人間の徳による。
けれど、対魔族でも例外が存在する。
それこそが、魔族の頂点に達している魔王だった。
魔王の膨大で濃厚な魔力は、度数が高くうま味があって、尽きることがない。
魔王からエクスタシーを吸収出来れば、その淫魔自身の魔力が跳ね上がることは勿論
その淫魔から生まれた子どもは、より美しく強くなる。
つまり、彼女の一族は魔王に侍る事で、磐石の地位を築いてきたのだ。
魔王に選ばれれば、その家系の未来は明るく。
選ばれなければ、定期的に人間界へ向かいエクスタシーをいただくしかない。
ただし、特化した攻撃力がない淫魔一族は、魔族だとバレると命を落とすこともあるのだ。
唯一の攻撃は、命が尽きるぎりぎりまで性気を奪うということくらいか。
だからこそ、家のためにも自身のためにも、
彼女は魔王に見初められなければならなかった。
さて、この少女の小説中の流れといえば。
無事に好色な魔王(好色じゃない魔王なんて、魔王じゃないと思う)に見初められ、妾になる。
その間、もちろん一族のために正妃を狙っているが、他魔族と比べて人間に害をなす力が弱いため、一族がこれといった戦績を残せず、いまいち地位向上のきっかけが掴めず。
魔王討伐に来た主人公が、魔王城の中枢に到着した時にも彼女は地位が低い妾のままで魔王の横に侍っている。
唯一彼女が行った悪事は、魔王を討伐にきた主人公を討伐すべく、
魔王の目の前で主人公を誘惑し、油断させ、
その隙に隠し持っていた短剣で主人公を刺すというものだ。
けれど、残念ながら彼女の腕力は本当に弱くて、
洋服の中に隠されていた装備を貫通することが出来ずに、かすり傷を付ける程度で終わる。
結局すぐにかけつけた勇者の仲間に攻撃されて、命を失ってしまう。
それを魔王はただ見つめて、冷徹にも「愚かなことを」と口にし、
主人公達と最後の決戦を始めるのだ。
脇役扱いだった淫魔令嬢の出番は、本当にこんな程度だ。
この、決戦が始まる所までの3年間を、私は小説で書き終えていた。
後は、魔王を倒してハッピーエンドが訪れて、
主人公達のその後を書いたら完成だった小説――。
改めて、最後まで書ききってから倒れたかったと思う。
それから、はたと気づく。
あれ、この夢って、いつ覚めるの?
このまま進んだら、私、
淫魔生活をするってことで、
魔王の妾としてエクスタシーパラダイスして、
しかも最終的には殺されてしまうんだけど。
独り語りが長かった…!!
次回から会話が増えます。淫魔令嬢としての生活スタートです。